~一章~ 敬愛
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"コンコン"
「フロー、迎えにきたよ」
「はーい」
ドアを開けると、そこには正装姿のアルが立っていた。
「アル、すごく素敵!カッコ良すぎる!王子さまみたい!」
アルは、熟したトマトの様な真っ赤な顔で礼をとると、片膝をつき右手をフローの前に差し出して「大袈裟だよ」と微笑む。フローはアルの手をとり「お姫様になった気分」フローも熟したトマトになった。
寮の食堂の扉を開くと、第一魔獣騎士団全員がフローとアルを出迎えた。
「······ど、どうしたのですか」
「今夜はフロー嬢と最後の夜だから、みんなでお別れ会をしようと考えたんだ」
グレイ副団長が淋しそうな顔で答えると、その後ろでは、さっそく料理長のモンド様が泣き出している。
「フロー!大好きな肉料理もケーキも沢山作ったから、沢山食べてくれよ」
「モンド様、ありがとうございます」
ライ様が「起立」と号令を掛け、団員が席から立ち上がる。それに続いて、グレイ副団長がフローの前に立つ。
「今日までの数日間、騎士見習いとし第一魔獣騎士団団員として我々と過ごしたことを忘れず精進するよう。それと、俺らはいつまでも仲間だからな」
「はい!ありがとうございます」
「団員の皆さん。大変お世話になりました。明日は、一度エメリラルドに帰ることになると思いますが、母様と父様に話をして、また第一魔獣騎士団に来ます。寮の私の部屋はそのままにして下さい。以上です」
「「「...えっ?」」」
団員達は目が点になっている。
「えっ?レイモンド団長とグレイ副団長から聞いてないんですか?」
グレイ副団長は「え?」伝えてないままだったらしい。
「レイのこともあるし、見習い騎士になったばかりだし、私は騎士団員辞めませんよ?」
「「「どうやって来るんだ?」」」
「どうにかして、なんだってして来ます」
「じゃなきゃ······」
「さっきだって······知りませんでした」
「アルの婚約者って私聞いてません」
「魔族には滅茶苦茶可愛い子が、うようよ居るから危ないって、グレイ副団長が言ってました」
「「「······そうか」」」
「「「······さっ、飯にしよう」」」
みんなアルとのことなど、どうでもいいみたいな素振りだ。
モンド様だけは「もう会えないかと思ってたよ」泣きながら喜んでくれた。
食事をしながら隣に座っているアルが、先ほどフローが話してた「アルの婚約者」について尋ねてきた。すると目の前の席いる第四部隊のケノスさんが話しに入ってきた。
「あー、あのとき第四部隊しか居なかったからな!」
第四部隊のケリィノルス·ガーディさんは、濃いシルバーに薄くグリーンの入った短髪のツンツン頭に、ディープグリーンの瞳をしたオチャラケ系の美男子だ。
「勝手に厩舎に入って、アナ姫に威嚇されながら出てきた女の子がいたんだよ。アルは未来の婚約者だって言ってたぞ!」
話を聞いていたライ様がもう少し詳しく教えてとケノスさんに言い、ケノスさんは事細かく出来事を伝える。ライ様が驚愕の顔をしフローに目を向けた。
「アナ姫に、鼻で顔にキスされたのかい?」
「鼻先を顔面に付けられましたが、キスではないです。間違えないで下さい。その言い方だと、私のファーストキスの相手がアナ姫になってしまいます」
「凄いな!フローは······アナ姫が敬愛を示すなんて、グレイ副団長は知ってるのかい?」
ケノスさんが、グレイ副団長を呼びアナ姫の話をする「アナ姫から聞いた」グレイ副団長はフローは特別可愛いんだと言ってたぞと、フローの頭をワシャワシャ撫で回してから席に戻っていった。
「敬愛って、なんですか?」
「グレイ副団長が言ってた通りです。主を相棒だとすると、敬愛は家族って感じですかね。娘のように可愛いって思ってるのかな」
