第27話 貴族の娘になった傭兵、傭兵のフリする貴族の娘と流星を観る
夜。
屋敷では一日の仕事が終わり、寝支度を調えようとしている時間。
「どこまで登るのですか? リラ様」
「もう少しです」
「屋敷からこんなに離れた場所……お父様、お母様が心配なさるのでは?」
「大丈夫です。ここも家の敷地内です……ですけどお父様やお母様には内緒にしておいてください」
「……ダメなんじゃないですか!?」
そう突っ込むアイラにリラは微笑みながら人差し指を口前に立てた。
屋敷の裏。手入れされた林の中を真っ直ぐ進んだ塔の中をリラ、ギバ、アイラの順で登っていく。
塔の中は暗く、そこまで急ではない階段であるとはいえ、足を踏み外さないかが心配だ。
手すりもないので、慎重に壁を伝いながらアイラは一歩一歩進んで行くが、リラは慣れた様子で登っていく。
ギバももちろん初めてだったが、現在は小さい身体。重心が低い分、バランスも取りやすく、危なげなく進んでいた。
「そろそろです」
やがて進む先に点々とした光が見え、頂上に通じる出口に辿り着く。
「うわぁ……」
そこには満点の星空が広がっていた。
しっかりとした柵が周りを囲み、屋根など空を見るのに遮るものはない。
空だけではなく、屋敷よりも高い塔ということもあって、周りの土地の様子もよく見えた。
アイラが思わず感嘆の声を上げていた。
「すごいですね……こんな場所があったなんて」
「地方貴族だった時の名残だな」
ギバがそう言ったのを、リラは「えぇ」と頷く。
「昔は見張り台として使われていたようですね。今は人工魔道具が発展して使わなくなりましたが」
「確かに、ここからだったら星が良く見えるな」
ギバは周囲を見渡す。
夜風に乗って、草木の匂いや虫の声などが聞こえてきた。
王都のような賑やかな雰囲気はなく、自然豊かな光景が広がっているだけだが、それが逆に心地よい感じを醸し出している。
なんとなく、自身の故郷のことを思い出す。
「それで、リラ様。流星群というのはいつ頃になるんでしょうか?」
「えっと、もうそろそろだと思います。実は今回のものは少し特殊で――」
とリラが説明しようとしたところで、微かに大気が揺れた。
風が吹き、木々が騒めく。何かの予兆を感じ取ったのか、鳥たちが一斉に飛び立った。
視界が遮られて、周囲がよく見えない僅かな時。
「あ! 見てください!」
リラの声が響き渡った。
鳥たちがいなくなり、リラの指差す方を見上げてみると、
「――――!」
肉眼でもはっきりと見える巨大な星が夜空を二つに割いた。
大きな尾を引く光の筋。
つまりは、彗星だった。
世界を跨ごうとするその一閃に
「素晴らしい……」
寡黙なギバでさえ思わず声が出た。
しかし、それも一瞬のこと。
次の瞬間には星の輝きは消え去り、静寂が訪れた。
やがてぽつぽつと星が流れてくる。
流星群が始まったようだ。
「見ましたか!?」
リラが興奮気味で叫ぶ。その気持ちも、あの現象を観てしまったらわからないとは言えない。
「あぁ。素晴らしかった」
「そうでしょう!? 今回の流星群は一味違うんです!
なんと彗星が近くに通ることで出現する現象! 彗星から放出する大量のチリなんです!
あんな巨大な彗星が通ることなんて、数百年に一度! 今回見れなかったら、もう見れないかもしれませんでした!」
リラは嬉々として語る。その瞳はキラキラと輝いていた。
端から見れば、大のおっさんが子供のようにはしゃいでいて、かなり痛々しいのだが、仕方がない。
夢中になるほど好きなものだ。
今回は大目に見よう。ブラウン卿も目に見える範囲にはいないようだしな。
と、ふとリラと対照的に異様に静かな様子が気になってギバはアイラを見た。
「……何をしている?」
そこには手で鼻と口を必死に抑え、目をギュッと閉じている女騎士の姿があった。
ギバの問いを聞いて、アイラは目を開けた。周囲の様子を見渡し、リラやギバに何もないことを確認すると
「ぷはぁ」
と漸く手を離した。
「リラ様、ギバさん、ご無事ですか?」
必死な形相で二人に聞く。
リラとギバは顔を見合わせ、アイラに向き直ると、
「何がですか?」
「何がだ?」
と同時に聞き返す。その様子にアイラはホッと安心したように胸を撫で下ろす。
一体全体、何を言っているのか、と訝しげな顔でアイラを見ていると、「本当に安心しました」とアイラは言う。
「ほら、知らないんですか? 彗星の尾には毒があるんですよ! だから、こうして口や鼻を抑えておかないと大変なことになるのです!」
「…………」
「…………」
「あれ? お二人ともどうされましたか?」
真剣な様子で語るアイラを前にギバはリラと共にきょとんとした顔で見つめる。
「あは」
やがてリラの口から笑みが噴き出た。
「あははははは。それはアイラ様。アストロの読み過ぎですよ!」
「全く、アイラ君は……」
ギバは呆れたようにため息を吐く。だが、そんな二人の反応を見てもなお、
「えぇ? でも、子供の頃、確かにそう教わったような……」
「それこそアストロですよ! アイラ様。彗星にそんな毒ありませんよ!」
「えぇ? そうでしたっけ? でも実際にリラ様、無事そうだし……」
あまり腑に落ちていない様子で、腕を組んで首を傾げているアイラ。
その様子に、ふふふ、と優しく微笑んでいるリラは気を取り直して、周囲を観察する。
どうやら星が流れ落ちたのか、落ちたとすればどこなのか、を観ているらしい。
「あ、ギバさん! あそこ、見てください!」
「ん? どうした?」
やがてリラは声を上げて、王都近くにある丘を指差す。
ギバも見てみると、その丘に空から複数の線が描かれているのが見えた。
「どうやら……あそこに流星が落ちているようだな」
「えぇ! そのようですね」
「君の説だと、あそこから魔道具が採れるんだったな?」
「そうです。あぁ。こんな近くに! ぜひ見てみたいです」
「…………そうだな。その前に我々には事件を解決するという大きな課題があるが」
冷静にそう言うと、リラから笑みが消える。
興が削がれたように口を尖らせて「わかってますよ」と不貞腐れる。
「まぁでも……」
そして、諦めたようにリラは肩を落とすと、ため息を吐く。
「仮に元に戻れたとしても、わたしはこの説を自ら確かめることは叶いませんけどね」
その言葉にギバは首を傾げる。
「昨夜から考えていたが、何故、君は――」
その瞬間、敷地内でけたたましい警戒音が鳴り響いた。
アイラとギバはすぐに音が響く方を確認する。
「魔道具か?」
「そのようです。ブラウン家の防犯魔道具が反応したみたいですね」
「案外早かったな」
「そうですね。あ! 見てください」
とアイラは指差した方向では、塀を飛び降りる影が見えた。
「そんな……」
その様子を確認したリラは手をギュッと握りしめて、唖然とした表情を見せていた。
「信じられないかもしれませんが、現実です。リラ様は必ず私とギバさんがお守りしますので、ご安心を」
「尤も、私は囮になるのだがな」
アイラの真剣な様子に、ギバの自虐。
数々の修羅場を潜り抜けてきたが故の余裕さがそこにはあった。
リラはごくりと唾を飲み込み、固くした顔で頷いた。
「では手筈通りに」
そう言って、ギバ達は塔を降りていった。




