第36話 決壊
「リラを取り返すという依頼、なかったことにしてもらいたい」
「え……?」
リラは静かに声を漏らす。
ほんのさっきまでの話と全く違う。
「い、いったい何故?」
リラよりもアイラの方が戸惑いが大きかった。
それもそうだ。作戦を立案したのはアイラだ。
ここで作戦が頓挫すれば、ギバを助ける手立てもバナナ盗賊団を捕獲する手段もなくなってしまう。
だが、フォードの意見は変わらない。
「事情が変わったんだ」
「説明いただけないと、こちらも困ります」
貴族相手ではあるが、率直にそう聞く。アイラも貴族の人間だから出来ることではあるが。
「ならば言おう」
フォードはそう言うと、リラを一瞥する。
「ギバ殿が幼馴染を殺したことがある、と聞いたからだ」
「!!」
アイラは悲痛な表情で口を閉じる。
「そんな人間を信用することができない。娘の命が掛かっているんだ。
そしてそんなギバ殿を雇ったアイラ殿も、ね」
フォードは無表情にそう言い放つ。そこら辺の事情を把握していないリラには弁明することもできない。
アイラの反論を待つが、
「で、ですが、それは!」
「――話は終わりだ。すぐに荷物をまとめてこの屋敷から出ていってくれ。
あとのことは近衛隊に任せる」
「近衛隊!? 何故、近衛隊が? ちょっと……ブラウン卿――」
扉は大きな音を立てて閉じられた。
★★★
応接室に戻ってきたフォード。
そこにいた黒髪の青年に声を掛けた。
「これで良いのか?」
「えぇ。完璧です」
そう青年は笑う。
応接室にはこの二人以外誰もいない。
ラルーは寝室に閉じこもってしまった。
リラのことが心配なのだ。
彼女はベッドに座り祈るように両手を重ねているだろう。
「あ、そうそう」
思い出したように青年は手を叩き、そこでフォードはこの男を見た。
油断ならない男。
近衛隊だと自ら言い、騎士の剣と近衛隊の証である懐中時計も見せてもらったが、どこか信用ならない。
だが、彼の言っていることは本当だ。
近衛隊が今後はアイラ達の分を引き継ぎ捜査してくれる。
元老院が押印した書状もある。
そして――。
「聞きたいんだけど……」
考えを打ち切るように青年が割り込んできた。
訝しげにフォードは「なんだ?」と口を開くと、青年はニヤリと口角を浮かべた。
「星と魔道具、好きですか?」
★★★
屋敷の外にはご丁寧にもう馬車が着いていた。
依頼の破棄が言い渡された後、アイラは通信の魔道具で部下にその旨を伝え、自分も荷物をまとめ、屋敷を出た。
荷物はあまりなく、すぐに屋敷を出られたが、謎は深まるばかりだった。
「こういう事件はよく近衛隊が担当されているのですか?」
しかめっ面をするアイラにリラはそう聞く。
「もしかして、今回だけ特別でしたか?」
念のため、というような口調で話すリラにアイラは首を横に振る。
「いいえ。近衛隊が出てくるなんて聞いたことありません」
「やはりそうですか」
「そもそもバナナ盗賊団は騎士団すらマークしていませんでしたからね。
貴族の娘を攫われたというので、騎士団が捜査するようになったのですが、まさか近衛隊まで出てくるとは……」
謎です、とアイラはまた眉を顰めた。
「とにかく近衛隊に事情を聞かない限り、わかりません。
一度、王都に戻って、元老院に直接――」
激しい爆発音と衝撃波が伝わった。
「!?」
「キャッ!!」
アイラとリラは強い突風に煽られ、身体のバランスを崩しそうになる。
馬車に繋がっている馬も大きな雄叫びを上げた。
「なにごとですか!?」
風が止んだ後、アイラは声を上げ、周りを見渡すと、
「……そんな……」
「どうされ……――!!??」
リラも辺りを確認したのか絶句する。
「屋敷が……燃えてる……」
そう。ブラウン家の大きな屋敷が燃え上がっていた。
「な、え? どうして? なんで?」
混乱に陥るリラ。その混乱を落ち着かせるようにアイラはリラを抱き着く。
「落ち着いてください、リラ様!」
そう言う自分も状況がわかっていない。
いきなり屋敷が爆発することなんてない。
ブラウン家にいったい何が?
一番火の手が上がっているのはどこだ? リラの部屋?
混乱の中、なんとか状況を把握しようとするが、突然の出来事過ぎてわからない。
「お父様は!? お母様は!?」
パニックになるリラ。屋敷の中に入ろうと手を伸ばす。
目からはもう既に涙が溢れてしまっている。
「わかりません」
「離してください! アイラ様!」
「ダメです! このままリラ様まで何かあっては! とにかく今は状況がわかるまでは……」
「離して!」
リラは身体全身に魔力を込めた。ギバに教わったあの技術だ。
爆発的に力が上がったリラをアイラは抑えることが出来なかった。
アイラから解放されたリラは真っ直ぐ屋敷の門へ走る。
門は閉じられているが、力の上がったリラには関係ない。
足に力を込め、ジャンプする。
魔力が込められた脚力。門を軽々と飛び越えていった。
けたたましい警戒音が鳴り響く。
屋敷の警報装置が作動したのだ。
「リラ様! リラ様!」
走っていくリラの背中を見つつ、アイラは叫ぶ。だが、リラは止まることはなかった。
「あぁ~もう!」
だから、アイラも屋敷に入る。
アイラは魔力を込める技術を知らない。
剣を構え、一閃。二閃。三閃。
門を切ることに成功した。
「あとで直しますから!」
そう言ってアイラはリラを追いかけた。
しかし……。
「お父様……お父様!!」
火に包まれたリラの部屋。
その中に倒れたフォードを抱きかかえ、涙でぐちゃぐちゃになったリラの姿。
フォードはもう息をしていなかった。
重力に従い、彼の腕はするりと床についた。
――イ、イヤァァァアアアア!!
リラの叫ぶ声は燃え盛る炎の音に掻き消された。




