第71話 貴族の娘になった傭兵、黒髪の青年に頭を下げる
「いいかい? 僕は君たちのことを思って提案してるんだ」
「――――」
「脅し? これは警告だよ」
「――――」
「このままこれが拡散されるのは都合の悪いんだろう?」
「――――」
「おっと。無駄だよ。原本は別の場所に隠してある。ここにあるのを処分しても意味ないよ。
なーに。悪いようにはしないさ。むしろ君たちにとっては良い話さ」
「――――」
「だからさ。取引しようよ」
生意気な女の声が薄暗い円卓に響き渡った。
★★★
星明かりしか見えない暗い空。
地上には空からの光は届かず、アジトの周りを取り囲んだ松明だけが辺りを照らしていた。
風に煽られパチパチと音がする松明。その近くに怪我した者たちのうめき声もあり、それら2つの音が不快なハーモニーとして響いていた。
その中でシュント・リガイは歪んだ笑みを浮かべて、苦しそうに立っている少女姿の傭兵を見ていた。
「ギバ団長〜? 回復したんですか?」
「…………」
ギバは答えない。
重い足取りで一歩一歩前に進み、へたり込んでいるリラのところへ。
「大丈夫か?」
「……ギバ……様」
声をかけると、リラは見上げる。顔は涙で濡れていて青白い。
シュントの暴論を間に受けてショックを受けている様子だ。
「わたし……わたし……」
「何も言うな。言う必要はない。全て聞いていた」
そしてギバはリラの耳元に近づき、
「――――」
何かを囁いた後、真一文字に口を閉じシュントを一瞥する。
「やはり自分の身体が大事ですか?」
「…………」
「そうですよね? こんな小娘に自分の身体を勝手に操られて傷つけられちゃ堪んないですよね?」
「…………」
「何か言ったらどうですか?」
ずっと黙ったままのギバに痺れを切らし、シュントは鋭い口調になる。
そこでようやくギバはゆっくり口を開いた。
開いたが何を言うべきか。
少し考え、また閉じた。
「ふん」
その挙動にシュントは見下したように鼻で笑う。
「何も言わないんですか? それとも言えないんですか?
……そういえば言ってましたね。『言えることは何もない』って。
本当に無いんですか? 本当に僕の考えに何も思わないんですか?」
それでも口を開こうとしないギバにシュントは舌打ちを鳴らして、
「…………何か言えよ!」
光線剣をギバの横に叩きつける。
赤い閃光による地面が切れた。
その衝撃で土埃が舞い、
「――ッ!」
抉れた岩がギバの額に当たる。血が流れてきた。
ギバは眉を顰めてシュントをもう一度見た。
「なんですか? 何か言うんですか?」
「私の……」
「もう少し大きな声で喋ってくださいよ」
「私の責任だ」
「はぁ?」
煽りまくって口を開かせたが、意外な発言で思わず首を傾げるシュント。
だがギバは気にせずに続ける。
「……六年前のあの時、私は完膚なきまでに間違えた。
元老院に従い多くの壁を突破しようとした。己の信念――野心のために」
上に何も言わせず身分も関係なく正しいことができる騎士団。
ギバの目指した理想は極めて高かった。
元老院がトップにいる現状。尚且つ自身の利得しか考えない彼らがいては、その信念を達成するのはほぼ無理だった。
成し遂げるには、元老院と同等の権力を持つしかない。
元老院との対等な政治をするにはどうすればいいか?
自分が元老院に入り込むしかない。
元老院は王都にいる上級貴族だけで構成されている。
原理的には無理な話だ。
だが。
ギバはある日のことを思い出す。
――――。
「ふむ。君は元老院に入りたいと」
王城にある王の寝室。
ギバはその部屋で跪き、王に下げていた。
「この国を変えるためです」
王とギバしかいないこの部屋で公にはできない密談。
これがバレれば即極刑。
「そうか」
長い沈黙の後、王は言った。
「元老院の信頼を勝ち取れば、私が口添えしよう」
誰も知らない。王とギバだけの約束だった。
――――。
それから着々と元老院の信頼を得ていくが、あの事件が起きた。
起きてしまった。
六年前のエリー誘拐事件は謂わば最悪のタイミングだった。
「どんなに話したところで言い訳にすらならない。
私が信念を持つが故に、エリーは死んだ。シュント君も傷つけた。そして今も尚、色んな人を傷つけている」
だから。頭を下げる。
「すまなかった」
「…………」
今更、無意味だ。謝ってももう元には戻らない。
だけれどそうしなくてはならない。
彼をこうまで追い詰めた者の一人として、ケジメをつけなくては。
そして――。
「ち……がう……」
声が震えているのが聞こえる。
ギバはその言葉を黙って聞き入れる。
「違う違う!」
「…………」
「違う違う違う違う違う違う違う! そうじゃない! そうじゃない!」
混乱して周りをキョロキョロと右往左往と見るシュント。
「今更、謝られたってどうでもいい!」
頭をひどく掻き毟り、
「あぁ……なんでこうなる!?」
地団駄を踏み、
「責任だって? 今のあんたじゃ何も責任取れないじゃないか!」
光線剣を鞭のように地面に叩きつけ、
「僕はそれを何一つ求めていない」
シュントは思い通りに行かないことに憤慨する子供のようにギバを責め続けた。
「そうだな」
だが、ギバはその言い分を全て聞き入れ、一歩も動かなかった。
全てを受け入れるつもりで、自分はここに立ったのだから。
「あぁ?」
怒りのあまり口調が荒くなるシュントにギバは視線を合わせた。
「だから君を止める責任も私にはある」
その瞬間、足元に閃光が走った。




