~一章~ 魔狼への思い
今日は朝から、アルの父親のレイモンド団長に呼び出された。
朝食後にグレイ副団長から、話があるから訓練場前に来るようにと「団長から言伝てされた」と言われ、急いで着替えて訓練場に向かう。
「おはようございます。レイモンド団長」
急いで来たのだが、時間に間に合ったのか分からず、レイモンド団長とグレイ副団長が話しているのに、後ろから声を掛けてしまった。
「おはよう、フ、フロー嬢?」
振り返りながら朝の挨拶をしたレイモンド団長は、目を"パチパチ"させた後しばし固まった。
その後で、上から下まで見られ、手を額に当てて「なぜ、こうなったのだ?」と、ため息をついた。
「どうされましたか?」
きちんと身支度出来たはず。鏡でも確認したし、侍女さんも「動き安い髪型にしました」と髪も大丈夫なはず。
「フロー嬢は、そのまま少し待っていてくれ」
レイモンド団長がそう言って"にこり"としたあとに、後ろに振り向き「グレイ、説明してくれるかな?」と顔は見えないが、かなり怒っていらっしゃるような口調だ。
グレイ副団長は「ははっ···!団服姿も可愛いでしょ!」顔をひきつらせていた。
なるほど、フローが第一魔獣騎士団の団服を着ていたために、レイモンド団長の顔が固まっていたみたいだ。
レイモンド団長の話しは、フローがゲートから黒国に転移してきて、こちらの国で保護していると、サフィニア国の両親に伝わったという内容だった。
緑国から迎えに来るにあたり沢山の手続きが必要になるらしく、手続きが終わるまでには時間が掛かるため、もうしばらくの間はここに滞在することになった。
「申し訳ないが、あと何日かの辛抱だから我慢してくれ」
レイモンド団長に、状況が明白になるまで話さずにいたことと、緑国に帰れるまでにまだ時間が掛かる事を謝罪された。
「でも······帰ってしまったら······」
「······どうした?話してごらん」
フローの強い視線を崩すかの様に、レイモンド団長に優しく微笑まれ理由を聞かれた。
「それは·······」
レイが成獣になるまで、私の魔力がたまに必要になるのではないか?それと、第一魔獣騎士団の騎士になりたいと告げる。彼の主として恥ずかしくない立派な騎士になりたい。彼の生死を決めた自分は、その後の事もきちんと考えて行かなければならないと、考えていることを伝えた。
「レイは男の子だし、私が主になってしまったから、主が騎士団に居ないと居場所が無くなっちゃう」
騎士団に居る魔狼は全部雌。
雌の魔狼が主として心を通わせるのは男性騎士だけ。そのため雄が産まれ場合、自分で食事が出き成獣になると、いつの間にか騎士団から居なくなる。
先日、アルから聞いた事がずっと気になっていた。口に出してみると次から次へと思いが溢れてきて、歯止めがきかなくなり、レイモンド団長に胸のうちを全て話してしまった。
「レイは、男の子なのに主が······私がいるのです。両親にもきちんと話しをして納得させますので、入団を取り消さないで下さい」
レイを、立派な第一魔獣騎士団の魔狼にしたいこと、私も第一魔獣騎士団の騎士になりたい思いを熱く語った。
「······入団したのか。なるほど······。それで騎士団の制服を着ているのかな?」
······?
