夢と日常と8
「じゃあ功成君、思いっきりいくのよ。ためらっちゃダメ。こういう時は勢いが大事なんだから」
俺は凛さんから期待の眼差しを向けられた。
いやいやいやいや無理だって!
好きだって言うだけならまだしも、キ、キキスなんてまだ私達には早いと思いますが、どうでしょう?
なんて訳の解らない事を考えている内も、事態は進行していくのだった。
「さあ行け、功成くん! 大体二年近く恋人同士やってるのにキスもまだなんてあり得ないわ!」
凛さんに無理やり立たされ、礼と向かい合わされる。
礼はまだ混乱しているようだ。焦点が合っていない。
くっ、ダメだ!
このままじゃ成り行きで礼とキスしてしまう!
誰か、誰か助けてください!
俺はどこかで聞いたことのあるようなセリフを喫茶店の中心で叫んだ。
そしてその叫びは届いた。
「……キス、するの?」
その言葉は、俺のすぐ横から発せられた。
見ると、そこには音無が立っている。
どうやらカウンター席の端の方に座っていたらしい。
飲みかけのコーヒーが入ったカップが置いてある。
俺はチャンスとばかりに話題を変えた。
「いやいやいやキスなんてしないぞ! それより音無、俺の横に来いよ。コーヒー一杯くらいなら奢ってやるぜ」
俺は早口にまくしたてる。
凛さんは何かを言おうと口を開けた。
させるかっ!
「音無っ! 何がいい? 何でもいいぞ。何ならコーヒーだけじゃなくてケーキも頼んでいいぞっ」
俺は音無に詰め寄り、にこやかに笑いながら問いただした。
音無は、じゃあ、と言うと、
「……あれ」
と、指差した。
あっはっはっは、どれだい?
俺は音無の指差した方向を見た。
「ごふっ!」
俺は口から何かを噴出した。
音無の指差した方向にあったメニューは、凛さん特性コーヒー(五千円 値上がりしま
した)だった。
「いや、その、他の奴でも良いと俺は思うんだけどな~うん」
音無は半眼で俺を見ると、冷徹に言ってきた。
「……キス、する?」
「凛さん特性コーヒー一丁!」
俺はやけくそ気味に叫んだ。
ちなみに半泣きだった。
凛さんは、まぁいいか、と呟いて、コーヒーの準備を始める。
俺は礼を元の席に座らせると、その横に座り、音無にもう片方の俺の横の席に座るよう促した。
音無は元の席にあるカップを持って来ると、何も言わず座った。
そして飲みかけのコーヒーを一気に飲み干すと、いつもどおりの棒読みで聞いてきた。
「……決闘がどういうものか、わかったの?」
あ、と思った。
「わ、忘れてましたです」
音無は持っていた空のカップを受け皿に置き、
「……そう」
と淡々と言ってきた。
……しょ、正直きまずい。
な、なんか空気が微妙に重いし、礼はまだ混乱中だし、凛さんはコーヒー作ってる最中に、あっ入れすぎちゃったまぁいいか、なんて言ってるし。
何だろう、俺を緊張感が包んでる感じだ。
店内もいつの間にやらお客さんは俺達だけになり、沈黙が辺りを支配している。
――と思った次の瞬間、その沈黙は破られていた。
ドンッ! ドンッ!
涼風の入り口の扉が、強く何度も叩かれた。
コーヒーを作ってる最中の凛さんは、マイペースに、んー功成君見てきてー、と言った。
俺はめんどくさいと思いながらも、まぁあの空気の中にずっと居るよりはましか、と思って入り口の扉に向かった。
扉を開けたその先に居たのは、
「……健一」
だった。
正確には、男二人に肩をかついでもらって引きずられている健一だった。
健一は意識が無いらしく白目をむいている。
「けっ、健一隊長は、……りっぱ…っ! …立派に、戦いましたっ!」
健一の肩をかついでいる男の一人が言った。
泣きながら。
……何で泣いてるんだコイツら。
俺は頬を引きつらせながら思った。
そして同時に健一はいつから隊長になったんだ、と思った。
先程喋った方とは別の男が、やはり泣きながら言った。
「こっ、このっ……涼風にって……健一隊長がっ」
あーだから来たわけね。
しょうがない、放っとく訳にもいかんしな、引き取るか。
俺は健一の腕を掴みながら、そう思った。
「むっ……無念でぇ! 仕方が、ありませんっ! 絵川功成副隊長!」
そして同時に、俺はいつから副隊長になったんだ、と思った。
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