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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

世界の果ての漆壁

 ――巨大な壁が頭上から迫ってきた。


 それが最後の記憶。




 気づくとそこは水の中で。


 わたしは焦って身体を起こした。


 それだけで顔が水面から飛び出し、空気を吸えるようになる。


 肺の中に満たされる空気は、ほんの少し薬のような匂いがした。


 どうやらわたしは、バスタブのような水槽の中で横たわっていたらしい。


「……バスタブ?」


 自分の知識に違和感を感じて呟きながら、わたしはさらに身体を起こして水槽から出る。


 タイル地の床に裸足の足をつき。


「まただ……」


 タイルはわかる。けれど、それを知っている自分自身に違和感を覚えてしまう。


 周囲を見回す。


 水槽があるだけの、薄暗い部屋だ。その水槽はといえば、無数のコードが部屋の隅の壁と繋げられていた。


 わたしが室内を観察して、ぼんやりしていると、部屋の入り口がスライドした。


『おはようございます。カンチョウ』


 抑揚のない高い女声でそう言って現れたのは、竜型インターフェイスロイドだ。


 また、知識に違和感。


 黒い皮膚をした五〇センチほどの機械知性体は、背中の二〇センチほどの小さな翼で飛行し、わたしの下へやってくる。


『無事、蘇生できたようでなによりです』


 わたしの周りを飛び回りながら、身体を観察していくインターフェイスロイド。その時になってようやく、わたしは自分が裸なのに気づいた。


 腰まである青みがかった銀色の髪から水滴が滴り落ちて、また違和感。


 わたしの髪はこんなに長かっただろうか。


 ――そもそもの話。


「……カンチョウというのは、わたしの名前?」


 途端、インターフェイスロイドは、その大きな金色の眼を瞬かせて、小首を傾げた。


『……蘇生による記憶の混濁があるようですね。

 ――少々、失礼……』


 そういうと、インターフェイスロイドはわたしの頭に飛び乗った。


『ふむ。ふむむ……』


 高い声で唸ったかと思うと、再びわたしの目の前に滞空するインターフェイスロイド。


『どうやらカンチョウ個人に関する記憶が損傷しているようですね。ロジカルスフィアへの接続は良好なようですから、知識面では問題なさそうですが……』


 ロジカルスフィア――外部記憶領域にして、事象干渉機構。


 また、自身の知識に違和感を覚える。


「この……知らない事を知っているのが、ロジカルスフィアなの?」


『はい。機能のひとつです。

 ――まずは記憶のないカンチョウに自己紹介を。私はクロ。以前、カンチョウが付けてくださった固有名称です。認識番号の提示を求めますか?』


「いいわ。クロって名前がわかれば十分。声からして雌型よね?』


 女の子に対してクロとは、以前のわたしはずいぶんと変わったネーミングセンスをしていたようだ。


「それで、わたしの名前は? カンチョウというのは、官職とか役職名でしょう?」


『はい。カンチョウのお名前はサティリア。サティリア・ノーツと仰います。また、親しい者はサティと呼ぶのだと、以前、カンチョウは仰っておりました』


 ――サティリア。


 それがわたしの名前。


 親しい者はサティと呼ぶと言われても、その親しい人の顔は思い浮かばない。


 わたしはため息をついて、クロに言う。


「とりあえず、着るものをちょうだい。寒くなってきた」


『――それではこちらへ』


 わたしはクロに導かれて隣の部屋に移動し、タオルで身体を拭くと、用意された着替えを身に付けていく。


 首まである身体にぴったりとした黒のボディスーツの上に、白い制服ジャケットと黒のタイトスカートを着込み、ヒールのついた靴を履く。


 靴は一見不安定にも見えたけれど、バランスを身体が覚えているのか、ふらつくこと無く歩くことができた。


 わたしは部屋の隅にある鏡を見る。


 やや釣り上がり気味の大きな目。瞳の色は宝石のような紫。パーツが小さな作りの身体は、全体的に幼い、と自分でも感じてしまう。


 そして、やはり自分の姿を見ても、自分の身体と思えない違和感。


