第41話 愛する娘のフリをしていた貴族の娘、母の気持ちを察する
「そうでしょうか?」
アイラの声が病室に静かに響いた。
リラはそんなことを言うアイラの方を力無く見る。
アイラは優しい笑みを浮かべていた。
「どういうことですか?」
「リラ様は、本当に愛してくれる方はもういないとおっしゃていましたが、本当にそうでしょうか?」
「……お母様のことを言いたいのですか?」
(やはりギバ様しか気付いていなかったのですね)
わかってはいたが、少しげんなりする。
アイラはブラウン家の事情を知らない。
それも仕方がない。
今までギバ以外に事情を知る人なんて出てこなかったし、リラでさえ父親の本当の気持ちに気が付かなかった。
側から見れば、フォードとラルーは自分の娘を溺愛していて、父親がいなくなってしまったとしても、リラには母親がいる、と。
だけど母は違う。
ラルーは自分の理想しか愛さないのだ。
理想の娘の将来しか考えていないし、本当のリラの気持ちなんて知ろうなんてするはずがない。
(やはりわたしの気持ちを理解してくれるのは――)
「えぇ。そうです」
そんなリラの気持ちを知ってか知らずか、だけれど、アイラは力強く頷いていた。
そして、優しくリラの肩に手を乗せると、
「屋敷での爆発があった時、ラルー様がどこで倒れていたか、言いましたね?」
「……寝室だとお伺いしました」
「なぜ寝室から逃げ遅れたのか、わかりますか?」
「え?」
単に巻き込まれただけではないのか?
初めに大きな爆発もあったし、ラルーの寝室にも被害が出たはず、と考えていたが。
「実はラルー様の寝室、初めの爆発の影響をあまり受けていないんです」
アイラはリラの仮説を否定する。
「寝室も火事が起きたのは事実ですが、ラルー様はすぐ逃げることができたんです。いえ、実際に寝室から出たと思います」
「! ですが!」
「えぇ。ラルー様は寝室で倒れていました。我々騎士団の検分では逃げた後、引き返したと考えています」
「!!」
「何故だかわかりますか?」
優しくそう問うアイラにリラは首を横に振る。
すると、アイラは指を差す。ベッド脇にあるサイドテーブルだ。
「あれを取りに戻ったんです」
そこには写真立てがあった。少し焦げついた縁だったが、写真自体は無事だ。
中身は何だ、とよく見ると、
「!!」
気が付いた。込み上げるものを抑えるように口元に手をやった。
「発見された時、あの写真立てを守る様に背中を丸めて倒れていたんです」
その写真はリラが幼少の頃の写真。
泥んこの服で虫を捕まえてにこやかに笑うリラとそれをデレデレとした笑顔で見る父。そして幸せそうな笑みを浮かべる母の姿があった。
まだ両親の理想に気がつく前の。リラ・ブラウンの演技をする前の写真だった。
「こ……こんな写真を……取りに戻るなんて……」
「えぇ……でもそれほどまで大事な一枚だったんだと思います」
他にも写真なんていっぱい撮っていた。
それもラルーの思い描く理想の姿の写真など山ほどある。
それなのにラルーはこの一枚のためだけに寝室に戻った。そして、火事の被害に……。
「バカですよ……本当に親バカ……」
嗚咽混じりにそう呟いた。
「……リ……ラ……?」
そんな時だった。
「お母様!」
「ラルー様!?」
ラルーの声が微かに聞こえた。
火で少し焼けたしゃがれた力無い声にリラとアイラは思わず叫ぶ。
意識が戻ったのだ。
薄目を開けて、震えた腕を上げていた。
「リラ……ど……こ……?」
「リラ様、手を握ってください」
「え……でも……?」
リラは今、ギバの身体だ。リラを探しているその手を中年の男が握ることなんて良いのか。
そう躊躇していると、「大丈夫です」とアイラが頷く。
「さぁ早く」
促されるようにリラは母の手をギュッと握る。
「お母様! リラはここに……ここにいます」
低い野太い声。分厚い堅い手。
娘とはだいぶかけ離れた姿に――だけれど、ラルーは微笑んだ。
「あぁ……よか……た」
「……ッ」
リラの目からまた込み上げてくるものをグッと堪える。
「リラが……無事で……」
そして、安心したようにまたラルーは眠りに落ちた。
その手を握り締め続けながら、リラは下を向く。
うるさくならないように声を抑えて、静かに。
ラルーは気付いた。
全く理想とはかけ離れた娘のことを。
ラルーは全く見ていなかったわけじゃなかった。本当の姿じゃなくても、本当の自分を見つけられたんだ。
その嬉しさと、そして、母がこうなった後にわかった自分の愚かさにリラはこれ以上、抑えきれなかった。
★★★
「アイラ様」
しばらくして。リラはそう静かに言って立ち上がる。
その様子にアイラは跪いた。
「ハッ」
「わたしの頼み聞いてくれますか?」
「仰せのままに」
「ギバ様を探してください」
「…………」
「バナナ盗賊団を捕まえてください」
「…………」
「そして、お父様を殺して、お母様をこんなにした犯人を――」
「…………」
「見つけてください」
アイラの口元はニヤリと歪んだ。
「ハッ。必ずや。
騎士として、そしてリラ様の友人としてこの頼み必ず聞き入れましょう」
元老院との関係性もある。
だけれどアイラは知ったことじゃない、と。
騎士として、はもちろん友人として聞き入れてくれた。
こんな心強いことはない。
「まずは」
そしてアイラがそう続けて、リラを眺める。
「お髭、剃りましょうか」
「あ……」
リラは思わず自分の頬を触る。
そこには今まで経験したことがない、自分にはないジョリジョリ感があって、思わず笑みを浮かべてしまった。
「本当ですね。ここ数日、チクチクして気持ち悪かったのはこれだったんですね!」
涙混じりに笑う自分を見て、アイラも笑った。
そんな時だった。
「アァ〜アァ〜、王都の皆さん。聴こえてますか〜?」
飄々とした全てをバカにしたような声が王都全体に響き渡った。




