第47話 第一師団長、傭兵のフリする貴族の娘と図書館へ行く
「あ、ありました!」
リラはそう叫ぶと、一冊の本を抜き出した。
王立図書館。
この国最古であり、最大の貯蔵量を有する図書館。
あらゆる分野の本が勢揃いしている。
ここにない本はこの国にはない。
そう言わしめるほど、無数の本がこの図書館には揃っていた。
何でも天然物の『収納の魔道具』が使われているとかいないとか。
図書館は王都の下級貴族が住む一画に建てられていて、平民は入ることが許されていない。
ギバも――地方貴族ではあるが平民街に住む傭兵だから――本来なら入れない。
身体がギバになっているリラは一瞬諦めかけたが、アイラの肩書である騎士団第一師団長の力を使うことで許可された。
リラの叫びにアイラはそこに向かうと、リラはさっそく机に取り出した本を広げていた。
「本当はわたしも持っていたんですが、おうちが爆発してしまったので……」
と悲しそうな声でそう言いつつ、ページを捲った。
(少し隙間があるような……)
と自分の持っていた本との違和感を覚えたが、とりあえず気にせず該当のページを探した。
「あ、見つけました。アイラ様、これを見てください」
リラはページを指差した。
そのページを確認する。タイトルは『アストロと彗星の尾』。
アイラはリラを見た。
「アストロですか?」
「はい。『占星術師アストロの冒険』の中の一編です」
「それがどうされたのですか?」
「アストロは大昔に起こった教訓を物語にしている」
「はぁ……?」
「あの魔道具、シュント様は何て呼んでいましたっけ?」
「トリノを殺害した時に利用した魔道具ですか? えっと……確か『ハレー』だと」
「こちらです」
リラはページを捲り、ある一単語を指差した。
「!!」
それを確認したアイラは目を見開いた。
そこには『ハレー』という文字が書かれていた。
「これは一体……!」
「この物語に出てくる彗星の名前です。
ハレー彗星。物語では彗星の尾に毒があり世界を横切るときにその毒で空気を全て奪ってしまい、5分間の窒息状態が続いてしまう凶悪な彗星だと描写されています」
「! ……それって……」
リラは頷いた。
「そう。トリノ様を殺害された時の状況に酷似していませんか?」
「そんなまさか……」
でも確かに思い出す。
トリノはどこか苦しそうで、身体が膨らんでいた。
水分が蒸発するように口がカサカサになり、血も乾いていた。
真空状態になった時の特徴だ。
それにトリノがそうなる前には、家が膨張し家の物がどんどんと飛ばされていた、と記憶している。
毒の魔道具というには、物自体にも影響を及ぼすのは確かにおかしい。
あれは真空状態を作り出すための準備。外側に空気を吐き出していたということだ。
「この物語に書かれていますね。『この毒自体は人体に影響がない。ただし毒は世界から空気を奪いつくす』と」
「…………」
「つまり『ハレー』はある一帯の空気を奪い、真空状態にする魔道具! 言うならば『真空の魔道具』ということ!」
「――――!?」
「『毒の魔道具』なんて……まぁ確かにそうですが、騎士団や元老院達を惑わす嘘の可能性がありますね。
あの現場に『ハレー』はもうありませんでしたし、その嘘のせいでわたし達はトリノ様のご遺体を検分することも遅れました」
「ちょ……ちょっと待ってください!」
リラが冷静に推理しているのに、アイラは慌てて待ったをかける。
前提がなさ過ぎて、混乱する。
「もしこのアストロの話とあの魔道具が関係するなら、その魔道具は一体どうやって手に……? こんな魔道具、一度も聞いたことがありません」
「おそらく数日前の彗星でしょうね。一緒に観ませんでした?」
「それは……そうですが」
確かにブラウン家でギバとリラと共に彗星が横切るのを観測したのは記憶に新しい。
正確にはアイラは目と鼻と口をギュッと抑えていたから観てはいないのだが。
「その彗星の尾から流星が。それが王都郊外の丘に落ちました。その流星が『ハレー』だったんでしょう。
聞いたことがないのは当然です。あの彗星は数百年に一度の周期。あの魔道具も数百年に一度しか出てこないんですから」
「!? すみません。流星が魔道具? いったいどういう……?」
「あぁ……アイラ様には話していませんでしたね」
そう思い出したようにリラは口にする。
リラは本をパラパラと捲りながら、アイラに説明する。
「ギバ様とは話したのですが、私の仮説では天然の魔道具は流星なんです」
「……?」
「まだ王都の論文集にもありませんでしたが、流星群が観測された時期と天然の魔道具が出土された時期は一致していました。その場所も。
魔道具の出現は魔素と関係があると以前論文で読んだのですが、その時期と場所を整理するとちょうど流星群があった時と重なるんです」
「そうなんですか!?」
「優秀な王都の研究者がそれを見過ごすわけないと思うので、そういう論文がもう出てもおかしくはないのですが……」
「でも確かにそれが本当なら、彗星があった日、魔道具も出現してもおかしくはありませんね……」
「えぇ。バナナ盗賊団も気付いていたんだと思います。彗星があった日。
おそらくわたし……リラ・ブラウンを誘拐するグループと流星群が落ちた丘に行ったグループがいるはずです」
「そして丘に行ったグループは『ハレー』を手に入れた……そして『ハレー』を使うためにリラ様が必要だった」
「!!」
アイラの言葉を聞いて、リラが目を見開く。
さっきまで動揺していたアイラはもう冷静になっていた。
「ど、どういうことですか?」
「いえ、バナナ盗賊団がリラ様を誘拐する目的が今まで全くわかりませんでした。
彼らは魔道具専門の盗賊団です。人を誘拐したことはありませんでした。
ですが、リラ様の知識、そしてあの魔道具に必要だ、と考えたら辻褄が合います」
どういう用途かまではわかりませんが、というアイラに対してリラは顔を真っ青にさせる。
「……そんな……!」
「リラ様、もしかしてシュントに流星と魔道具の関係について話したのでは?」
そう聞くと、リラは「あ……」と何かを思い出したように声を上げる。
反応としては、当たりだったようだ。
「やはり……でもこれでリラ様を誘拐した動機がわかりました。あと魔道具のことも。未知の毒でないならまだ対応する余地があります!」
お手柄です、とアイラはリラを褒める。
そう言っても、リラは釈然としなさそうだ。
まぁ自分が知らず知らずのうちに大規模なテロに関わっていたんだ。
その動揺は計り知れないだろう。
リラは手を震わせながら、本を捲っていた。
あとでそのことについてケアしよう、とアイラは決意した。
「あれ……?」
そこで、リラが目を見開き声を漏らした。
「どうされましたか?」
「……ありません……」
慌てたようにリラは本を一度閉じ、最初の方、目次を開いた。
指で確認するように目次を撫でて、途中で指が止まる。
「何がですか?」
止まった指の部分をアイラも見ると、リラは呟くように口を開いた。
「『アストロと星の降る街』がないんです」
そこには黒く塗りつぶされていた章があった。
しかし、問題はそれだけじゃなかった。
アイラは対して驚かず、真顔で首を傾げた。
「そんな話ありましたっけ?」
「え?」




