~一章~ 魔獣と少年
"···カラカラン······"
"···カラン···カラカラン······"
何かの音がする?
"カラン···カラ······カラカラ"
「フローはまだお昼寝中です」
"カラ···カララン···"
「今、起きます。エリク兄様うるさい」
フローがゆっくり目を開けると、そこにエリク兄様の姿はなかった······先程の森の中だ。
空を仰いでみると、夕暮れどきの空模様だ。
気を取り直して考えてみる。
「どうしよう」森の中で夜になってしまうと、真っ暗で移動が出来なくなる。
"カラ···カラン······" 何かの音が聞こえ、それを確認しようと体を起こす。するとフローの足元には黒くて丸いフワフワしたものがあった。
良く見ると、フワフワした生き物で、フローの首に着けていたはずのチョーカーを玩具にして前脚を使って遊んでいるようだ。
"······カラカラン······"
「······かわいい!」
「あなたはどこから着たの?」
「ここはどこなのかしら?」
フローの声に遊ぶのを止めて、その黒いフワフワこちらを見て首を傾げた。
「はじめまして!私はフローよ!よかったらあなたの知っている人···誰か居る場所まで連れて行ってほしいの」
すると黒いフワフワは、フローのチョーカーを口に咥えて歩きだした。その後ろをはぐれないようにフローがついていく。
きちんと付いてきているかを確認するかのように、時々後ろを振り返りながらフワフワは歩いてくれた。
辺りは真っ暗になり、夜が訪れはじめていた。フワフワも闇に溶け込んでいたがフローのチョーカーの守護石が、月の光に反射して時おりキラリと光るため、無事に後をついて歩くことができた。
かなり歩いた先に、ようやく光が見えてきた。
光の近くまで歩いてくると、そこには大きな厩舎があり、入り口付近に何人かの人がいたが、そのうちの誰かが「時間だ。行くぞ!」と言った後、そこにいた人たちはみんなで移動して何処かに行ってしまった。
フワフワは、厩舎の入口の隙間から中に入っていった。フローも入口を押し開け、後に続いて入っていく。
すると、たくさんの巨大フワフワがいた。
あまりの大きさにフローは見上げると、フワフワたちは興味津々と見下ろしている。
その中を"カラ···カララン······"と、音をならしながら黒いフワフワは一番奥の房に入って行った。
「凄いわ!こんなにいっぱいの黒いフワフワさん。右も左も巨大黒フワフワよ!こんなに大きな動物を見たのは初めてだわ」
「はじめまして!私はフェアローラと申します。先に入ってきた黒フワさんに連れて来ていただきました。おじゃまします」
フローは、大きな黒いフワフワたちに挨拶をし、先ほどのチョーカーを咥えた黒フワが入っていった房へと向かった。
そこには一匹の巨大黒フワが横になって寝ていて、そのお乳を一匹の小さい黒フワが飲んでいた。
「おじゃましてもよろしいかしら」
「私はフローよ。小さい黒いフワフワさんに連れて来てもらったの。まだ赤ちゃんだったのね」
お母さん黒フワは、顔を上げてフローの顔を見ると「クゥーン」と小さい鳴き声をあげて、また床に顔を置いた。その後、大きな尻尾をフワリと上にあげた。すると尻尾の下には、フローのチョーカーと一匹の赤ちゃん黒フワが···息が乱れ苦しそうに横たわっている。
「そこにいるのは誰?」
声を掛けられフローが後ろを振り向くと、そこには黒に近い濃いシルバーの髪で、髪と同色の瞳に縦長の瞳孔をした綺麗な男の子が立っていた。突然の男の子の登場にビックリして、心臓あたりが"ドクンドクン"と、波を打つような鼓動がする。
「勝手におじゃましてしまい···申し訳ありません。私はフェアローラと申します」
「どうぞ、フローとお呼び下さい」
男の子はフローを見ると、目を大きく見開き、しばしの間固まっていた。
「あの·····本当にごめんなさい」
「突然、厩舎に女の子がいたから、ビックリしたんだ。どこから来たの?」
