第40話 第一師団長、気まずい雰囲気に居心地悪くなる
「あんのクソじじぃども!」
円卓から出て元老院の耳には届かない遠く離れた街中の川沿いまで行くと、アイラはそう叫んだ。
その叫びに道行く人々は驚いて振り向く。
だが、アイラは気にせず鬱憤を目の前にあるレンガで出来たブロック塀にぶつけた。
「何が知る必要がないだ……」
元老院議員達の様子から何か隠していることは明白。
だから近衛隊が出張ってきたんだ。
リラ誘拐事件なんて始めは興味がなかったはずなのに、急に。
『事情が変わったんだ』
議員の言ったその言葉が耳に残る。
(いったい事情って……)
彼らが何を考えているのか、わからない。
ただ近衛隊を出すからには何か元老院にとって不都合なことが起きることを知ったからだ。
アイラ達がブラウン家に行き、フォードが殺されるまでだいたい三日。
(その間で王都に何かがあった?)
いや、そうだとしても誘拐事件なんて近衛隊が引き継ぐだろうか?
バナナ盗賊団だから?
国家規模でやばい相手ではなかったはずだが……。
「あぁ~! もう!」
アイラは頭を抱えてまた叫ぶ。
道行く人々は不審な顔になり、変に小躍りする女騎士を見て見ぬふりをする。
(あいつらと話すといつもイライラする!)
元老院は重要なことを騎士団には話さない。
理由もなく唐突に命令するから、こっちはただ振り回されるだけだ。
情報を共有してくれれば、こっちだって動きようがあるのに、彼らはこっちの事情などお構いなし。
話がかみ合わないから、話す度にアイラは血が沸騰しそうになる。
(それに!)
とアイラはまたブロック塀に拳をぶつけようとする。
またか、と道行く人々が身構えているところを、アイラは何とか堪えた。
ホッと安堵の空気と共にまた人々は流れていく。
「近衛隊すらも名もない兵士なのか……!」
元老院への不満だ。
彼らは自分の利得しか興味がないのは知っていた。
まさか自分の目と鼻の先にある近衛隊ですら興味がないとは。
『シュント・リガイ』の名前で反応したのは誰一人としていない。
元騎士であり、あの事件で左眼を怪我した男。そして、ギバの死んだ幼馴染の婚約者だ。
嫌でも耳にするはずだし、近衛隊に入っていたのなら気付いているはずだ。
まさか皆、知らん顔だとは思わなかった。
人を人と思っていないその口ぶりにアイラは更に不満が募っていく。
(そのせいでギバさんを辞任に追い込んだ癖に!)
「アイラ師団長~!!」
そうやって悶々と色んなことを考えていると、ふと自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、リラの護衛を頼んだ部下が焦ったような顔で馬で駆けてきた。
「どうした?」
「ギバ様が! ギバ様が――!」
「!!」
部下の発言を聞き、アイラはすぐさま駆け出した。
★★★
「リラ様ッ!」
スライド式の扉を思い切り開けると同時に、アイラは叫んだ。
部屋の中で中年のでかい男の背中を見つけて、
「あぁ。よかった……」
アイラは安堵の息を吐いた。
中にはリラの他にもう一人。ベッドで横たわる高貴な女性の姿があった。
ラルー・ブラウンである。
そう。ここはラルーの病室。下級とはいえ、貴族である彼女には個室が与えられていた。
首や手には包帯が巻かれ、屋敷の火事に巻き込まれたのが鮮明にわかり、その痛々しい様に顔が顰めそうになった。
呼吸はしているみたいだ。布団が一定のリズムで上下している。
だが、意識はまだ回復していなかった。
「病院では静かにしてください!」
「あ、すみません……」
扉を開けて立ち尽くしていると、看護師から叱られた。
当然だ。焦っていたとはいえ、あんなにでかい声を出したらそうなる。――ラルーはそれでも起きなかったが。
素直に謝罪し、アイラは中に入り扉を閉めた。
「家を出てラルー様の元へ行ったと聞いて、驚きました」
「…………」
ヨレヨレの白いシャツと黒のスラックス。髭も無精髭で髪の毛もボサボサのまま、リラは赤く腫らした虚な目で自身の母を見ていた。
「あぁー、気分は……いかがですか?」
「……最悪です」
一応、会話してくれる気はあるみたいだ。
ただいつものような覇気はない。ボソボソと小さく囁いている。
とは言ってもここからどんな話をしていいか、わからない。
アイラは(何を話そうか?)と頬をポリポリと掻きつつ考える。
すると、リラが小さく口を開いた。
「……お母様は知らないんですよね?」
話題を出してくれたことにホッとしつつ、何の話だ、とリラをじっと見ていると、
「お父様が亡くなったこと」
「…………」
何だその話か、とは思えない。
えぇそうですね、とも言えない。
なんとも言い難い話題にどう言おうか悩み固まる。
「それに」
だが、何を言おうか決めあぐねていると、更にリラが続けた。
「本当のわたしがここにいることも」
「…………」
中年の男の姿になっている現在。まさか自分の娘だとは思うまい。
また反応しずらい内容だ。
まずは知れ、とは言ったもののここまで現実を直視し卑下されると会話するのも難しい。
「アイラ様はご存じなのですか?」
だけれどもリラは会話を望んでいる。
ここで何も言わないのも無責任だろう、とアイラは口を開いた。
「……何がでしょう?」
その会話の第一声がこれとは何とも恥ずかしい。
けれど
(リラ様が何をお望みかわからないから仕方ないじゃない!)
アイラは唇を噛み締め顔を少し赤らめる。
当のリラはラルーを見つめていて、気がついていなかったのが救いだ。
「わたしの母が本当のわたしを望んでいなかったことです」
「…………」
知らなかった。
「ギバ様にはバレてしまいました」
さすがギバさんだ、とアイラは心の中で賞賛する。
「あの人はすごいですね。少ない情報からそのことを導き出してしまいました。
しかもわたしが知らなかったお父様の本当の気持ちまで勘付かれている様子でした」
「本当の気持ち……ですか?」
「……お父様はわたしのこともちゃんと見てくれていたんです」
「…………」
「わたしの思いも尊重してくれると……わたしが『リラ・ブラウン』でないわたしの思いを伝えれば……必ず考えてくれると……」
涙はもう出ていない。泣きすぎて乾いてしまったのだろう。
「わたしは本当の思いを伝える機会がなくなりました」
「…………」
「もう、わたしを愛してくれる方はいなくなってしまいました」
「そうでしょうか?」




