~一章~ 帰国
「「フロー!おかえり」」
「「「おかえりなさいませ」」」
家に帰ると兄様達が抱きついてきた。
乳母、侍女、護衛騎士、庭師······みんなに「おかえり」と言われて、涙が止まらなかった。
「······た、ただいま···帰りました。たくさん心配させてしまい······ごめんなさい」
夕食まで時間もまだあるので、先に入浴をすませ一先ずベットに横になるといつの間にか瞼が閉じていて、小一時間昼寝をしていた。
ゆっくり目を開けた先には見慣れたはずの部屋の天井があり、黒国から戻ってきたことをこのとき始めて実感した。先程まで第一魔獣騎士団に居た筈なのに何故か寂しくあり、黒国に何日も居た訳でもないのに、今いる自分の部屋がとても懐かしく感じた。
入浴後に、日中着ていた団服をクローゼット前のハンガーに掛けて吊るして置いたが、バーベキューの匂いが付いてしまっていて、部屋の中が炙った肉の薫りで充満している。
······ふふっ、先に洗濯しないと
······思い出がバーベキューになっちゃうわ
団服を避けてクローゼットの扉を開け、部屋着の淡いイエローのワンピースを選び着替え終わると、丁度部屋のドアがノックされフェン兄様が入ってきた。
「起きてたの?」
「今、起きて部屋着に着替えたところよ」
「少しは寝れた?」
「うん」
「さっき父様が帰ってきたから、そろそろ夕食だろと思ってお越しにきたんだ」
「ありがとう。ちょっとだけ待って····」
急いでアルから貰ったお気に入りの髪止めをつける。フェン兄様が似合っていると誉めてくれた。
「黒国でお土産にもらったの!かわいいでしょう!」
それから二人で部屋を出る。
ドアを開けた先にはエリク兄様がいた。
「夕食の迎えにきた。それと、フローに謝りたくて······ごめんな······ゲートで手を繋いでいたはずなのに······怖かっただろう」
「フェン兄様もエリク兄様も悪くないよ。ゲートの誤作動じゃないかって、母様が言っていたんだけど、まだ原因不明なんだって」
「後でゆっくり話すけど、黒国に行けてすっごくいいことだらけだったわ!楽しかったし。兄様たちも一緒に転移していれば、めちゃくちゃ楽しかったのに、残念だったわ。次は、一緒に行こうね、みんなを兄様たちに紹介したいな!魔人族って、みんな背が高くて美男子しかいないのよ!でね、フェロモン駄々漏れされるとクラクラするの!エリク兄様も一緒だったら、クラクラを楽しめたのに」
「そ、そっか、とりあえず無事に帰ってこれてよかったな」
「うん」
ふたりの会話を隣で聞いていたフェン兄様が、冷たい眼差しをフローに向けた。
「そんな難しい言葉を、フローは何処で覚えてきたんだ?」
「えっ?もしかして、フェロモン駄々漏れクラクラのこと?」
「エリク兄様とサイガ兄様がよく言ってるから、覚えちゃっただけよ」
エリク兄様をチラリと横目にしながら、フェン兄様に答えると
「なんだって?エリク、変な言葉を教えるな。フローは女の子なんだぞ!まったく······」
「お、俺じゃないよ!サイガだよ」
後日、サイガ兄様はフェン兄様にお説教をくらう羽目になったのは、言うまでもない。
「あっ、父様が帰ってくる」
廊下の窓から裏庭を見ると、魔術式を用いて造られている外のランタンの炎の光が広範囲に広がり、家と寮の間にある噴水が流れ出した。そして、石畳になっている通路の両脇が暗くても歩きやすいように、点々と光り出した。
「お出迎えに行かなきゃ!」
「兄様!早く早く!」
「フロー、走らなくても間に合うよ」
久しぶりに三人で仲良く手を繋ぎ廊下を急ぎ足で歩いた。
☆
夕食の後、談話室でゲートで別れてからの出来事を話すことになった。
「フェン兄様とエリク兄様と手を繋いで一緒にゲートに入ったの、ゲートを抜けたら兄様達が居なくて知らない場所だった。見たことがない格好をした人が怖い顔で近づいて来て、恐くて叫んだらグルンとなって森の中にいたの······」
そして、母様が迎えにくるまでの日々をどのように過ごしたかを話した。
「先ほど母様から、簡単な事情を聞かされたが、フローの話を聞いて数日の間に色々な出来事があったことがこれで分かった」
「それと、今回のフローのゲートでの黒国への転移の事は箝口令を敷いている。今現時点、白い地でこの事を知っているのは、家の者、緑国の宰相とゲートに居た者、青国の王と王妃に第一王子だ。黒国でも最小限にしていただけるよう、リリーからディークヴェル王にお願いしてある。今回のことは、他言してはいけないよ」
私は頷いた後、母様をチラリと見ると、それに気づいた母様もこちらを見て頷き、兄様たちも頷いた。
そして父様は深い溜め息をつき、母様の顔を一瞬見た後でフローに視線を戻した。
「それと、これからの事を話し合わなければいけないね」
「まず、守護石を与えた魔狼のことだが、フローは黒国で学んできたかもしれないが、希少な存在なんだ。上位の魔獣は、魔獣と言っても魔人族と同類の見方をしている。とても、人以上に賢い生き物なんだよ。この世界で一番賢い種族は魔人族だと言われているくらいだからね。その魔狼にフローは選ばれてしまった······」
