第62話 少女×傭兵
暗い空間の中、どのくらいの時が過ぎただろう。
土のにおいのするひんやりとした地面。動かすと響く金属音。
時折吹く隙間風に身体が震えた。
震えるが動くことはできない。力が入らず、横たわるしかできない。
力を振り絞って前を見ると、淡く光る石があった。
それ以外が暗い中、その光だけが自分の視覚が正常かを判断する指標になっていた。
まぁ石が光っているのは自分のせいなのだが。
そうやって力なくじっとしていると、木製の扉が開く音が聞こえた。
開いた扉の隙間から漏れる光に目を凝らした。
「死んでる?」
扉を開けた男は部屋に入るとそう言った。
飄々としたその男の声はこの空間ではよく響く。
ザッザッと地面を蹴って、男は自分の方に近づいた。
「なんだ。生きているじゃないですか」
座って自分の頬を撫でてくる。腕輪をつけたもう片方の手にはパンと水の入ったコップが乗った盆を乗せていた。
「だったら返事をしてくださいよ……ギバ団長」
男は――シュント・リガイはそう笑みを溢した。
「君は……私のこの現状を見てそう言っているのか?」
ギバは眉間に皺を寄せて、シュントを睨んだ。
だが少女の姿のままで力なく倒れている状態では迫力は出ない。
だからか、シュントは作ったような笑みを解かない。
シュントは持っていた盆を地面に置くと、
「あぁ。そうでしたね。それは無理ですよね。ギバ団長ならそれでも返事をしてくれると思って……」
「あいにくそんな余裕はない」
「はは。ですよね。でもこの状況でそんなこと言えるのはさすがギバ団長って感じです」
「……何が言いたい?」
「だってそうでしょう? 今ギバ団長は魔力を吸われ続けているのだから」
明順応した目から見える景色は何度見たことか。
台座に固定された淡く光る石と自分の手首が檻を跨いで鎖で繋がれていた。
手を引いても石は動かず、魔力を全身に込めても吸われてしまう。
檻に入れられ、魔力が常に枯渇気味だから力が出ず抵抗もできなかった。
「この鎖、すごいでしょう?」
シュントの笑みは崩れない。
「『送魔の魔道具』――魔力を送る人工魔道具。隣国が魔道具を遠隔で発動するために開発したそうですよ。
ほら、魔道具ってこう手で握って込めないと発動しないのが多いですからね」
「何度も聞いた……だがこれは欠陥品じゃないか」
「いやいや。何をおっしゃる。完璧じゃないですか」
「自分の意思で魔力を止めることができないこの魔道具のどこが完璧なんだ?」
「ははは! 完璧ですよ。僕達にとってはね! だってそのおかげでギバ団長は動けないんでしょう?」
「…………」
ギバは眉をぴくっと動かし、歯を噛み締めた。
その様子にシュントは嬉しそうに口角を上げる。
「でもすごいですね。普通だったらこんなに吸われ続けたら死んでいるはずですよ」
「……それは彼女のおかげだ……」
「あぁ……リラ・ブラウンですか? 確かにそうですね」
「というより君達は初めから彼女のそれが狙いだったんだろ?」
「さすがに気付きますか」
「この身体に入っているからな」
ギバはそう言うと、もう少し楽にシュントを見るために寝返りを打つ。
「彼女の魔力は王族以上。一個師団並みだ。君達はこの魔力が初めから狙いだった」
「その通り。さすがギバ団長です!」
シュントはわざとらしくパチパチと拍手する。
「リラ・ブラウンを誘拐した目的はこの魔道具を使うため。尤も彼女の魔力量をもってしても満タンにするのが十日も掛かるとは誤算でした」
そう言って彼はギバと繋がっている石を見た。
淡く光る石は魔道具『ハレー』――トリノ・グレイを無残に殺害した『毒の魔道具』だった。
「何故、こんなことを。限界まで魔力を込めたこの魔道具を使えば大量の死者が出る。このことがわからない君ではないだろ?」
「何故って……ギバ団長も初めは同意していたじゃないですか」
「……私は――」
「わかってますよ。エリーの魔道具のためでしょ?」
ギバはより深く眉間に皺を寄せる。
あの夜。ブラウン家にバナナ盗賊団の襲撃があった時。
ギバはリラの部屋でシュントと対峙した。
何度か会話が交差した後、シュントは言った。
『僕の妻エリー・ホワイトの魔道具の在処がわかりました』
確信じみたその言葉。以前と変わらぬその瞳にギバはシュントが黒幕である可能性を無意識に排除してしまった。
冷静ではなかった。
六年前の償いが出来るかもしれないと淡い期待をしたのだ。
だから、シュントの提案に頷いてしまった。
作戦など全て無視して、私情を優先した。
それ程までに動揺していたとも言える。
「だけど驚きましたよ」
シュントがそう言う。
「追いかけていた騎士二人を殺した途端、大暴れするんですから」
「……当然だ」
まさか人を殺すとは思っていなかったのだから。
誰かを殺すつもりならば、シュントの提案に同意していない。
だがこれは甘えだ。
シュントが盗賊団のリーダーであることを真っ先に考慮するべきだったし、犯罪者と取引するべきではなかった。
(まったく……)
シュントと会う直前にリラに説教したばかりだったのにな。
なんて情けない。
「少女らしくない暴れっぷりで抑えるのに一苦労しましたよ。
殺すつもりで殴って漸く気絶。
身体を入れ替えてギバ団長を弱体化させるつもりが、その力がご健在なのも誤算でしたよ」
それはリラの魔力量のおかげだった。
強大な魔力量で全身を覆い暴れた。ギバ独自の魔力コントロールは魔力量が大きい程、力が大きくなる。
その力を使って盗賊団達を倒し切るつもりだったが、少女そのものの力は変わらない。
防御力も多少は上がるが、疑似的に上がった力でも大の大人の振り切った力に敵わなかった。
隙を見せた瞬間にシュントに意識を奪われてしまった。
そしてシュントがギバとリラを入れ替えた目的も捕まっている間に明らかになった。
ギバを弱体化させるためだった。
最初のリラ誘拐時、騎士団はおろかギバも来たとわかったシュントはこれからの計画に支障が出ると考えたらしい。
だから入れ替えさせた。
入れ替えれば、ギバは少女となり力は弱くなる。それにエリーの魔道具のことを匂わせれば、再度誘拐するのも楽になる。
まぁこれは半分正解、半分間違いではあったが。
「でもギバさんも戦い方が少し変わりましたね……いや、リラ・ブラウンの身体だったからですか?」
「……何がだ?」
そう聞くと、シュントは大袈裟に手を広げる。
「騎士団長だった時よりも粗暴で強引。基礎的な動きは洗練されていますが、表面は殺気に満ち溢れた血に飢えた傭兵。
それなのに見た目は少女の姿だったから正直、恐ろしかったですよ」
そして口角を吊り上げると彼はギバを嬉しそうに眺めた。
「言うならば、『少女傭兵』! まさにそんな感じでした」




