第78話 悪魔の膜
動き出しが最も早かったのワクだった。
彼は隣にいたリラを引っ掴むとヒナタが乗る馬に投げ、その尻を蹴った。
馬は雄叫びを上げると、ヒナタの制御を無視して、走り出す。
「ま、待ってください! ギバ様が!」
リラがそう叫んで駆ける馬から降りようとするが、ヒナタが必死に止める。
馬から落ちるのは危ないだけではなく、彼女もワクと同じ気持ちだったからだ。
貴族の令嬢、民間人であるリラをこの場から離さなくては。
ワクはそれを見届けると、ギバの方を見た。
ギバの身体には棘が何本も突き刺さっている。
抜け出そうと身体をよじっているが、全く動ける様子がない。
「ギバさん! 手伝うぞ!」
「来るな!」
ワクがまたもやクレーターの中心部まで行こうとするのをギバが止める。
「この棘を抜くのは時間が掛かる!」
魔道具により生成された棘はシュントとギバを何本も繋げていた。
一本一本取り除くには時間がないし、シュントごと持ち上げようにも棘はギバだけではなく地面にも刺さっていた。
かなり深くまで刺さっているのかシュントも動かせない。
この状態でここに来るとワクまで道連れになってしまう。
それどころかワクもシュントの棘の犠牲になる可能性があった。
「なら魔道具を破壊すりゃいい!」
「無駄ですよ」
ワクの提案にシュントが笑う。
「ハレーは一度発動すると、その魔力が尽きるまで止まることはありません。
粉々に砕いても近くにあるなら反応し続けます。
――それに」
シュントはハレーを握りしめると指から棘を出しハレーを貫く。
かと思えば自身の掌をも貫いた。
血が一気に噴き出す。
「そう簡単に取られてたまるか」
シュントは睨んだのをワクは「チッ」と舌打ちをした。
「ワクさん!」
ギバがワクを呼んだ。
「逃げてください」
「! だがお前さん!」
「自分で何とかする……死ぬつもりはない」
ギバの言葉にワクは悔しそうに目を瞑る。
おそらくワクを逃がすための方便だ。
この状況で抜け出すことなどできるわけもないし、ハレーが発動したら最後。
トリノが死んだ――あの映像のように惨い死に方をする。
だが、ここで自分が出来ることがないのもまた事実。
ハレーは輝きを増していく。
「ええい! くそ!」
ワクはそう叫ぶと、
「ギバさん! 必ず助けるからな! 少しの間、耐えてくれよ!」
後ろを振り向き走った。
★★★
(範囲はどのくらいだ?)
ヒナタは馬に乗りながらそう考える。
ハレーは映像で見た限り範囲攻撃。
周囲に空気を通さない膜を張り、上空から空気を抜く。
その勢いで軽いものが飛び散り、空気が抜けることにより圧力が低下。
生物内部にある空気も外へ抜け出そうとする結果、破裂する。
シュントは映像で言っていた。
あの映像から十日で発動すると言っていた。
それも王都に大規模な被害を及ぼす程の破壊力で。
つまり十日間で王都くらいの範囲を囲めると言っているのだ。
今日は九日目。
王都程ではないにせよ、相当な範囲になるはずだ。
(どのくらい遠くへ行けばいい? その前にアイラちゃん達にも知らせなくては。
あと問題があるとするなら――)
「は、離してください!」
目の前で涙を浮かべながら身を捩る少女がそう叫ぶ。
「嫌だね」
だけどヒナタは拒否する。
「ですが、このままではギバ様が!」
「だけれど今は君の安全の方が優先だ」
「! ……ですが」
「ごめんだけど、今は耐えておくれよ。君まで死んじゃ浮かばれない」
「…………」
「僕だって辛いんだよ」
その言葉でリラはハッと息を呑む。
ヒナタは悔しそうに歯を食いしばり目に涙を浮かべる。
「言われるまでもない。ギバ団長は絶対に助ける!
