第22話 貴族の娘になった傭兵、訳もわからず母に気圧される
ラルー・ブラウン。
フォード・ブラウンの妻であり、リラの母。
リラの父親と同様、娘を溺愛し、リラを可愛くすることが生きる目的だと公言している。
リラを可愛がり、リラを大切にし、リラの前では常に微笑みを浮かべている。
見方によれば、常軌を逸しているとも言っていいが、娘思いの愛情深い母親だと、王都ではよく耳にする。
そんな母親が、今。
普段のイメージとは全くかけ離れた冷たい表情で、ギバ達を睨んでいた。
「……おはようございます、お母様」
ギバには何故、彼女が怒っているのかいまいちわかっていない。
わかっていなくともリラのように微笑んでみる。
だが、ラルーはリラの笑みを見ても、態度が変わらなかった。
無言で真っ直ぐとこちらへ向かってきて、近づく度にギバの身体の方を睨んでいるとわかり、彼女の背筋がピンと張り詰めた。
「ギバ・フェルゼン!」
目の前に来た途端、ラルーは叫ぶ。
「うちの娘に何を握らせているのですか!?」
「……え?」
ギバから声が漏れる。
握っているのは、自分の大剣だ。
リラが疲れているだろうから部屋に運ぶのを手伝おうと自ら持った。
確かに普通の少女が持てないほどの重量で、それを知っていれば、怒る気持ちもわからなくもない。
が、素人が一目見て、その形から持つのは有り得ない程の重さだとわかるとも思えなかった。
「違います。お母様」
だとするならば、彼女がそう怒る理由は『ギバ』が『リラ』に剣を持つよう命じた、と勘違いしたからだろう。
「これは私が自ら持ったもの。彼が――」
「あなたは黙ってていいの」
ギバのことを微笑みながら見つつ言葉を遮ると、ラルーは再びリラのことを睨む。
「ギバさん? 私の天使は何故、こんなものを持っているのですか?」
「…………申し訳ありません。配慮が足りなかった。わたしの落ち度です」
「!?」
ラルーの質問に対し、頭を下げて謝罪するリラにギバは驚いた。
(いったい何に対して謝った?)
剣を持つこと自体が悪かったのか?
確かに事前にリラから聞いた話では、リラ・ブラウンは剣術をしない、との話だった。
ブラウン家の方針でやらせてもくれない、とか。
だが、そうだとしても、剣を持つことなんて偶にはあるはず。
むしろ、何かと物騒なご時世だ。
教えられていなくとも、護身用に寝具の近くに剣はあり、有事の際には必ず握ることになるはず。
だから少なくとも剣の持ち方など基本的なことを知るために持つことはあると思っていたが。
とギバが考えを巡らせていると、
「えぇ! そうでしょうともそうでしょうとも!」
ラルーは大きく頷いた。
「可愛い可愛いリラちゃんにこんな物騒で! こんな無骨な! 全く可愛くない剣なんて似合いません!」
「おっしゃる通りです」
「リラちゃんは優しい子ですからね! 疲れている貴方の為に自ら持ってあげたでしょうけど! そこはギバさんが止めてあげなくては!」
どうやらリラ・ブラウンは剣すら持ってはいけないらしい。
それがブラウン家の方針であるならば、仕方がない。
まぁだから簡単に誘拐されてしまったのだろう、と半ば呆れ気味に息を吐いて納得しかけた途端、ラルーが叫んだ。
「リラ・ブラウンは剣を持ちません!」
「…………?」
ラルーの言葉にギバは思わず目を見開く。
(どういうことだ?)
だが、思考をする前に
「ほら、リラちゃん? そんな剣なんて放しなさい」
とラルーに手を掴まれてしまう。
優しそうな笑みを浮かべているが、その目の奥には有無を言わさぬ怖さがあった。
掴まれている手もどんどん圧が強まっている。
これ以上はリラにも迷惑がかかると、ギバは剣を手放した。
「では行きましょうか!」
手放した途端、ラルーの手は緩まり、表情もより柔らかくなった気がする。
「今日の朝食はスコーンよ。嬉しいでしょう?」
そう言って、ギバは半ば強引にラルーに連れられる。
手を引っ張られながらも後ろを振り向くと、中年の男が申し訳なさそうな、それでいて何かに諦めたような微笑みでこちらを見ていた。




