~一章~ 儀式
王宮内にある神殿は、モスグリーン色をした屋根に漆喰を塗った白い壁のメルヘンチックな小さなお城のような建物だ。
それを囲むかのように樹齢6800年と言われている大木が三本、神殿を囲み守るかの様に植えられている。
「木のドームの中に小さなお城があるみたい」
「神殿を建てたのが先かな?木を植えたのが先かな?」
その圧倒される姿を初めて見る子供達の感動の声が、あちらこちらで聞こえる。
王都に住んでいる子供たちは、儀式の衣装を事前に国から派遣されたお針子さんたちに作ってもらっているため、先に神殿前で受付を済ませ並んで待っている。
他の町から来る子供は、順にその場で作ってもらい、衣装が出来ると受付後に列に加わる。
今から、待ちに待った守護石の儀式が始まる。本来の自分になるのだ。
フローの付き添いは、···母様だ。
付き添いは二人までと決まっている。父様も「付き添いたい」と、ずっと言っていた。しかし、目立ち過ぎる容姿なので却下した。その変わりに、終わったら一番先に見せに行く約束をさせられた。
····父様の金髪碧眼は、無理
·····変装しても品があり過ぎなのよね
母様には、伊達眼鏡をかけてもらい、更に化粧でソバカスとホクロを付けてもらった。極力目立たない服を着た母様は、完璧な変装に仕上がっている。
何人目かの後で、神官からフローの名前が呼ばれた。
「次の方、フェアローラ·ドゥルス」
名前を呼ばれると、拍手と歓声が·····。
「やっぱり、名前でバレちゃったわね!」
周囲の人々に笑顔で会釈をしながら、神殿の中へと二人並んで進む。
「母様、バレると分かっていたの?変装してもらった意味ないじゃない」
横目で目を細め、軽く母様をにらみつける。
「だって···それをあなたに教えたら、私も付き添いさせてもらえなかったでしょう?」
兄様達のときも、バレないように変装して行くならいいよと言われて一緒に行ったが、同日儀式のお宅は前もって知っていたらしい。
今回も着いたときからバレていたと、母様がクスクス笑って「子供の成長する瞬間を見れる唯一の日なのよ」一瞬で本来の姿に変わる瞬間を見逃すはずがないし、駄目と言われたところで来ない訳ないでしょうと後ろを振り返る。
「ね!ニイル!」
母様の言葉で後ろを振り返ると
·····いつの間に?
後ろに変装した父様がいた。
☆
中に入ると、エメラルド色に輝く大人の身長くらいある巨大な石が、オブジェの様に中央に置かれていた。石の隣に、神官長様と呼ばれる人が立っていて、笑顔でこちらを見ている。
「お名前をよろしいですか」
「フェアローラ·ドゥルスと申します」
左側にいる人が用紙に何かを書き始める。
多分、今からの儀式の内容だろう。
「では、フェアローラ様の利き手で守護石を持ち、反対側の手で目の前にある緑石に触れていただきます」
チョーカーから石を取り出し右手で持ち、その後で左手で巨大な石に触れた。
「付き添いの方は、衣装の腰ひもを外してあげて下さいますか」
母様と父様が二人でフローの両隣に来て 跪くと、お互いの片手をフローの背に当て、残りの片手を前に出し一緒に紐を引き外してから、また後ろへ下がった。
「緑石に触れたまま守護石を口に入れていただきますが、私がいいと言うまで左手はそのまま緑石から離さないでいて下さい」
そう言った後、神官長様は声を出さずに何かを唱える様に緑石に触れた。すると緑石の輝きが増して部屋中が淡い光りで覆われる。
「フェアローラ様、そのまま守護石を口の中へどうぞ」
2つの石を口の中に入れる。
口の中に入れた石は、すぐに口の中で粉々になり、次第に口の中には何も無くなった。
·····あっ、
·····薬草丸を口に入れたときと同じだ
すると視界がうっすらボヤける。お腹がとても温かくなり、次に足先から手も頭も···体全体に温かさが行き渡る。目前が真っ白に光ると、ボヤけた視界が戻り我に返った。
辺りをキョロキョロ見回すと、そのまま巨石の前にいることに安堵する。
「フェアローラ様、無事終了しました。手を緑石から離していいですよ。この後、長老様の前にある水晶に両手で触れて下さいますか」
そう神官長様に言われ、長老様に挨拶をした後で水晶に手を置く。
「この水晶は、記録の水晶なのじゃ。今、フェアローラ嬢ちゃんが守護石を体内に戻したことで、一人前になりましたってことを記録しとくんじゃよ」
そして守護石を戻し終わり、体調は大丈夫か異変はないかを聞かれた。
「大丈夫です。ただ····手が大きくなってる。あっ、背が高くなったような気がする」
「そうだのぅ。ちょっと大きくなったな」
長老様は優しく微笑んでくれた。
母様と父様が後ろから来て、みなさんにお礼をいい神殿を出ると、広場には数名の大鏡を持った神官様がいた。
「あそこで、今のあなたの姿を確認できるわよ。見に行きましょう」
母様と父様に手を引かれ大鏡へ進む。
「父様も母様も、恥ずかしいです」
久しぶりに両親と手を繋ぐ。ちょっぴり恥ずかしいけど、母様と父様の眼差しからフローの小さな不安に気付いてくれているのだと思うと嬉しかった。
「あっ、やっぱり少し大きくなってる。髪はかなり長くなってる···母様!見て!嬉しい。耳が少し伸びてるよ」
「フロー、一番大事なところを見ないと···」
父様に言われたが、全部確認済みだと思う。
「·····お胸?」
首を傾げて両親に確認する。
「瞳だよ」「瞳です」
二人から同時に言われ、瞳を確認する。
変わってないような気がする。
「今までと変わってないと思います」
後方では、フローの次に儀式が終わった方が大鏡で姿を確認しようと待ち構えていたので、母様が帰ってから家でもう一度確認しようと言い、大鏡を持っていた神官様にお礼を伝え、その場から去った。
馬車の中では母様と父様が並んで座り、向かいにフローが座っている。二人とも本来の姿に成長した娘に見入っている。
「髪が腰まで伸びるなんて、やはりフローの魔力量は計り知れないわね」
「幼い顔が抜けてしまったのが残念だが、リリーに似て美人だ」
「耳は何処まで聞こえるようになったかしら?フロー、耳を澄ませて遠くの音を拾ってみて?どんな音が聞こえる?」
「身長は15センチ位は伸びたな、さっそく仕立て屋を呼んでドレスや部屋着を用意しないと着る服がないな。成長したフローにはブルーの服が似合うだろう」
二人は娘を見ながら次々と話題が絶えないようだが、フローはこんなにも変わってしまった自分の姿に気落ちしていた。
·····どうしよう
·····アル、私のことを見てどう思うかな
·····嫌われないよね
「···母様、···父様」
「···っ···ぅ···うぅ···」
両親に声をかけたはいいが、その後の言葉が出てこなくて、代わりに涙が溢れてきた。
急に泣き出した娘を前に「ど、どうしたの?」二人は慌てふためく。
何も答えられないでいると、フローの両側に移動してきて、父様は頭を撫でてくれ母様は両手で手を握っていてくれた。
馬車の中では家に着くまでのしばらくの間、フローの泣き声だけが響いていた。




