第52話 傭兵のフリする貴族の娘、意図せず犯した事実に青ざめる
「はい。お茶どうぞ。あ、安心して毒なんて入ってないから」
「当たり前だから」
「ありがとうございます。何のお茶ですか?」
「フ……知らない方がいいと思うよ」
「何言ってるの……ただの紅茶でしょ」
「あ、そうなのですか?」
「ちぇっ……すぐ当てちゃうなんてつまんないの〜」
ヒナタは拗ねたように口を尖らせる。
魔力検知器による魔道具の解析結果の説明が終わり、リラ達はその横で腰掛けて一息ついていた。
ポット代わりにビーカーに入ったお茶。
変わった入れ物だったから何か特別なお茶かと思ったらただの紅茶だった。
「ヒナタは紅茶が好きだからね」
アイラ曰くそういうことらしい。
ビーカーで淹れるのはヒナタの趣味か。
ヒナタのコップも何かの実験器具のように見えた。
ただ一応の配慮はあるのか、アイラとリラに出したのは普通のティーカップだった。
「ところでさ」
紅茶を淹れ終わると、ビーカーを机の真ん中に置き、ヒナタは椅子に腰掛けた。
長机の片方をリラとアイラが隣り合って座っていたので、対面に座る形だ。
机に両肘を立てて指を絡ませると、ヒナタはリラとアイラに向かって笑みを浮かべた。
「アイラちゃん達はどうして近衛隊から逃げていたんだい?」
「は!?」
思わず目を見開きアイラは立ち上がった。
「あなた、知ってたんじゃないの!?」
「いんや〜? 全く。なんか困ってそうだったしさぁ〜。ノリで匿っちゃった」
てへ、とでも言うように舌を出してウィンクする。
その様子にアイラはまたため息を吐き、力抜けたように椅子に座る。
「まさか、とは思ってはいたけど、本当に知らなかったなんて……」
「まぁ? 元々僕は騎士団とか近衛隊とか好きじゃないしね〜。ここに入ったのも研究費が豊富なのとギバ団長の頼みっていうのがあったからだし〜?」
「……? ギバ様が、ですか?」
騎士団の事情があまり知らないリラは首を傾げてそう聞く。
「そうだよ。そうじゃなかったら今頃、僕は路頭に迷っていただろうね〜」
「それは言い過ぎでしょ。あなたも一応は地方貴族なんだから」
「端くれもいいところだよ。ちょっとやんちゃしてたし」
「やんちゃですか?」
リラがそう聞くと、ヒナタは「まぁね。昔のことだよ」と微笑み、
「ま、その話はまた今度! そんなことより今だよ。今! いったい何があったのさ?」
と話を戻した。
「……ではさっきの図書館での出来事から――」
戯けたようなヒナタの態度に諦めたようにアイラはそう口を開いた。
★★★
「――その後ヒナタに助けられた、というわけです」
「なるほどね〜」
アイラの話を腕を組んで黙って聞いていたヒナタは話が終わると開口一番でそう呟き、リラの手元を見た。
「図書館に寄っていたからか。リラちゃんがその本を持っていたのは」
「え?」
アイラがばっとリラの方を振り向く。
リラの手元に『占星術師アストロの冒険』があった。
「あ……つい持ってきちゃいました」
「あぁ」
リラの言葉にアイラは頭を抱える。
「ど、どうされましたか?」
「あそこの図書館、原則持ち出し禁止なんだよね〜」
「あ、そうなのですか?」
「しかも持ち出しがバレると極刑だとかいう噂が」
「え、そうなのですか……?」
リラの顔が真っ青になる。
「あくまで噂だけどね〜。まぁ大丈夫! それが本当だとしても図書館はたくさん本があるんだ。そう簡単にはバレないよ!
