夢と日常と3
学校からの帰り道。
俺は家とは逆方向の道を歩いていた。
涼風に行く為でもあったが、俺には別にもう一つ理由があった。
俺は、待ち合わせをしていた。
本通りから外れた裏の道を歩いていき、ふと立ち止まる。
そして右を向き、左を向き、後ろを振り返って、前を向く。
ついでに上を確かめて、安全を確認すると、俺はズバッと道の脇にある小さな通路に入った。
そこからはまさに冒険といっても差し支えが無い。
自分の身長よりも高い塀を登り、人の家の屋根を勝手に走破、よく鳴く番犬の前をなんとかやり過ごし、狭い溝の中をほふく前進で横断する。
なぜ俺がこんな道(?)ばかりを通るのか。
それは、これから会う待ち合わせ相手の事を話さないと、説明ができない。
これから会う相手は、俺の恋人的存在だ。
なぜ’的’かというと……話すと俺がヘタレと呼ばれかねないので、それはおいおい話そう。
…まぁその恋人的存在に、学校帰りほぼ毎日行く涼風に一緒に行こうと言うと、…恥ずかしいから、嫌です、と言うのだ。
ゆえに待ち合わせをする。
しかも俺は待ち合わせ場所に向かうのを見られないように、先程のような道を通って。
俺は、まったくしょうがないな、と思いながら、溝の中を進む。
やっとこさ溝の終わりが見えて、少しスピードアップ。
溝から這い出ると、もうそこは待ち合わせ場所のすぐ近く。
見ると、もう相手は来ていた。
恥ずかしいなんて言いながら、いつも俺より先に来てるんだよな。
そんな事を思いながら、幸せ気分で近付いていく。
そんな俺に対しての彼女の第一声は、
「…一分遅刻ですね」
だった。
ウソッ、マジで? と言いながら携帯で時間を確かめる。
待ち合わせ時間は5時、今は確かに5時1分。
「で、でもたった1分だから、いいじゃん? ね?」
そんな俺の言い訳を彼女が聞き入れる訳もなく、
「へえ、遅れてきたくせに、言い訳までするんですか?」
と一刀両断。
うぐ、と俺は言葉に詰まる。
「…遅れて、来たくせに」
ジッ、と視線を送ってくる。
視線なんて生易しいものではなく、睨んでいるみたいな感じだったけど。
まぁここまできたら、俺に出来ることなんて一つしか無いのだ。
「ごめんなさいです」
素直に謝った。
頭を下げながら、チラと様子を窺う。
まだジッと見られていたが、すぐにフッと笑うと、
「いいです、許しますよ。さっ早く行きましょう」
と言ってくれた。
俺は、もう歩き出していた彼女の横に、すぐに並んで歩き始めた。
※ ※ ※
街中のとある一角が、異様なテンションに包まれていた。
その場所では、男達が輪を作り、何やら叫んでいる。
男達の輪の中に居るのは、田中健一。
何やら決意に満ちた顔で、眼前に居るものを見据えている。
周りの者はどんどんとテンションを上げていき、叫び声はいつやら健一コールになっていた。
これが、健一の言う、決闘。
普通に考えれば、これからケンカでも起こりそうな雰囲気である。
だが健一の前に居るのは女の子だった。
ちなみに少しおびえている。
健一が手を上げた。
すると健一コールは止み、辺りは緊張を孕んだ静寂に包まれる。
「よく、来てくれたね」
健一が言った。
女の子はビクッと体を震わせる。
「来てくれないと思っていたから、少し嬉しいよ」
女の子は、別に来たくて来たわけじゃない、と心の中で不満を漏らした。
そして同時に半ば強制的に連れて来られた事も思い出していた。
そんな事を知る由もない健一は、更に話を続ける。
「ここに君を呼んだのは! 俺が! 君に! 話があるからなんだ!」
健一はテンションを異様に上げる。
女の子はひいて、体を一歩分後ろに下げる。
さりげなく健一は一歩分近寄る。
「そう! 俺が君を初めて見たときに思ったんだ!」
健一はオーバーな動きで腕を振り上げる。
周りにいる男達は、おいまたやってくれるぜああまたやってくれるとも、とワクワクした目つきで健一を見つめている。
「運命だと! そう、まさしくデスティニーだと!」
恥ずかしげもなく、恥ずかしい事を言う健一に、男達は侮蔑の目ではなく、むしろ尊敬の眼差しを注いだ。
現代においてそんな事を言えるのはあなただけです、と思いながら。
「俺は、君という波に、荒波に、ビッグウェーブに、飲まれてしまったんだ」
そして健一は、家来が王にするように、片ひざを付き、片手を女の子に向けて、
「俺と付き合ってください」
告白した。
おお、とどよめきが生まれる中、女の子は、
「ごめんなさい」
と即答した。
「カハッ」
健一はそのまま地面に倒れ、男達の中のごく少数の者たちは涙を流し、残る男達は思った。
やっぱりな、と。
ここに田中健一の決闘は終了した。
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