第70話 傭兵の姿をする貴族の娘、黒髪の青年の話を聞き闇へ堕ちていく
「正義のため?」
リラはそう聞き返す。
「正義のためで、どうしてお父様が死ななくてはならないのですか?」
荒唐無稽に聞こえるその理由にリラの思考が追いつかない。
父フォードが何をしたというのか。
リラの前ではいつも優しい男だ。罪を犯したことなど聞いたこともない。
仮に危ない橋を渡っていたのなら、騎士団であるアイラも何か知っていたはずだ。
だけど何も聞いていない。アイラとフォードとの会話でもそんな素振り微塵も感じなかった。
だけれどシュントは
「いや、死ぬ必要があったね」
と言う。
その答えに怒りを隠さず、リラは叫んだ。
「……だからなぜ!?」
「リラ・ブラウンに魔道具と星の知識を与えたからさ」
「!!」
自分を指差すシュントの言葉にリラは驚き口を噤む。
「初めて会った時、あんたは説明したね。星と魔道具の関係を」
それはリラの家にあった塔で会った時。
箱入り娘として何もかも絶望して星を眺めていた時にシュントが話に来た。
見知らぬ男だけど温和で明るい雰囲気があった。
今まで父や母、それと彼らが紹介してくれた人しか会ったことがなかったリラは初めて会った両親に関係のない人に嬉しくて、自分の説を話した。
彼は興味深く聞いてくれた。そして自分を家出するように優しく諭した。
結局、全てシュントの演技だと今ではわかるが。
「その関係はね。数十年前からもう元老院にとって周知の事実なんだ」
それはヒナタと共に推測した結論。
まさかシュントから聞くとは思わなかった。
「だが僕らにはその説は周知されていない。何故だかわかるかい?」
だけれど何故、元老院が隠したがったか、は遂にはわからなかった。
リラは軽く首を振る。
「危険だからさ!」
シュントは大袈裟に手を広げ、目を大きく見開いた。
「星と魔道具の関係がわかれば、何が起きる? 流星が落ちた瞬間、こぞって皆が取り合う。暴動が起きる! 殺し合いが起きる。
それだけじゃない。国同士の争いにだって下手したら発展する。
誰だって強い武器、便利な道具が欲しいんだ。国だったら尚更だ。
元老院はこの脅威を知った。
奴らはそのことを敵から発見されないために! そして自国を最強にするために! この関係を隠したんだ!」
天然性の魔道具の脅威はこれまでにも何度か見ているし、今まさに経験している。
魔道具を一個、手に入れるだけでもその破壊力は底なし。
二、三振りで一個師団を壊滅に追いやるほどのレベルだ。
魔道具を発見するというのはそれだけで一つ上の次元に引き上げるのだ。
その発見法が世に出回ってしまえば、確かに危険なのかもしれない。
「僕はその資料を元老院のある場所で見つけた。エリーの魔道具を探すついでにね。
そしてそれを読んで、僕も納得した。
この説を知ったら最悪の未来になると!」
たぶんそこで『蘇生の魔道具』の何かしらの痕跡も見つけたに違いない。でも回収は出来なかった。
だからこそシュントは王都を陥れるような大規模なテロを実行しようとしているのだ。
だが。
だが、シュントの話を聞けば聞くほど、ますますわからない。
「魔道具の脅威はわかります。この説が知られてしまう危険性も今の話でわかりました。ですが、それならばお父様ではなく私を殺せばよかったではないですか!?」
あの時。初めて出会ったあの時に殺しておけば、世に説が出回ることもないし、自分の父が殺される必要はそもそもない。
だって父は魔道具と星の関係なんて知る由もないのだから。
「いいや」
だけどシュントは首を横に振って否定する。
「確かにあんたは殺す。けれどあの時殺さなかったのは利用価値があったからさ」
そう言って、シュントは掌から『ハレー』を取り出した。
「!! これは!」
「あんた達があの地下牢に突入した時に咄嗟に隠したのさ。こいつに魔力を注入する必要があったからね」
つまりシュントは初めて会った時からリラの魔力量を知っていたのだ。
だけれど、それじゃ疑問が残る。
「でも『ハレー』はわたしが誘拐された後に落ちたはずじゃ?」
「おや? 気がついていたんだ。そりゃ当然か。
ご名答。確かにこれは君を誘拐した数日後の流星で回収するつもりだった。
けれど威力は知っていたよ。あんたも大好きなアストロのおかげでね」
「――!!」
シュントの腕からアストロの本が出た。
確かにアストロには『ハレー』の物語が載っていて、その絶望的な威力も平易な文章で書かれていた。
「威力が高いということはそれだけ魔力が必要だということ。だからあんたにはこれに魔力を注入する役目を担って欲しかったんだ。
これに魔力を注入した後、殺すつもりだったさ」
「……じゃ、じゃあ! お父様は!」
「何回も言わせるなよ。あんたに星と魔道具の関係を知らせただろうが。
古いアストロの本。魔道具の論文。流星の観測記録。
これだけあれば気付く奴は気付く!
そんな本をあんたに分け与え、気付かせてしまったのは父親の罪だ!
元老院は僕も嫌いだが、この説を知られてはいけないことに関しては僕も同意する!
世界を混沌に陥らせる元になる!
だから僕は正義を執行した! これ以上、周知されないためにね!」
「そんな……」
それじゃ父親が殺されたのは自分のせいだということか。
自分が星に興味を持たなければ。魔道具に興味を持たなければ、アストロを好きにならなければ。
この説を唱えず、父や母の理想の娘を演じていれば、父が殺されず母も大怪我することがなかった。
気付かなければ。知らなければ。好きにならなければ。
自分の気持ちに嘘をつけば。
こんなことには……ならなかった。
「フォード・ブラウンが死んだのはあんたのせいだよ。リラ・ブラウン」
その言葉にリラの思考は薄暗い闇に堕ちていく。
――ブォン!
ところで。そんな音が近くで聞こえ、やがて重い何かが真横で突き刺さる音が聞こえた。
何だと驚いて、目を見開いて横を見ると、そこにはギバの大剣があった。
何故あるのか、というと、すぐに答えがわかった。
後ろで辛そうな顔で、投げ終わった姿をしていたギバが立っていたからだ。
「そこまでだ。シュントくん」
少女の声で彼はそう言った。