ケノスさんに、アナ姫ほど手に負えない魔狼に認められるなんて魔獣使いになれるのではないかと、期待の眼差しで見つめられた。
「それと、アルの婚約者という女の子」
「シャーリー嬢?あの茶会では同じ成人前の年齢が集まりましたがかなりの人数がいたし、声を掛けられた令嬢の中に居なかったと思う。記憶にないです」
嫌な思いをさせてごめんねとアルが謝り、テーブルの下でフローの手をそっと握った。
「でも、あの子は凄かったよ!フローに向かって""醜い緑の女"って言いやがった。それを聞いたレイモンド団長がキレちゃってさ」
思い出すだけでも団長のキレた顔は怖いと、ケノスさんが身震いした。
「み、醜い?······そいつ、殺します」
アルは繋いでいる手に力を込めた。
「後日会うことがあれば、その女の子には思い知らせるしかないようですね。アルもフローを傷つけられたことを忘れないように」
ライ様の冷ややかな笑みに、ケノスさんが「怖い怖い」いつでも女の子の味方のライ様が、そんなことを言うなんてと驚いていた。
「おーい!グレイ副団長!そろそろメインイベントいいんじゃないか」
違うテーブルから声が上がった。
「よし、始めるぞ」
その言葉を合図に食堂の電気が消え真っ暗になった。そして、各テーブルの上に置かれているグラスから次々と虹色の小さい粒が浮き上がると、それが段々形を成し花火になって舞い上がった。その後、その花火の中から小さい光の魔狼が飛び出し目の前を駆け回る。光の魔狼が次々とフローの前を通り過ぎ少し駆け回ったところで、それは光の粒となった。粒が雪のようにフワフワと降りながら、グラスの中に戻っていく。
降りてきた光の粒に触れようと手を伸ばす。
「······わー、すっごーく綺麗ー!」
「えっ?冷たい!」
食堂の電気が再びつく。目をパチパチさせて
見た先のグラスの中には雪だるまが······。
「シャーベットだ!食べられるぞ!」
どや顔でグレイ副団長が「溶けないうちにどうぞ」団員からのフローへのプレゼントだと言う。
フローはすぐさま、それを口にする。
「冷たくて、甘くて、美味しいです!」
「今のは、どうやったんですか?」
「合同魔法だよ、嬢ちゃんのためにみんなで練習したんだ。団員全員での合同魔法を使ったのは始めてだったが、案外上手く出来たな」
「全員が魔法を使ってたんですか?」
「あぁ、全員だ」
グレイ副団長はどや顔を続けながら、今行われた合同魔法のやり方を説明した。
水魔法で極小さな水玉を作り、火魔法で赤、黄、青の小さな炎を出し、風魔法で微風を回転させながら炎の色を水玉に反射させ、最後は氷魔法を足して雪だるまになったという。
電気を消していたから団員達の姿までは見えなかったが、周りを見渡すとみんな息を切らしていた。繊細な魔法だったため、神経をかなり研ぎ澄まし続けたらしい。
「みなさん、とても素敵な魔法を見せていただき、ありがとうございます。早く魔法を覚えて、次にやるときは私も一緒にやりたいです」
食事会も終わり部屋に戻る前に、料理長のモンド様にお願いしていた夜食を貰いに厨房に入ると、グレイ副団長とライ様がいた。
手に持っている物を見ると、夜の見廻り後の夜食を取りに来たみたいだ。
モンド様から二人と同じ包みを受け取る。
「ありがとうございます」
「嬢ちゃん、どうした?」
「フロー嬢、食事が足りなかったのですか?」
キョトンとした顔でに不思議そうな眼差しで見る二人に、この後の話をする。
「じゃぁ、見廻りの奴に言っておくから、何かあればすぐ連絡しろ」
「わかりました。私は朝一に見に行くので、寝ていたら起こしますね」
「ありがとうございます」
すると話を聞いていたモンド様が、お茶の入った水筒も持たせてくれた。
食堂の扉の前ではアルが待っていてくれて、
部屋まで送ってくれた。
部屋に戻ってきたところで、明日持ち帰る荷物を簡単にまとめた後、薬草園で魔力練りで作っておいた魔力回復薬を二粒をポケットに入れ
