第48話 傭兵のフリする貴族の娘、驚くべき結論を推測してしまう
「そんな話ありましたっけ?」
「え?」
思わずリラはアイラの顔を見た。
何かの冗談か、と思ったからだ。
アストロは誰でも知っている物語。
話の内容も共通しているし、地方によって抜けたり増えたりすることなんてない。
だけれどアイラの表情は嘘をついているように見えなかった。
「そ、そのあれですよ?」
リラはそのことが信じられず、『アストロと星の降る街』のあらすじをアイラに説明する。
流星の如く振り続ける星を石の傘で守っている街の話だ。
リラはそれで流星が魔道具である可能性に思い至った。
タイトルだけ忘れているだけで、内容を聞けば思い出すかもしれないと思ったからだ。
「んん〜?」
だけど、違った。
あらすじを説明しても、アイラは眉を顰め首を傾げていたのだ。
「すみません。そのお話は聞いたことがありません……記憶力には自信があるんですけど」
「そんな……」
驚きのあまり絶句する。
まさかアストロの話で、例え一部でも、知らない人がいるとは思わなかったからだ。
「じ、じゃあ……!」
そこでリラは口を開く。
アストロの中にあるタイトルとあらすじを次々にアイラに話し、知っているかと聞いた。
だけれど、
「あぁ〜、それなら知っていますよ!」
アイラは聞いた全てにそう答えた。
あの物語のみ知らないのだ。
記憶違いとかそういうことではない、とリラは思った。
不自然に抜けている。
「ん〜、おかしいですね。アストロなんて全国共通だと思っていたんですが」
「……わたしもそう思っていました。アイラ様もお本でお読みになったのですよね?」
「そうですね。母に読んでもらったり、自分で読んだり。飽きるまで何回も読んだ記憶はあります」
彗星に毒があると脅されたのもその時かもしれません、とアイラは苦笑いを浮かべる。
確かに、アストロには怖い話もいくつかある。
子供の躾のために敢えて現実かのように教える親もいる。
よくある「良い子にしてないと――」というやつだ。
だが、一部を抜かして読むなんて絶対にない。
全員が成人になるまでに一度は全てに目を通す。
父にも、母にも、それにギバにも、アストロの話は共通の話題として通用していた。
……いや。
そこで思い出した。
「このおはなしがいちばんすきです! おかあさま!」
「どれどれ〜? えぇ〜そんな話あったかしら〜?」
幼い頃の母との会話の記憶。
まだラルーに気を遣っていなかった頃の出来事。
アストロの話をするのに夢中で気にしていなかったが。
リラは一つの仮説に辿り着いた。
(…………だとすれば……そんなことが……)
そして、それが本当ならば、芋づる式にそういう結論が出てしまい、リラは動悸が激しくなった。
まずは仮説が正しいか。
「アイラ様?」
「なんでしょうか?」
「アイラ様って中央貴族の方でしたっけ?」
「え? えぇ。そうですね。中級貴族マヤ家の第二子長女として生を受けました」
「……わたしのお母様も中央貴族出身だと聞いています」
「? ラルー様のことですか? えぇ。そうですね。ブラウン家に嫁ぐ前は確か中央下級貴族のコーラル家だったと記憶しています」
「わたしのお父様は元地方貴族、ギバ様も地方貴族出身ですよね?」
「そうですね……」
取り留めなく質問するリラの横でアイラが首を傾げているのを感じる。
けど、仕方ない。自分でもまだ整理がついていないのだ。
「ギバ様は知っていて、アイラ様は知らない……お父様は知っていて、お母様は知りませんでした」
呟くようにそう発するリラの言葉にアイラは眉を顰める。
「えっと、リラ様? 一体何を話されているのですか?」
「つまり……なんといいますか、地方貴族と中央貴族でアストロの知っているお話の数が違います」
「……はぁ……?」
『アストロと星降る街』のことだ。
地方貴族であるギバはその話を知っていた。
その章が収録されている本がブラウン家にあったのだからフォードもおそらく知っている。
だけど、ラルーやアイラは知らなかった。
アイラはまだピンと来ていないようだが、これが意味することは……。
「『アストロと星の降る街』は中央では意図的に削除された可能性があります」
「そうなんですか?」
「おそらく……この黒塗りの部分がその根拠です」
リラは机にあるアストロの目次をまた指で撫でる。
目次が黒塗りされている部分。そこはあの話があった部分。
「ですが、本来ならここに星降る街の章が書かれているんです! 本に不自然に隙間があるのもそうです」
そして、さっきは流していたが、本には隙間がある。
おそらく『アストロと星の降る街』のページを破り捨てたからだ。
器用な人がやったのだろう。
破られた跡なんて綺麗になくなっていたが、隙間が出来るのは隠せなかったようだ。
「……それがいったい……?」
ことの重大さにアイラはまだ気がついていない。
でもそうだ。
今までそれが普通だと思っていたのなら、わからない。
そして、気が付いた人――特に魔道具の研究者はそれが広まる前におそらく……。
「つまり――」
――バタン!
そうリラが話そうとしたところで、大きな音が図書館に響き渡った。
扉の方だ。
驚いて、リラとアイラはその方向を見ると、
「アイラ・マヤ! ギバ・フェルゼン!」
スーツ姿で腰に剣を携えた近衛隊が5人ほど厳しい顔でこちらを見ていた。
「貴様らを拘束する!」




