侵入者
三題噺もどき―にひゃくろくじゅうなな。
街の少し離れたところに、小さな一軒家が建っている。
見目はボロボロ、今にも倒れそうで、崩れずにいることが不思議でならない。
壁という壁にツタがはい回り、模様を描き出している。自然が織りなすアートといえば聞こえはいいが、単純に伸び放題しているだけのもの。
恐ろしさはあるが、美しくはない。
雨風にさらされ、風化に風化を重ねたような、ボロボロの家。
見目がこんなだから、小さな町では噂が立つ。
『誰も住んでいないはずなのに…』
『真夜中に声が聞こえる』
『電気がついていることがある』
『人影が外を覗く姿を見た』
そんな噂が後を絶たない。
―もちろん、怖いもの見たさに、度胸試しをしようとするものもあらわれる。
「…ふぁ……」
その一軒家に。
1人の青年が住んでいた。
「……」
この家は、畳が広がる…想像しやすい日本家屋的な内装だ。
まぁ、床はボロボロの上、板の敷かれた廊下は歩けば悲鳴を上げる。
―ましてや、不釣り合いな天蓋付きのベッドなんて置いていたら、床が抜けてしまう。
「…ねみ……」
そのベッドの上に、上体を起こしいかにもだるそうな面持ちの青年がいる。
つい数秒前まで眠っていたようだが、目が覚めたようだ。
まだ少々眠たげではあるが。
「……くぁ…」
ちなみに時刻は真夜中。
時計の針は、長針も短針も、丁度真上をさしている。
―まぁ、この時計がしっかりと動いているかどうかは定かではないが。
何せ、ホコリが溜まっているし、クモの巣まではっている。
ときおり、カチリという音は聞こえるから、動いてはいるかもしれないが。
「…んん…」
まぁ当然。
そんな時間に起きていては、ねむいのは当然かもしれないが。
だがしかし。
だ。
この青年、つい先ほどまで眠っていたのだ。
真昼からずっと。
昼と言わず、朝からずっと。
人々が、仕事に学校にと動き出す時間から、眠り始め。
一旦の休憩をはさみつつ再度働き、帰宅するその時間まで。
ずっと、眠っていた。
「……」
それだけの時間眠っていて。
今もなお、また落ちようとしている。
起こされた上半身が、ゆっくりと揺れ始める。
「…いい加減起きてください」
「―――っだ!!」
しかし、その惰眠を貪ろうとした男を咎める声が、降った。
頭上から。
「いくらあなたが、吸血鬼だからって、寝すぎはどうかと思いますよ―人として」
ばさりという小さな羽音が響く。
―次の瞬間にはベッド脇に1人の男が立っていた。
すらりとした体躯に、ピタリとあつらえたような執事服を纏っている。
少々長めの、癖のある髪を無造作に後ろに纏め。
瞳は赤く、ふぅと溜息をつく唇から、小さな牙が覗く。
「…うるせぇなぁ…叩かなくてもいいだろ別に……」
叩かれた個所を軽くさすりながら、応えた青年は、懲りずに布団の中へと潜ろうとしている。
男に似たのか、はたまた男が青年に似たのか…同じような癖のある髪を持っている。
こちらは短いがゆえに、跳ねてしまっているが、気にしていないようだ。
恨めしそうに薄く開かれた瞳は金。
文句を溢す唇には、もちろん牙が覗く。
「……いいから、おき――」
「……」
執事服を着た男が、駄々をこねる青年の布団をはごうと、手を伸ばした瞬間。
遠くで、音がした。
ギィ―という。扉を開く音。
続いて、ぎしぃ―と廊下を進む音。
「……」
「……」
「……」
青年と男は、音のした方をじぃと見つめる。
息を殺し、気配を殺し、音の正体を探る。
つい先ほどまでの寝起きの空気が嘘のように、緊張が支配する。
「……いつものですね…」
その緊張を解いたのは、男だった。
いかにも面倒ごとが来たとでも言うような、呆れた声。
「……だなぁ…」
一方、面白いものが来たとでも言うように、笑みを浮かべる青年。
少々上ずった声は、男をさらに呆れさせるには十分だった。
「……じゃ、頼んだ」
「はぁ…」
伸ばしていた手を引っ込め、男はくるりと後ろを向く。
ベッドに背を向け、足を踏み出す。
「あぁ、ついでに、何か食べ物も」
「……はいはい」
「『はい』は一回ってお前が言ったぞ」
「…そうですね」
数秒。
青年との会話に、男は時間を取られた。
その数秒が、男の計画を狂わせた。
―――――は」
原因は、男がすぐに「いつものやつ」と、音の正体に対する警戒をすぐに解いたことだろう。
常に気を張り、この瞬間までそれに対する警戒を怠らずにしていれば、会話なんぞしなかっただろう。
―青年はもちろん、気づいていた。だから、男に話を振った。
「「「キャぁーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」
青年との会話を切り、音の正体の対処をしようと男が動いた瞬間。
その視界に光があふれ。
一瞬の間を置いた後に、金切り声が家中に響く。
「っ……」
眩しさに目をしかめた男をよそに、バタバタという足音が聞こえ、最後に扉が乱暴に閉じられた音が聞こえる。
家が壊れるのではないかと懸念されたが、大丈夫なようだ。
「……っはは」
残されたのは、ゴトリと落とされ、煌々と廊下を照らす懐中電灯。
悔し気に顔をゆがめる男。
くつくつと、楽し気に肩を揺らす青年だけだ。
「……気づいてましたね」
「ん?あぁ、まぁ、」
ぼそりと恨み言を呟きながら、男は青年を睨む。
光になれていない男は、未だぼんやりする視界の中で、確かにゆがむ三日月を見ている。
「まぁ、追い払えたしいいだろ」
「……」
楽しさが声ににじみ出ている青年を尻目に、男は懐中電灯を手に取る。
かちりとそのスイッチを切り、再び暗闇が家の中に戻る。
「…今日はニンニク料理ですね」
「……ぇ」
それだけ言い残し、男は部屋を出ていく。
最後に残ったのは、今の言葉の真偽を図りかねている青年だけだった。
―数分後、ニンニクの香ばしい香りが家中に漂ったのは、言うまでもない。
お題:懐中電灯・家・真夜中