夜食と水筒を手に部屋を出た。
☆
厩舎横の木の下で、月明かりに氷の表面がキラリと反射した肉のオブジェと化したものが5体、不気味にぶら下がっている。
更にその奥に、虹色に光っている灰白色の楕円形の塊がある。
急ぎ足でその塊まで向かうと、フローが来たことに気がついたのか、むくりと顔を上げ双方の金色の瞳が開かれた。
『フロー、美味しそうな匂いがする』
「ふふっ」
今夜は、レイと一緒に居ようと思って夜食を持ってきたと告げ、寝ていたレイの前足の間に入る。
「温かーい」
『明日から、少しの間は会えないんだよね』
「そうね、お利口さんして待っててね!出来るだけ早く会いにくるから」
「レイ、今夜はたくさんの魔力をあなたに注ぐために来たのよ」
レイに魔力を注いでいるときに気がついたことがある。フローが魔力を注いでいると、フローが分からない程度にその魔力を少しずつレイは弾いていたのだ。たまに魔力が足りなくなると、アルに分けてもらっていた。そのときは何故かは分からなかったが、なんとなく聞けなかった。
「レイは···まだチェンと同じ大きさでいたかったんだよね。でもね、みんなが心配してるよ。みんな分かってるよ。レイが悩んでいること」
『フロー、僕はまだ······』
「だめよ。そんなレイは嫌い」
「みんなと一緒じゃなきゃダメだなんて誰が言ったの?勝手に思い込んで、みんなに心配させて!私だって、一人だけエルフよ!レイだけ雄でもいいじゃない、大きくなって強くなって仲間を守れる一番になればいいじゃない」
『フロー·····』
「私だって、一人だけ女の子よ。筋肉だってない。魔族のみんなみたいに妖艶さもないし、美しさもない。魔法だってまだ使えない。何もできない。けど、みんなから凄い騎士になった、美人さんになったって言われるよう頑張る」
「レイ······不安なのは、私も一緒よ。でも、考えてばかりじゃどうにもならないことだし。今出来ることに最善を尽くしていれば、結果は自ずとついてくるわよ。いつでも最高のレイに隣にいて欲しい」
『うん』
レイが押さえていた成長を戻すためにフローは魔力を解放して駄々漏れ状態にしレイに寄りかかった。レイは大量に流れ込んでくる魔力に温かさを感じながら寝息をたて始めたフローを抱え直し、自分も瞼を綴じた。
「一晩でこんなに······凄いな」
昨夜、朝一で起こしに行くと約束していたライ様が目にしたものは、一晩で巨大化したレイの姿だった。魔狼騎士団の魔狼の中でも一番大きいミゼルの1.5倍くらい大きい。
「おはよう、レイ」
「お前の主人はがんばり屋さんだね。一晩でこんなに成長するなんて、あまり心配させるなよ。これからは悩むことがあれば、仲間に相談くらいしろ」
『うん。ごめんなさい』
「···はっ?···レイ?」
『僕、意識しながらならみんなと念話出来るよ。フローが言ってたんだけど、魔狼のプライドが無いからだって!』
「そうですか···なぜか残念な理由ですね」
「レイ、体のことですが···魔狼は自在に体の大きさを操れるはずです、なぜそうしなかったのですか?成長を止めることを選んだ理由はなんですか?」
『···え』
『···成長のことしか悩んでなかった』
『大きさを操るなんて、考えつかなかった』
『···無駄な努力だったー』
「あなたにプライドが備わっていないことがよくわかりました。ひとまず少し小さくなってみなさい」
レイは言われた通りに体を少し小さくした。
『あっ、出来た』
『ライ様ー、出来たよー』
「問題解決ですね。ではそろそろ、フロー嬢を起こしましょう。誰かさんのせいで、魔力を使い果たしてるでしょうから、朝食を食べて元気を取り戻さなければなりませんからね」
なかなか起きないフローを背に乗せて、ライ様の隣を歩く。
寮までの距離を朝日を浴びなからゆっくり、とてもゆっくりと歩いた。