「ディークヴェル王からは、魔狼が成獣になるまでの期間、フローの魔力供給をお願いされました。私からは通いであればと王には話してあります」
父様が「それしかないよな」ポツリと言う。
「それでね、父様に相談があるの」
「相談?お願いじゃないのか?」
「私は魔狼レイの主なの。レイの騎士になれるのは私だけなの。だから私はオブラニキス国の第一魔獣騎士団の騎士になる!」
「えっ?騎士?」
エリク兄様が驚いて声をあげた。
「うん」
満面の笑みでフローは話を続ける。
「ここからが相談なの。せっかく騎士になるんだから、一番強くて美しい女騎士に成りたいと思うの。だから、エルフ戦士みたいに弓も上手になりたし、母様のように最上位の魔法使いにもなりたい。博識なリン様と父様みたいに、何の魔術式でも作れるようになりたいの。どんなに苦しくても頑張りますので、私がスペシャリストになるために先生を付けて下さい」
「···なっ···リン?」
「フロー!リンデン・オーフィーとはあまりにも年齢が離れているし、奴は結婚している」
「ニイル、動揺するのは分かるけど、今の話しの中でリン様の結婚は関係ないでしょう」
目を泳がせながら動揺している父様に、母様は呆れ顔でツッコミを入れた。
「う、しかし、魔獣の騎士なんて、嫁の貰い手がないぞ」
「父様、大丈夫です」
「そうだな!嫁に行かなくても······」
私の返事に父様はつぶやくと、母様はニヤリと笑い、父様をチラリと見た後で、一度手を叩き大きな声でわざとらしくフローに言う。
「そうよ、大丈夫よね!フローにはアルフォード様がいるから、伴侶の心配はいらないわよね!」
「そうなの、アルとずっと一緒の約束したのよ!あっ、内緒なんだっけ」
「フローやるじゃない!内緒だったのね。今のことは聞かなかったことにしておくわね!今から孫が楽しみだわ!魔人族の美しい顔の孫ができるわ!なんていっても、アルフォード様は見目善し、頭も善し、性格善し、礼儀善し、愛想善しで、更には気遣い善しだしね!母様は大賛成よ!」
「先ほどの、転移してからの黒国での出来事などの中にも時々登場してきた、そのアルフォード様とフローはどういう関係なのですか?」
大きく目を見開き、フェン兄様が母様とフローを交互に見るが、その傍らでは、父様とエリク兄様が驚愕したままフリーズしてしまっている。
「アルは、黒国にいたときにいつも一緒にいてくれた男の子よ」
両手で真っ赤になった顔を隠しながら、簡単な言葉で言い終えたが、その後に続き母様がつらつらと話し始めた。
「アルフォード・ギャリマ様と言ってね、黒国第一魔獣騎士団の団長様のご子息なのよ。エリクと同じ年齢だったかしら?身長はフェンとエリクの間くらいだったと思うわ。顔はとってもカッコいいのよ。挨拶も素晴らしく···ふふっ···かなり緊張して話してくれたけど、フローがアルフォード様とずっと一緒に居たいって、私に話したときに、顔を赤らめながら僕も同じ気持ちですって言ってくれたわ。私が気に入ったのは、アルフォード様の雰囲気というかオーラかしらね、落ち着いていて、優しくて、ふんわりした感じなのに、鋭さがあるのよ。フローは見る目あるなって、私は思ったわ」
「母様がそこまで褒めるなんて、是非会ってみたいですね。フローが魔狼のところに行くときに僕も黒国に行って、アルフォード君とお会いしたいです。エリクも会ってみたいだろう?」
「将来、義弟になれば会うだろう?俺は、黒国に行って見たいって思ってる。白い地での魔獣は悪だろ?黒い地での人と共存する魔獣を見てみたいな。アルフォード君に会ってみたいのは、父様なんじゃない?義理の息子になるかも知れないんだし」
全員で父様に視線を向けると
「······すまない。今日は疲れてしまった。この話は後日にまた話し合おう」
突然ソファーから立ち上がり、父様は目頭を押さえながら談話室を後にした。そして兄様たちが部屋に戻ると、談話室で母様と二人きりになった。
母様はフローの隣に座り直し、左腕で優しく肩を抱き寄せた後、頭を撫でてくれた。
「父様をゆるしてあげてね。急に居なくなった娘が無事に帰ってきて安心した矢先に、突然将来の話をされて困惑してるの。急な展開に追いつかないの。次にフローと話をするときまでには、気持ちを整理してるはずよ」
「うん。でも、こうなるよう仕向けたのは母様よね」
「ふふっ。帰ってきたとたん、出て行く話をされて······今頃ベッドの中で泣いているわ」
「母様、ありがとう。色々、たくさん、いつもありがとう」
「???······どういたしまして!さぁ、私達もそそろそろ寝ましょう。また話はゆっくり聞かせてもらうわ。久しぶりの我が家のベッドでしょう。今夜はゆっくりやすみなさい」
部屋まで送ってくれて、ベットに入ったフローの額におやすみのキスを落とした後「父様をなぐさめてくるわ」と微笑んで、母様は部屋をあとにした。