だけど今は君自身の安全、それに何も知らない仲間達に危険を知らせるの優先だ」
「…………はい」
聞き分けの良い娘だ。
心中は色んな思いが渦巻いているだろうが、冷静になればちゃんと何をすべきかわかるくらいには賢いんだ。
ギバを助ける方法はリラやアイラ達の安全を確保してから。
そうではなくては、大多数の人間が死を見ることになる。
「ハッ!」
ヒナタは馬の胴を蹴り走り出す。
アイラ達の避難させるために。
一刻も早くギバを助けるために。
★★★
「走れ走れ! ハレーの範囲よりも遠くに逃げるんだ!」
ドドドド、という地響きを鳴らし、騎士団や自警団達が走っていく。
ある人は全速力で、ある人は怪我人を背負って、ある人は捕縛した盗賊団を担ぎ上げ、多様に盗賊団のアジトから離れていく。
ハレーが起動した、というヒナタの凶報に行動した結果だ。
ヒナタの馬には三人乗っていた。
前からリラ、ヒナタ、そしてアイラだ。
応急手当てをしただけで身体に包帯が巻き付けてあった。
アイラを途中で乗せたのは、ただの成り行きだ。
急いで離れようとした時にちょうど近くにいた怪我人がアイラだった。
「いったいどれくらい走れば良いの!?」
アイラはそう叫ぶ。
だがその問いにヒナタは首を振った。
「わからない! 少なくともトリノが殺された時、どのくらいの期間、魔力を込められたかわかれば目安がつくんだけど!」
「! ハレーにはわたしの魔力が使われています!」
「なんだって?」
リラの言葉にヒナタは目を丸くする。
「ってことは誘拐された日からか! ちょっと手綱任せた」
「え? ちょっとわたしですか!?」
リラに手綱を渡すと、ヒナタは目を瞑る。
リラは驚きながらも手綱を握る。
父親と馬で散歩する機会があってよかった、と心から思う。
(ですがこんな早い馬を操ったことはありません!)
ヤケクソになりながらもリラはヒナタとアイラが振り飛ばされないように注意を払いつつ、馬を制御した。
だがそれも数秒の出来事。
「うん。わかった!」
すぐにヒナタはそう叫ぶと、リラから手綱を返してもらう。
「ここで止まっていい!」
そしてブレーキをかける。
手綱を急に引っ張られたことから馬は驚いて悲鳴を上げる。
慣性につられてリラとアイラは前のめりに。
アイラは顔をヒナタの背中にぶつけて、リラは馬から落ちそうになるが、ヒナタが襟を掴んでくれたおかげで大事には至らなかった。
「ちょっと止めるなら止めると!」
「イヒヒ〜ごめんごめん」
顔を摩りながら文句を言うアイラにヒナタは笑って頭を掻いた。
だが、それも束の間だ。
パチッパチッ。
木々の気泡が破裂する音が聞こえてきた。
嵐の前触れのように木の葉が騒めき、上昇する。
「来たね」
「「!!」」
内部の空気密度が変わることで外側との境が浮き彫りになる。
ドーム状に広がるその膜は徐々に膨らみ、こちらへ迫る。
膜の内部は既に竜巻が起こったように各地で砂埃が。
内部の空気を吐き出す結果、軽い物が上昇しているようだ。
「ほ、本当に大丈夫なんでしょうね?」
アイラがゴクリと唾を飲む。
「計算が正しければね」
ヒナタはじっとハレーの膜を観察しつつ不敵に笑みを浮かべる。
「ただ魔力量と比例しないんじゃ話は別だけど」
「つまり……?」
「仮説が違うんじゃどうしようもないってこと!」
「ちょ! ちょっと、ヒナタ!?」
膜はどんどん迫ってくる。
勢いは早く。中はもはや地獄絵図。
入ればひとたまりもない。
「一応、息は大きく吸っておこうかな」
冷や汗を流しつつヒナタはそう笑う。
「ヒナタ〜!」
「ほら、もうくるよ!」
文句を言うまでもなく、悪魔の膜は加速しこちらへ。
ヒナタはそれを観察し、アイラは大きく目を見開き、リラは目を閉じた。




