第28話 貴族の娘になった傭兵、作戦開始の合図をする
警報が鳴り響く敷地内。
正規の入り方ではない侵入に対して反応したベルの魔道具は、けたたましい音をブラウン家の広大な土地に轟かせた。
「侵入者はどのくらいいる?」
「塔から見た限りだと、十は間違いなく」
塔から屋敷に向かいながら、ギバとアイラは現状の確認をする。
「見張りの騎士団は?」
「今、連絡を取ってます」
とアイラは持っていた通信の魔道具を鳴らす。
すると、すぐに笛から音が返ってきた。どうやら、連絡は取れたようだ。
「すでに動いているようです」
「そうか。……作戦の確認をしよう」
走りつつ、ギバはそう言った。
「私たちは今、リラ・ブラウンの部屋に向かっている」
「はい。そこでギバさんとリラ様は待機。私は侵入者を迎え討ちにいきます」
「尤も、本当に討つことはない」
「うまく誘導して、侵入者をリラ様の部屋に誘い込みます。侵入者が来た時、リラ様は?」
「わたしは護衛用の部屋で身を潜めます」
リラの言葉にギバは頷いた。
「そうだ。そして、侵入者たちが君の部屋に来たら、私は抵抗せず、そのまま捕まる。
ふん。言葉にすればかなり稚拙だな」
そう言ってギバが鼻を鳴らすと、アイラも苦笑いを浮かべる。
「確かに。ですが複雑で困難を強いるよりかはましです」
「その通りだ。作戦は単純な方が良い。対人の場合は特に。
複雑になればなるほど、逆に策に溺れる。
作戦はシンプルに。あとは現場の人間を信じるだけだ」
その言葉にアイラはニヤリと笑みをこぼす。
「相変わらずですね」
「ふん。当たり前だ。では作戦通りに――」
「あ! その前に」
とアイラが口を挟んで、懐に手を入れた。
「なんだ?」
「ギバさん、これを」
出した物をギバの手に置く。訝しげにギバはその物を見るが、その意味にいち早く気付く。
「なるほど。貰っておこう……では作戦通りに」
「了解です」
「は、はい!」
三人はリラの部屋へ駆けていく。
★★★
「では私はここで」
リラの部屋にギバとリラを送ると、アイラは真っ先に部屋を飛び出した。
盗賊団をそれとなくここへ誘導するため、だ。
不自然に誘導しても、盗賊団はもちろんフォードやラルーにも怪しまれる。
全容を把握していて、器用にそれを実行できるのはアイラしかいない。
「……静かですね」
警報はいつの間にか鳴り止み、部屋の中は不気味に思えるほどの沈黙に包まれていた。
明かりは点けず、月明かりだけの部屋はいつもと同じ。
侵入者なんていなかった、と言われても信じてしまうくらいだった。
「じきに騒がしくなる。自分の命を優先して行動しろ」
「はい。ではわたしは護衛用の部屋へ」
そう言って、隣の部屋へ移ろうとするが、
「待て」
ギバに止められた。
「どうされましたか?」
「少し聞いておきたいことがある」
「……いいですけど。盗賊団の方が来てしまいませんか?」
「すぐに終わる」
と言いつつも、ギバは眉間に皺を寄せ、頬を舌で押してどこか聞き辛そう。
そんな様子にリラが首を傾げていると、意を決して口を開いた。
「君は……両親が好きか?」
「え?」
あまり予想していなかった質問にリラは声を漏らす。
「まぁ。はい。好き……だと思います」
それがどうしたのですか、と言うようにキョトンとした顔でギバを見ていると、
「そうか」
と眉間に皺を寄せながら、考えるように目を瞑る。
「逆はどうなんだ?」
「…………」
「君のご両親は君のことを好きか?」
「…………」
「君のご両親は本当の君を愛しているのか?」
「……ふふ」
その質問にリラは自虐的に笑みを溢した。
「その質問をした、ということはギバさんもわかっているんですよね?」
「……そうだな」
「わたしの父と母は『リラ・ブラウン』が好きなんです」
その回答に、ギバは困ったように舌で頬を膨らませる。
「わたしを愛してはいないのですよ」
リラは相変わらず作ったような微笑みをしていた。
「君は、それに納得しているのか?」
「仕方がありませんよ」
諦めたようにリラはそう言う。
「父も母も、自分の理想とした天使が好きなんです。自分で思い描いたとても可愛くて、真面目で、親の言うことを素直に聞くお淑やかな娘が」
「…………」
「わたしの好き嫌いなんて関係ありません。理想の娘が何が好きか、が大事なんです」
リラの両親は『わたし』は好きではないんです、と語るリラ。
思えば、そうだった。
リラを着せ替え人形のように楽しみ、剣を握っただけで激怒した。
そして彼女の好みとは違うスコーンをさもリラの好みのように言っていた。
理想の『リラ・ブラウン』というのが彼女の両親の中にあり、その理想と違った行動をしてはならない。
両親は『リラ・ブラウン』という存在を愛していただけでリラは愛していない、と彼女自身は語る。
思い当たる節はある。だが、とギバは考える。
「……星と魔道具が好きなのも演技だったのか?」
「いえ、それは本当です」
リラは困ったように笑う。
「幸い『リラ・ブラウン』は本を読むのが好きだったので」
だけれど『リラ・ブラウン』は好きではない、ということか。
だから。ギバは知らなかった。リラが本当に好きなものを。
星や魔道具が好きなこと――しかもあんなに夢中になることをギバはここに来て初めて知った。
リラと成り変わる時に教えてもらった好みは『リラ・ブラウン』のものだった、ということだ。
だから。
「だから君はこんな馬鹿げたことをしたのか?」
ギバの眉間には皺が寄り、どこか困ったような表情だった。
「君なんだろう? 今回の誘拐事件を企てたのは」
月明かりで照らされたリラの口角は不気味に吊り上がった。




