第30話 傭兵のフリする貴族の娘、怒りに任せる
「くだらないな」
「!? 何と言いましたか?」
心外な言葉にリラはギバを鋭く睨む。だが、ギバは冷たい表情でリラを見ていた。
「くだらないと言ったんだ」
「く……!? どういうことですか? わたしは自由になってはいけないということですか!?
理想の娘を演じ続けろと? わたしがわたしであるために抵抗することをどうしてくだらないと言えるんですか!?」
怒りのまま、リラはギバに怒鳴りつける。だが、ギバはそれでも冷たい表情でリラを見ていた。
「そういうことではない」
「ではどういう?」
「自分の未来を他人に委ねているのをくだらないと言ったんだ」
「!!」
「君は自由になりたいと言ったな。そのことを少しでも両親に話したことはあるか? 話したとして少し否定されたからと黙ってしまったんじゃないか?
自分の将来を決めつけて、抵抗しようとすら今まで思わなかったんじゃないか?」
ギバの一言一言に心臓が高鳴る。彼の言っていることが全て図星だったからだ。
「……どうしてわかるんですか?」
「これでも年だけは食っているからな。君みたいな者も何人か見ている」
ギバは本当に何人も見てきたのだろう。
騎士団の先輩、後輩、騎士団長時代の部下、傭兵になった時に出会った人々。
……そしてギバ自身も。
アイラから聞いた話が甦る。
元老院の命令を無視できなかったという騎士団長時代の話。
もっと元老院の顔色を伺わずに行動していたら。
アイラを降格させずに、シュントの左目が失わずに、エリーを死なせずに済んだかもしれない。
そう後悔しているに違いない。
「そのことを全否定はしない。出来ない奴もいるからな」
言っているのはおそらくギバ自身のことだ。
「ただ、本気で現状を変えたいと願うなら、もっと自分から行動するべきだ。少なくとも犯罪者に任せて良い結果にはならない」
「そんな正論……簡単に言いますけど、ギバさんに何がわかると言うんですか!?」
「わかる」
「!!」
「わかっている」
怖い表情をしていた。だが、すぐに違うとわかった。
眉間に皺が寄っているのはいつものことだ。
しかし、睨んだ目は歪み、目には涙が滲んでいた。
その表情にリラは息を呑んだ。
だけど、売り言葉に買い言葉。
一度ヒートアップしてしまった心をもう簡単には止めることはできなかった。
「だ……」
リラはギリっと歯を食い締めると、
「だったら! どうして、エリー様を助けてあげなかったんですか!?」
「――――ッ!」
ギバは目を見開いた。
リラから到底出てくるとは思わなかったのだろう。
ギバは一度下を向いて、もう一度リラを見た。
「そうか……」
(しまった)
その何かを諦めたような表情を見て、リラは言ってしまったのを後悔した。
「悪かったな」
「で、ではわたしはこれで」
言うつもりはなかった。本当に。
だけど、言ってしまったのをもう戻すことはできない。
ギバとの会話をすぐに打ち切り、逃げるように護衛用の部屋へ向かおうとする。
「最後にひとつだけいいか?」
だがギバに呼び止められた。
「なんでしょう?」
「君の両親は本当に二人とも理想の娘しか見ていないのか?」
「……何回も言っているじゃないですか」
同じような質問をするギバに、気まずそうにリラは答えた。
だが、ギバは気にも留めず続ける。
「一度、聞いてみると良い。母親はともかく、父親は少し違った見方をしている」
さっき話してたのを聞いていなかったのか?
何を意味のわからないことを。
リラは返事をせず護衛用の部屋へ向かい身を潜めた。
★★★
――カチャ
少しして、リラの部屋の扉が開く音が聞こえてきた。
「迎えに来ましたよ。――――」
護衛用の部屋越しに聞こえてきたその声はくぐもっていて、男ということはわかるが誰だかわからない。
盗賊団の誰かだろうか?
それなら、ギバは囮として連れられる手筈。
一応、勘付かれないようにリラとして「来ないで」と抵抗することになっている。
しかし、
「――くん……!?」
ギバの演技は完全に解けていた。
誰かの名前を叫んだその声は驚きに満ち、悲哀や歓喜の感情も入り混じっていた。
「何故……君が?」
複雑な感情が交差しているのが、ドア越しからでも伝わった。
(ギバ様のお知り合い?)
そうであるならば、その男は作戦の支障になる。遠ざけなければ。
とドアノブに手を掛けると、
「――――」
入ってきた男が何か話しかけているのが聞こえた。
「――――」
「――――!」
(よく聞こえない……)
扉に耳を近づけても、会話していることはわかるが、内容までは聞き取れない。
「わかった」
やがて、ギバがそう言うのが聞こえてくると、
――パリン!
窓ガラスが割れる音。
それからダッという地面を蹴る音が聞こえると、その後は何も聞こえなくなった。
(ギバ様に何かトラブルがあったのでしょうか?)
それならば作戦が頓挫してしまう。
リラは意を決して、護衛用の扉を勢いよく開けた。
「……ギバ様!?」
しかし部屋の中は誰も居ず、カーテンがヒラヒラと揺れているだけだった。