フローの言葉で我に返った男の子は、目を細めた後で口角を引き上げた。
そして微笑みながら「僕はアルフォード、アルと呼んでくれ」と言った。
フローは、森で迷子になりここまできたことを簡単にまとめて話をした。
「尻尾の下にいる子が、苦しそうなの」
赤ちゃん黒フワのことを尋ねてみる。
アルは、赤ちゃん黒フワに視線を落として痛々しい顔をしながら話しはじめた。
「······たまに産まれるんだ。あの子は魔石無しなんだ」
フローは首を傾げ、魔石無しとは何かわからないことを告げる。
「魔石を体内に宿している生き物は、母親のお腹にいるときは母親の魔力で生きている」
「産まれてからは、自分で食事が出来るようになるまで、母親の母乳から魔力を貰って魔石に蓄えるんだ」
「体内に魔石が無い魔獣は、魔力が蓄えられないんだ。だから、この獣はもうすぐ······」
アルは、それ以上答えなかった。
その話を聞いたフローは、母親の尻尾の下で苦しんでいる黒フワまで近寄ろうと前に出ると、アルに止められた。
「近づくな!噛み殺されるぞ!」
「魔獣は、許される者じゃないと近づくだけで攻撃してくるんだ!」
「多分、大丈夫よ。だってあの子は私が寝ている間、ずっと私の足元で遊んでいたのよ」
「困っている私を助けてくれたわ。今度は私が助ける番だもの」
フローはそう言いながら、ゆっくり黒フワに近づく。そしてそれを優しく何度も撫でる。
······どうしたらこの小さな命を
守ることが出来るのだろう。
黒フワは、前脚でチョーカーを何度も触っている。
······この子はチョーカーが好きなのね!
······ん?
······好きってことは欲しいのかも!
······もしかして
······もしかしたらだけど
「アル!この子は、このままだと死んでしまうのよね。私はこの子を助けたい」
「もしかしたらだけど···試したいことがあるの。いいかしら?」
アルも近づこうとするが、母親に威嚇され房の中には入れなく、その様子を房の外から見ていることしか出来ない。
「魔獣に近づき、それを触っていること自体があり得ないのに···助ける?」
······リン様が言ってた
······癒しの石だと
······母様は言ってた
······石を体内に戻すのだと
······兄様達が言ってた
······魔力が溢れたと
······そして
······黒フワはそれが欲しいのよ!
フローは、チョーカーのガラスペンダントから白いオパール石を取り出した。
「あなたには、これが必要なのね!」
「これは私の体の一部なの!さっきは助けてくれてありがとう。私は、あなたのことが大好きよ。少し無理をするけど許してね」
フローは、手にオパール石を握りしめ、赤ちゃん黒フワの口を開き、奥まで腕を入れてそこで手を開く、その後腕を抜き両手で上下から口を押さえつけた···"ゴクン"···黒フワが石を飲んだのを確認して、今度は魔力を手に纏わせ手のひらから黒フワに注ぐように撫で続けた。
撫でていると少しずつ息が整ってきて、表情も穏やかになってきた。それと同時に、黒かったフワフワが少しずつ黒から徐々に灰色になり、そして灰白色に色が変わる。更に毛先は虹色を纏いだした。縦長に黒い瞳孔をした双方の金色の目がフローを優しく捉える。
『ありがとう。僕はこれが欲しかったんだ』
突然、頭の中に声が聞こえた。
「アル?···今何か言った?」
アルの方に顔を向けると
「フロー!君は何者なの?獣の口に手を入れて怪我はない?」
「獣の色が変わるなんて、見たことないよ」
「おい!アル!まだそこに居たのか。騎士団長が探していたぞ、時間は守らなきゃ駄目だろうが···夕飯、食べ損ねるぞ!」
厩舎の入口から聞こえた声に、アルが叫んで返事を返す。
「今、食事どころじゃないんだよ!魔狼が生き還ったんだ!」
「「「「「·········なに?」」」」」
何人かで、房に駆ける寄る足音が厩舎に響いた。
本日、また投稿します