······団服は、全然関係ないんだけど
······まぁーいいか
「私は、第一魔獣騎士団の団長なのだが、フロー嬢が入団したことを知らないのはどうしてだろうか?」
レイモンド団長はグレイ副団長を一睨みすると、深い溜め息を吐きフローに視線を戻した。
「······仕方がない。第一魔獣騎士団初の女性騎士であり、初の他種族騎士か······歓迎しよう」
「フロー嬢、第一魔獣騎士団にようこそ」
「「「おぉー!」」」
あちらこちらから歓声が沸き起こった。
「やったな!嬢ちゃん」
「初の女の子だ!凄いな!」
「フロー嬢、よかったですね」
「まさかだよ!団長が認めたよ」
「聞いててハラハラしたぜ!」
レイモンド団長に認めていただいた。
騎士団のみんなは、耳を傾けていたらしく、その後も一斉に激励してくれた。
······やったわ
······私もレイも仲間になれた
······めちゃくちゃ嬉しい
そして、緊張していた糸が切れたかのように、フローはその後ずっと泣き続けたのである。
☆
厩舎に入ると、アルが大量の果物を包丁を使い切っていた。魔狼たちの食後のデザートである。
「アル!おはよう」
「······フロー?その制服?······」
グレイ副団長からいただいたの「おかしくない?」と、アルの前で一度回転してみせた。
見た目と違い軽い素材で出来ていて、とても動きやすい。今まで着ていた服とは大違いだ。
「······可愛すぎる」
二日前、グレイ副団長が寮にあるアルの部屋で「これ、アルには小さいよな!」とクローゼットから持ち出した団服だ。
目を大きく開けて顔全体を真っ赤に染めた彼女は「か、、可愛すぎないわ」と言い、両手で団服を握りしめながら俯いた。
·······ヤバい!可愛いー!
「フロー、似合ってるよ。お揃いだね」
「あ、ありがとう。アルみたいにかっこよく見える?」
「えっ?······か、かっこよく?」
「うん。アルはかっこいいから······」
「フローは、めちゃくちゃ可愛い」
厩舎内にいる魔狼たちは、ふたりのイチャイチャトークを聞きながら食後のフルーツが食べられるまでに時間が掛かりそうだと、一番奥の房にいるレイに苦情を伝えだした。
『おーい。デザート早く配ってー』
デザートを配り終えた後、昨日から今朝に掛けての出来事をアルに伝えた。彼は全てのことに驚いていた。
「でも、正式に団員になるには、団長が母様に話をして了承を得てからだって」
「そうか。じゃぁ、お母様を説得しないとね」
「うん!頑張るわ!······そういえば、アルは何処にお出掛けしてたの?」
「つまらないお茶会だったよ」
行きたくなかったのに、家族で行かなければならなかったみたいで、「沢山の家族が集まってたんだ」紹介されても多すぎて、覚えられなかったと困った顔をしていた。
「それで、これをフローに······」
帰りに、王都に寄って来たからお土産を買ってきたと、ポケットから小さいピンク色をした袋を取り出し、フローの手の平に乗せた。
「ありがとう。開けてみていい?」
「うん」
袋の中にはリボンの付いた小さな箱があり開けてみると、シルバーの土台にピンクのシェルを使い花をモチーフにした髪飾りが入っていた。
「可愛いー!可愛すぎるー!」
「アルだと思って、大切にするね」
「よかった。色々と迷ったんだ」
アルは、恥ずかしさを悟られないように、顔を背け、話を逸らした。
「今日はどうする?」
午前中は家庭教師が来るため、午後なら一緒に遊べるとアルが伝える。
「川に行きたいわ!浅い川って近くにある?」
「川?魚釣りでもしたいの?」
「違うわ!魚を捕まえるの!」
どや顔で、意気揚々とするフローに、アルは目が点になった。
☆
2人と2頭は静かに息を潜めて、その瞬間をひたすら待ち続けた。長い沈黙が続く。
『今だ!』
レイの足元を蛇行しながら優雅に泳いでいるそれは、ただの川魚である。
2頭は川の中で立ち、魚が近づいてくるのを石の様に待っていた。