バレる前に返せばいいんだ――」
「号外! 号外! あの元騎士団長の『剛剣』ギバ・フェルゼンが図書館で窃盗を働いたぞ! しかもトリノを残虐非道に殺害したバナナ盗賊団のリーダーとも関わりがあるとか! 現在、騎士団第一師団長アイラ・マヤと共に逃亡中でどこかに潜んでいるらしい! 見つけ次第、近衛隊に!」
外から聞こえてきた新聞屋の男の叫びに部屋の中は凍りついたように静まり返った。
「……どうやら状況はかなり悪いようだね」
シリアスな声色でそう言うが、その表情は真逆。
「なんでそう楽しそうなのよ、ヒナタは」
「えぇ? そんな楽しそうにしてないよ〜、アイラちゃん!」
「顔がにやけてるけど?」
「いやだなぁ! 別にあの真面目なギバ団長が? 窃盗の容疑とかちっぽけな罪で、近衛隊に必死に追いかけ回されるのが珍しくて面白おかしいなんて、これっっっっっぽっちも思ってないんだから〜」
「やっぱり楽しんでるじゃない!」
アイラが立ち上がってそう叫ぶと、ヒナタはイヒャヒャと爆笑する。
「全く……」
少しイラついたようにまた椅子にどっかり座ると、隣にいたリラは「申し訳ありません……」と顔を真っ青にして謝る。
「あ! アイラちゃんが怒っちゃったからリラちゃんがすごく泣きそうじゃ〜ん!」
「あぁ……違うんです。別にリラ様を責めているわけではなく……」
そのアイラの焦りようにまたヒナタは口角を歪める。
そんな彼女をアイラは睨みつけるが、一向に止まる様子はなく、ため息を吐いた。
「いや〜。久しぶりに面白いものが見れたよ。
中身は違くてもやっぱりギバ団長は面白いね〜。団長が騎士団を去った以来だよ。こんなに笑ったの」
やがてヒナタは笑いに満足したのか目尻の涙を拭きつつそう言うと、
「それにしても、近衛隊――いや、この場合は元老院か……どうやら彼らは本気で潰しにかかってるね」
と真面目な顔になった。
ようやく話が進む、とアイラの表情も変わった。
「そう。元老院は、私たちとシュントに繋がりがあって拘束するって言っているけど」
「あわよくば邪魔なギバさんもどさくさに紛れて始末したいってことだね」
「私も一緒にね」
「え? そ、そうなのですか?」
ヒナタとアイラの話を聞いて、リラは首を傾げる。
確かに近衛隊は自分達をバナナ盗賊団に加担していると疑い、図書館に突撃してきた。
だけれど、アイラ達の言い分ではそれに関係なくとも、ギバとアイラを始末したいと聞こえた。
確かに元老院はギバを疎ましく思っている、と聞いたが。
「そうだよ。リラちゃん。元老院はね。ギバさんやその信奉者が邪魔なんだよ」
「その話はアイラ様から聞いたことがあります。ですが、六年前にギバ様が騎士団をお辞めになって、もう済んだ話なのではないですか」
「そうだよ。だけど元老院はそれだけじゃ足りないみたい」
「そんな……そもそもギバ様はお強くお優しくて……とても真面目な方じゃないですか! 元老院を陥れるなんて……」
「その強くて真面目な部分が元老院達には余計なんだよ」
「…………」
「自分達の利益しか考えてない元老院のじいさんだ。彼らにとってギバさんみたいな人はいつか自分達を脅かす存在だって勝手に恐れてる。今でもね」
「そんな……」
「まぁだけど大っぴらに始末すると王都民の反感を買っちゃうからできなかったみたいだけど」
「この事件を好機と見たみたいですね。そしてギバさんの意志を継いだ私や……おそらく技術班もね」
アイラがそう言うと、ヒナタは大きく笑みを浮かべる。
ギバが団長時代、技術班の開発予算を大幅に引き上げた。
それゆえにヒナタを含め技術班の中では今でもギバのことを慕っている者も多い。
「そう。だから僕も捕まるのも時間の問題。すぐに逃げた方がいいんだろうね。仮に捕まったら大変だ」
「捕まったら……どうなるんでしょう……?」
予想はついていたが、リラは聞かずにはいられなかった。
自分の考えよりもましな答えを期待したのだ。
だが、ヒナタの答えは予想通り。
「最悪、殺されるね」
その言葉にリラは頭を下げた。
そんなリラの様子にヒナタは相変わらず笑みを浮かべている。
「まぁでも逃げる前にもう一つ聞いておきたいことがあるんだ」




