夢と日常と5
店の扉を開けて、店内に入る。
「いらっしゃいま――」
挨拶の常套句が紡がれようとしたが、途中で途切れた。
店員の人は俺の顔を凝視しながら言った。
「……それ、どうしたの? 功成君」
「……別に何でも無いですよ」
店員はしばらく目を丸くして見ていたが、少しして、プッ、と笑うと、
「また、礼ちゃんにやられたんでしょ~」
と言ってきやがった。
「ま、またってどういう事ですか! 俺そんなに礼に殴られてないですよ、凛さん!」
「わ、私は殴ってません! はたいただけです!」
店員――凛さんに言ったのに、礼が反応してきた。
礼はすぐに俺の所に詰め寄って来て、まったくあなたという人は、と説教を始める。
凛さんは、この状況を見て、ますます笑い出した。
ああもう、やっと涼風に着いたのに……今日は厄日だ……。
俺は礼に、はい…すいません…、と相槌を打ちながら、横目で店内を見渡した。
俺にとっての安息の地、涼風は、世間一般的な呼び方で言うと、喫茶店だ。
他の喫茶店と少し違うところと言えば、店員が凛さん一人だというところ。
しかも凛さんは若い。
それ目当てで来る人も居るくらいに。
……まぁ俺は違う……礼も居るしな。
……えー、要するに若いゆえに話が合って、とても居心地がいいのだ。この喫茶店は。
そんな風に涼風に思いを馳せている間も礼の説教は続く。
そして礼の説教が、いいですか、私がそもそも手を上げたのは、というくだりに入ったところで、凛さんが手を叩いて割って入ってくれた。
「はーい、そこまで。それ以上は他のお客さんにも迷惑になっちゃうから止めとこう。ね、礼ちゃん?」
礼は、まだ何か言いたそうだったが、グッとこらえていつも座っているカウンターの席
に座った。
俺は凛さんに、助かりました、さすがっす、とアイコンタクトを送った。
凛さんは、いいよぉ、高いものを頼んでくれさえすれば、とアイコンタクトを送り返してきた。
その瞬間、俺の今月の小遣いが消えることが決定される。
まだ新しい月に入ったばかりなのに……。
凛さんはカウンターの方に戻りながら、俺と礼に何を頼むか聞いてくる。
礼はホットコーヒー、俺は、コーヒー スペシャルミックス -RIN-マキシマム(3000円)を頼んだ。
ちなみに礼のホットコーヒー代も俺が払うことになっている。
出てきたコーヒーが、少し涙の味がするのは気のせいでは無いだろう。
そして、3000円だけあって確かにうまい、コーヒー スペシャルミックス -RIN-マキシマムを飲んでいる時に、唐突に凛さんが聞いてきた。
「二人って付き合ってるんだよね?」
「ぶほっ!」
俺は、コーヒー スペ(以下略)を噴き出しながら驚いた。
今さら驚くことでも無いが、人に隠している分、付き合っているのか? と聞かれる事が少ないのだ。
要するに耐性が無い。
というより俺たちは、
「いや、付き合ってないですよ、俺達」
なのだった。
少し礼が睨んでいるようだけど気にしない。
「え、そうなの?!」
「そうですよ」
きっぱりと言った。
言った瞬間に、礼が横からエルボーを突き出してくる。痛い。
というより理不尽だと思う。
その事は礼もよく解ってるくせに。
「でも前に、恋人だとか何とか言ってなかったっけ?」
「まぁ言ったかも知れませんが……少なくとも俺達は彼氏彼女の契約を交わしてはいないんですよ」
やっぱり言った瞬間に、礼からの攻撃が来る。
今度は足をグリグリとされた。とても痛い。
……そろそろ泣いてもいいだろうか?
「じゃあ、功成君達は普通のお友達な関係なの?」
「う~ん、そうとも言い切れないような……」
凛さんはまさに興味津々といった顔をしている。
さて、どう答えていいものやら。
頭の中で色々と悩んでいる内に、礼が、飲んでいたコーヒーのカップを置き、先に答えた。
「私達は確かに恋人の契約を交わしてはいませんが、別の契約なら交わしているんですよ」
「別の契約? わぁ……なんか面白くなってきたわね~」
凛さん……微妙におばさん臭いですよ。
というその言葉は胸の奥深くに封印しておこう。
言うときっと必ず絶対コー(以下略)をもう一度頼まされるだろうから。
「えっと……凛さんは俺の夢を知っていますか?」
「知る訳無いじゃん!」
凛さんは、グッ、と親指を突き立てて即答してきた。
……なんか、微妙に傷付いた。
「俺の夢はですね、世界中のあらゆる所を回って、その場所の様々な事を文章にする。そんな記者のような評論家のような仕事をする事なんです」
それで、と前置きし、礼も自分の夢を語った。
「私の夢が、雑誌の編集者なんです」
礼が言い終わったと同時に、凛さんは、ああ、と納得したように手を叩き、
「じゃあ二人が交わした契約って、将来二人で仕事をするって事?」
と言った。
「まぁ、そうですね」
俺は凛さんの言葉に正解の意を表する。
しかし、凛さんはそれだけでは納得しなかった。
「でもねぇ……失礼だけど、二人って一緒に夢を語らうような感じには見えないんだけど」
失礼だと思うなら、もう少し申し訳無さそうな顔をして欲しいもんだ。
凛さんは、ワクワクといった表情をしていた。
「えー…っと、それを説明するには、俺達の出会い的な所から話さないといけないんですけど……」
ニコッと微笑みながら、凛さんは、お姉さんに話してみなさい、と言った。
……やはりここもツっこんではいけないのだろう。
そして俺は、凛さんに話した。
俺達の出会いを。
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最近、新作『ストーカーとドMと露出狂の変態美少女が迫ってくるけど変態だからとかじゃなく同性愛者なんで興味ありません』を書き始めました。下にリンクがありますので一部分だけでもいいのでよろしくお願いします。
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