~一章~ 結人
「「···はっ?」」
第一魔獣騎士団寮の来客室でレイモンド団長とグレイ副団長は、アルが「魔狼と仮契約しました」という報告に首を傾けている。
双子を連れて魚捕りに行って帰ってきた約3時間の間に何があったのか?
初めて聞く仮契約と言う言葉に、二人は説明を求めた。
アルは父親の友人だというヴェル様と会ったことやミゼルが来たことなどを報告する。
「魔狼のレイが、魔狼ではなく新種になると思われるという事です。双子の姉魔狼、名をチェンと付けました。チェンとの契約は、弟のレイを守り導くための協力相手ということでチェンから申し出があり(仮)という形で契約しました」
ミゼルは双子を産んだが、本来魔狼は一度の出産で、一頭しか産まない。
その為、今まで魔狼の兄弟愛は確認出来なかったが、親子の絆は人よりも強いため、兄弟同士もそうなのだろう。
しかし、魔狼が騎士を主に迎えるのは、騎士が成人した後だ。成人してからすぐの者もいれば、何年か経ってからの者もいる。
アルは成人するまでに、まだ2年もある。
「なぜ、相談も報告も無しに決めた?」
レイモンド団長は深い溜め息を吐いた。
アルはしばらくの間沈黙していたが、ひとつ深呼吸してから、ゆっくり口を開いた。
「父上に話していない事があります」
「ここでは団長だ」
「はい。しかし、内容として父上に報告しなくてはならない事なのです」
グレイ副団長は「では、私は席を外します」と軽く礼をとる。
「いえ、グレイ副団長にも聞いて頂きたいことなので······このままでお願いします」
もう一度、大きく深呼吸をした後でアルは言葉を続ける。
「実は、フローは私の結人なのです」
「本当か?」
「マジで?」
突然の思いがけないアルの話しに、ふたりは同時に言葉を返した。
結人とは、獣人族で言う"番"のようなものだ。
魔族では、自身に対して結人は3人くらい居ると言われている。最初に出会った結人が最愛の相手になる。しかし、結人に出会えるのはごく稀なのだ。
出会った瞬間に核とも言える体内の魔石が高揚して震えるという。好きとか愛している等の感情表現ではなく、全身で欲するという言い方の方が正しいだろう。
「厩舎でフローに出会ったときに、すぐ分かりました」
「今回のチェンとのことも、レイだけではなくフローのことも踏まえての仮契約です」
「······そうか」
「結人だとフロー嬢に話したのか?」
「いいえ」
「まだ僕も子供です。言えません」
「でも僕は、正式にチェンを従えて、必ずフローと洞窟で誓いを立てます」
そして二人に深々と頭を下げて「力をお貸しください」協力を求めた。
「······エメリラルド国の女王を母に、人族の王弟を父に持つ娘だ。親の首を縦に振らせることが課題になったな。それと、白い地の住人が黒い地に抱く思いを覆せなきゃ許しが得られないだろう。······フロー嬢以外では駄目なのか?他にも現れるかも知れ·······」
怒りで頭に血が上り、言葉を遮って口を先に出してしまう。
「フローでなきゃ嫌です」
「父上がなんて言おうともです。結果、黒い地に連れて来られない場合は、レイとチェンを伴い僕が白い地に行きます」
「アルフォードの気持ちは分かったが、フロー嬢の気持ちはどうなんだ?まずは彼女の気持ちを確かめてからでないと」
「か、彼女の気持ちは······僕にあります。ずっ······ずっと一緒だと、約束しました」
全身真っっ赤に染まり、恥ずかしそうに上目遣いで父の顔を覗きながらそう答えると、何故か父は動揺したように返事をした。
「そ、そうか。では何がなんでもフロー嬢を嫁にもらわないといけないな」
グレイ副団長は「約束?早すぎだろ」などと苦笑いしながら言ったが、結人に巡り会えた奇跡を応援してくれた。
そして、レイモンド団長に向き直り「アルに先を越される身を考えてくれよ」と、羨ましそうに言ったあとで、アルより先に結婚するために、ギャリマ家宛に届いた招待状の茶会や夜会などは「代わりに俺が行く」と、必死に訴えかけるのであった。
☆
連日のどんよりとした天気に加え、家の中では皆口数が少なく、フローの居ないドゥルス家は火が消えたようになっていた。
ここ数日、絶えず溜め息が飛び交っていた朝食の席では、明日ようやくリリーが黒国へ訪問する日を迎え、久しぶりに笑顔で会話が出来ている。
「母様、明日は何時に戻られる予定ですか?」
「フローも連れて帰って来れますか?」
母の顔を覗き込む二人の息子に優しく微笑んで「そうね···」なるべく早く帰るようにすると答えた。ただ、黒国へ行ってみないとフローのことは何とも言えずだった。
「リリーもエメリラルド国の女王としての訪問になるからな。フェンもエリクも心配なのは分かるが、フローが明日戻れなくてもリリーを責めないでやってくれよ」
「「もちろんです。父様」」
「フローなら大丈夫だろう。きっと黒国でもお転婆な女の子って言われるくらい元気にしていると思うのだが」
「そうね、あの子のことだから、こちらの心配などお構いなしで過ごしていそうだわ」
「多分、楽しく遊んでるな!なっ、エリク」
「そうだね、フローは前だけ向いて生きている性格だからな!何事も問題を起こしてないことを祈るね。家族のことなんて忘れてるよ」
ドゥルス家の誰もが顔を引きつらせながら笑う「絶対、忘れてる」と思うのだった。