第63話 貴族の娘になった傭兵、元部下の思いを聞いて目を閉じた
「……それより」
道化のように大袈裟に振舞うシュントを無視して、ギバは話を変える。
彼の無駄話に付き合うつもりはない。
「元老院は要求通り謝罪をしたのか?」
「まさか」
笑みは消え真顔でギバを見る。
「むしろ何故、謝罪すると思ったんです?」
「…………」
「するわけないでしょう! あの腐りかけの老いぼれが!」
シュントの顔は一変し、激しい怒りが顕になっていた。
「いいですか? 何度も言いますが、あいつらは自分の都合しか考えないクズだ!
保身を優先する彼らがホワイト家からあの魔道具を奪っていたと認め、謝るはずないでしょう?」
ギバは黙って話を聞く。
「あいつらは今、僕らを全力で探しているはず!
証拠隠滅と僕らを殺すためにね。
だけど見つけることができない。
周辺地理に詳しくない近衛隊にこの場所を見つけるなんて絶対にできない!
仮にできたとしても、次の手段がある。
あいつらは謝罪するしかないのに無駄な抵抗をしているだけ! さっさと認めて楽になりゃいいのに!
本当にクソだ!」
シュントはタガが外れたように大声で元老院のことを罵る。
「もちろん。僕にも理性はある。要求に応えたら『ハレー』は使わない」
「……そうじゃなくてもこの魔道具を使わないという選択肢はないのか?」
ギバがそう聞くと、シュントは口角を吊り上げて目を大きく見開いた。
「ないですね! これでも僕は譲歩してるんです。
元老院が自らの過ちを認めてくれさえすれば良いんですから」
「だが認めなければ王都を犠牲にする気なんだろう?」
「それがどうしました? 王都民に罪はないと言いたいんですか?
あんな自分勝手な老いぼれたちを野放しにしている。それだけで罪ですよ」
「元老院はこの国の最高機関。上級貴族が担っている。そう簡単に意見することは――」
――ガンッ
できない、と言おうとしたところでそういう金属音が鳴り響く。
シュントが檻を蹴ったのだ。
それと同時にギバに失望したように見下していた。
見ている目は奥まで暗く。闇が蔓延ったように真っ黒だった。
「あぁ……そうでしたね。ギバ団長は六年前から――あの事件から変わらないですね」
――ガンッ
「元老院が最高機関? だからなんだって言うんです。知ってます? 世界にはトップが腐っていたら暴動が起こる国もあるんですよ?」
――ガンッ
「できないなんて言い訳だ。家の柱が腐ってるのに直さない人なんています? そんなのただの怠惰だ!」
――ガンッ
「そう思ったからギバ団長も変えようと思ったんでしょう? 騎士団の在り方を! 元老院の態度を!」
――ガンッ
「けれど、あんたのやり方じゃ遅すぎだ! 結局、死ななくていい人を無駄に殺しているじゃないか! あんたも尻尾切りされたじゃないか!」
――ガンッ
「元老院に丁寧に諭しても変えられない! 腐った部分は切り落とさないと!」
――ガンッ
「元老院はもちろん!」
――ガンッ
「近衛隊も!」
――ガンッ
「騎士団も!」
――ガンッ
「王族も!」
――ガンッ
「貴族も!」
――ガンッ
「平民も!」
――ガンッ
「王都民みんな! みんなみんなみんなみんな、みんな!」
――ガンッ
「腐っている奴ら全員!」
――ガンッ!!!!
「僕が根本から変えてやりますよ! ギバ団長に代わってね」
シュントは口角を吊り上げて、檻を掴み、ギバを見た。
「ギバ団長はもう信念ないんでしょう?」
「…………」
「なんでしたっけ? 騎士団、自警団関係なく正しいことができる? それをするために上を目指してたんでしょ?」
「…………」
「元老院がいちゃそれもできない! 夢半ばで! 六年前のあの事件でその信念も奪われた!」
「…………」
「だから僕がやる! 王都を滅ぼし、新しい国を作って!!」
「…………」
「これは正義の裁きだ! 元老院を野放しにした王都民ともども報いを受ければいい!
そうして僕はこの国を正しくしてやりますよ!」
シュントはそう締めくくる。
その間、ギバは終始シュントを見ていた。
相変わらずの眉間に皺を寄せ、難しい表情をしながら。
「反論ありますか? ギバ団長! なんかあるなら言ってくださいよ!」
そうやって煽ってくるが、ギバは手を力無く握りしめて押し黙ったまま。
その様子を見て、シュントは笑うのをやめた。
「本当にないんですか? 言いたいこと?」
「……今の――」
ボソリと呟く。
だが、震えてうまく声が出せなかった。
シュントに聞こえないように喉を鳴らして唇を噛み、再度大きく息を吸って声を張る。
「今の私に言えることなど何もない」
シュントがこうなってしまったのは、六年前のあの事件が原因だ。
あの事件でギバは多くの物を失い、自分の信念すらも貫き通せなかった。
元老院との関係も変えられなかった。
自警団との関係も最悪に落としてしまった。
妹のように可愛がっていた幼馴染の女の子を死なせてしまった。
部下にも見放され、こうして手を汚させてしまった。
理想とは正反対の行いをしてしまった自分に今更何が言える。
こんな自分が何か言ったところで何が響くと言うのか。
自分には何も言う資格がない。
「あぁ……そうですか」
シュントは檻から手を離し、ゆっくりと下がった。
「わかりました。あんたには失望しました」
そう言われても仕方がない。
ギバはゆっくり目を閉じた。
「ギバ様! そのまま目を閉じててください!」
その途端、聞き馴染みのある低い叫び声が聞こえ、それと同時に光と音がギバを包み込んだ。