そして2人は川べりで、2頭が魚を捕らえる瞬間を見ようと、今か今かと待っているのである。
·······6回目
「残念。やっぱり、魔力を使わずに捕るのは、まだ無理なのかな?」
2頭は、"しゅん"として、フローの顔を除きこんでいる。それでもプライドはある。が···なかなか難しいらしく、2頭とも破棄が無くなっている。
「2頭とも、頑張ったな!今日は終わりにするか!また近いうちにチャレンジしような」
アルの言葉に2頭が川から上がってきた。濡れた毛を乾かす為、頭と体を振るう。
「きゃぁ!ぶるぶるしないで!冷たい」
「お前たち、水を飛ばすな!」
「冷たいな!」
フローとアルの背後からも、声がした。
後ろを振り返ると、第一魔獣騎士団の制服を着ているが、見たことがない妖艶な美男子が腕を前で組んで立っていた。シルバーの長髪に瞳枠は濃い紫色で中心に向かい藤色に変わり魔族特有の縦長の瞳孔をしている。
『フロー、下がって!』
「「グルルル······」」
2頭は鼻にシワを寄せ、牙を剥き出しにし、唸り声を上げる。
妖艶な美男子は、「赤子でも魔狼だな」"フムフム"といった感じに右手を顎に置き頷いた後、一瞬だが2頭を見る目が冷気を帯びた。
そして怒りを放っていた2頭は、瞬時に警戒を解き頭を垂れた。
「ほほぅ、流石だな。少しの間、様子を伺っていたのだが······お前の子供は親に似て賢いらしい。良い子を産んだ」
奥の木々の間から大きな魔狼が現れ、2頭の前までくると、妖艶な美男子に向かって頭を垂れる。
「······ミゼル?」
アルが声を掛けると、ミゼルは目だけをこちらに向けた。
「レイモンド団長の子息かな?ミゼルは、子供達の危機を察知しここまで来たらしい。聡い魔狼だな」
「はい。父の名をレイモンド·ギャリマ、私は息子のアルフォードと申します」
ミゼルは妖艶な美男子に向かい「グゥ」ひと鳴きすると、何事もなかったかのように踵を返して去って行った。
「フム、私はヴェルだ。そなたの父親の友人に当たる。先ほどレイモンド団長から、そちらのお嬢さんと灰白色の魔狼のことを聞いてね。是非ともお会いしたいと思って、ここまで来たのだが」
ヴェル様はフローをチラリと横目にし、軽くウインクをして見せた。妖艶さに更に磨きがかかった破壊力だ。
「初めまして、フェアローラ·ドゥルスと申します。フローとお呼び下さい。」
ヴェルはフローのチョーカーを見て「素晴らしい魔術式だね」と、そして2つの守護石を見ながら石の話をしだした。
獣人族と魔族は体内に魔石を持ち、エルフ族とダークエルフ族は守護石を体内に取り入れる。竜族は額に第三の眼として眼竜石があり、人族には持つ石はない。
魔獣は魔石を持って産まれる。「フロー嬢は何の守護石を飲ませたのかな?」詳しくは分からないが、おそらく灰白色の獣は魔獣ではなくなったと思われる。魔獣として欠けていたピースにエルフを当てはめたという混血種、新しい生に産まれ変わったのだろう。
「酷な話しだが、ミゼルはこの獣を自分の子であるが、同種ではないと思っているらしい。2人に問うが、この獣をどう思う?」
「私はレイのことが大好きです。魔狼じゃなくてもどんな獣でも家族のように思ってます」
「死んでしまうはずだったレイを、僕は見ていることしか出来なかったのです。生きていてくれた仲間が何者でも構いません」
ヴェル様は「そうか」と呟くと、優しい眼差しを二頭に向けた。
「何かしらあったときは相談してくれ。レイモンド団長に言ってくれれば、すぐに第一魔獣騎士団に来るとしよう」
先程から痺れを切らしている奴等が、ずっと怖い顔で睨んでいると、ヴェル様が木々に視線を送る。「えっ、他にも誰かいるのですか?」辺りを見回してみても誰も見当たらない。するとヴェル様が、君達に気がつかれる様では彼等は職を辞さなくてはならない「ははっ」と笑いってフローとアルの頭を交互に一撫でした。
「では、また」
そして、ヴェル様は一瞬で二人の目の前から消えた。