第33話 傭兵のフリする貴族の娘、父親と会話する
「話……ですか?」
突然現れた父親にびっくりしたが、リラは極めて冷静にギバを演じる。
フォードは朗らかな顔で、リラが手をついている窓のすぐ隣の窓に肘を置いた。
「あぁ! ギバ殿とは会ってからあまり話が出来ていなかったからね。
アイラ殿とは一昨日みっちりリラについて話したんだけど」
まぁ最後には逃げられてしまったけどね、とカラカラと笑う。
そんなフォードに適当に相槌を打ちながらも、内心では、
(一体何の話をするつもりなんでしょう?)
と気が気でない。
今回の失態で、個人的に怒られるのだろうか?
いや、失態ではなく作戦だが。
フォードからしたら、娘の一番側にいた男である。
それなのに盗賊団に拐われるのを許したのだ。
怒るのも当然だ。
愉快そうな笑みを浮かべるフォードの次の反応に緊張しつつ、リラはギバのように眉間に皺を寄せて待った。
「昨日はすまなかったね」
(――?)
しばらくして笑い終わったフォードは少し間を空けると、真剣な顔でそう言った。
昨日? 一体何のことだ? と頭に『?』を浮かべていると、
「昨日の朝、ラルーがギバ殿を怒鳴りつけたと聞いてね。そのことを謝りたかったんだ」
「え? あ、あぁー……いえ……あれはわたしが止めるべきでした」
意外だった。意外過ぎて演技が解けるところだった。
昨日の朝、リラが剣を握ってしまった。
理想の『リラ・ブラウン』は剣など物騒なものは握らない。
それでラルーがギバ扮する自分に怒った一件。
まさかフォードがそのことを謝るとは思いもしなかった。
「ラルーは少々、理想を持ち過ぎる癖があってね」
(え……?)
その言葉に違和感を覚える。
「娘に対してもこうあるべき、という理想像があるんだ。
それは僕らがあまり子宝に恵まれなかった、というのもあるんだが。
まぁそれでも少々ヒステリックになってしまうところは困ったところだよね」
とフォードは本当に困ったように笑みを浮かべた。
「だから、気にしているようだったら忘れてくれ。彼女にもしっかり言っておいたから」
「いえ……特に気には……」
「そうか! よかったよ!」
満面の笑みを浮かべるフォードに、やはり違和感が拭いきれない。
「あの」
思わずそんな言葉が漏れ出てしまった。
その一声にフォードは「なんだい?」と首を傾げる。
聞かれてしまったからには何か言わねば、とまだ整理のついていない頭をフル回転させて、言葉を捻り出した。
「ブ、ブラウン卿は違うのですか?」
「違う……?」
少し意図が伝わりきらなかったようだ。
補足しようと、リラは遠慮がちに言う。
「いえ……夫人は娘に対して理想を持っていると……話していたので」
「あ、あぁ! そういうことか! 僕には理想がないのかって話だね」
伝わったようだ。
リラは首を縦に小さく振って同意する。
「もちろんあるよ」
(ほら、やっぱり……)
フォードの返事にリラの心は冷めていく。
『父親は少し違った見方をしている』
昨日の晩。ギバが最後に伝えたことだ。
この言葉を全て信じているわけはなかったが、全く期待していなかったわけでもない。
しかも、先ほどの違和感。
もしかしたらフォードは。と思わずにはいられなかった。
けれど、やっぱり違った。自分の両親は似た者同士。娘に理想を押し付ける親なん――、
「けれど、ラルーほどではないかな」
「……え?」
フォードの言葉に声を漏らす。
「僕は月並みさ。愛する天使が幸せになってほしい。ただそれだけだ」
(嘘だ……!)
リラは反論する。
「で、でもおとう……ブラウン卿も夫人と一緒に服を着せたり、結婚相手を選んだり……言葉を選ばずに言えば、その……楽しんでいたではないですか」
動揺してリラ自身の言葉が漏れ出てしまうところだった。
なんとか堪えてフォードに問いただすと、
「楽しんでいる? 僕が?
とんでもない! いつでも真剣さ!」
と彼は大袈裟に手を振り否定した。
「だが楽しんでいると見えたなら、それも仕方がない! なんたって愛する娘のことを考えているんだ。
可愛すぎるあの子のことを、だよ? 自然と笑みが溢れてしまうよ」
そう言って、フォードはデレデレとした笑みを浮かべる。
「僕はいつでもリラの幸せを願っている。
けれど――」
フォードは笑みを潜めると、困ったようにリラを見た。
「それがリラにとってどうだか、僕らにはわからないんだ」
「…………」
「リラは、ほら、何かと遠慮して黙ってしまう娘だろう? 自分の娘ながら聞き分けが良すぎると思う」
「…………」
「だけど僕は、そんなリラにこそ常に本心で笑顔でいて欲しいと願っているんだ。
だから女の子が好きそうなものを与えれば、喜ぶかと、ついラルーと一緒にノッてしまう」
ただ幸せになってほしい。ただ笑顔になってほしい。
その一心でフォードはラルーに付き合ってリラに色んなものを分け与えていた。
この国の貴族の娘が一般に憧れる、服や宝石、本、そして上級貴族のご子息様。
つまりラルーの理想だ。
その理想に従えば、その全てを与えれば幸せになる。笑顔になる。とそう考えていたらしい。
けれど、フォードは言う。
「でもリラが本当に喜んでいるのか実のところよくわからないんだ」