「ねえ、クロ。わたし、いくつなの?」


『身体年齢は十六歳で蘇生しております。実年齢については、以前口にした際、廃棄処分の憂き目にあった為、機体保護を目的として黙秘させて頂きます』


 どうやら以前のわたしは、ネーミングセンスが変わっているだけではなく、かなり過激な性格をしていたらしい。


「そう。とりあえず十六でこの身体なのね……」


 湧き上がる残念な気持ちに、特別違和感がわかない事も憎らしい。


「まあいいわ……」


 最後に長い髪をうなじの辺りでリボンで括り、クロに振り返る。


「それで? なにがあったの? 蘇生なんて言うんだから、そうなった原因があるんでしょう?」





 クロに連れられ、エレベーター――また違和感だ――に乗る。


 押し付けられるような圧迫感に気分が悪くなりかけた頃、上昇は終わり、音もなくドアがスライドして、冷たい風が吹き込んでくる。


 雪の積もった地面には足跡がく真っ白でどこまでも続き、左右を見ると、遠く離れた黒い胸壁の上にも雪が積もっていた。


 左右の胸壁の間は一〇〇メートルほどはあるだろうか。


「――ここは?」


『本艦最上部の戦闘甲板です』


「本艦、という事は、カンチョウは艦長なのね」


 わたしは納得し、胸壁に歩み寄る。


 雪を払って胸壁を掴み、下を覗き込んでみると、雪の積もった木々が爪の先程のサイズに見えた。


「かなり高いのね」


『ここまで二四〇メートルです。落ちたらまた蘇生が必要になるので、お気をつけください』


「わかったわ」


 視線を上げると、どこまでも見渡す限り、樹氷の森林が続き、青い空の陽光を受けてきらきらと輝いていた。


 ほう、と白い息を吐いて、わたしは感嘆する。


 記憶を無くした今のわたしには初めての光景だ。素直に……美しいと思う。


 風が吹いて積もった雪を舞い散らし、それがまた舞い落ちる。


 途端、視界の中央に、虹色に光る巨大な木の遠影が見えた。


 遠く、巨大すぎて、大きさがまるで想像できないけれど、きっとここより遥かに高く、太い。


 ここからでさえ、見上げるほどなのだから。


『これはカンチョウ、運がいいですね』


「あれは?」


『果ての樹と、以前のカンチョウは呼んでましたよ。あれが見られた日は一日、幸せな気分でいられると仰られてました』


 変なネーミングセンスで、過激な性格な以前のわたしにも、ロマンチックな面はあったらしい。


 わたしは果ての樹に視線を戻す。


 ゆらゆらと揺らめきながら七色に輝くそれは、ひどく幻想的で、何時間でも見ていられそうな気持ちにさせられる。


 けれど、インターフェイスロイドのクロには、そういう情緒などないようで。


『――それではカンチョウ、こちらです』


 わたしはため息をついてクロの後に続いた。


 降り積もった雪の上を歩く。ヒール付きの靴なのに転ばないのは、わたしのバランス感覚が優れているのか、なにか靴に仕掛けがあるのか、どちらだろう。


 なんとなく、後者の気がした。


 そんな事を考えながら歩き続けると。


『見えてきましたよ』


 クロはその小さな前足で先を指差す。


 そこには黒銀色をした巨大な構造物が甲板を横切っていて。


「……腕?」


 思わずわたしは呟いた。


 右側の胸壁を砕いて甲板を横切り、斜めにそびえるその先は、確かに手の形をしていた。


『はい。機属の腕です』


 機属――対原生生物用人型有人兵器の総称。


 わずかな違和感と共にロジカルスフィアが伝える情報に、わたしは眉根を寄せる。この知らないのに知っている感覚は、しばらく慣れそうにない。


 クロに続いて機属の側まで歩く。砕けた胸壁の下までやってきて、クロはわたしに振り返った。


『ここでカンチョウはお亡くなりになりました』


「原因はこの腕って事?」


 わたしはため息を吐きながら尋ねる。


『はい。三日前、朝食後の散歩にカンチョウはここを訪れていました。折り悪く、同時刻に機属小隊が侵入してきた原生生物と交戦を開始。うち、一基が右腕を大破。

 ――飛来した腕部がカンチョウを直撃しました』


 淡々と語られる自らの死因に、わたしは乾いた笑いを押さえられない。


 そんなしょうもない理由で、以前のわたしは死んだのか。


『それではカンチョウに現状を把握してもらった所で、みなさん、ご挨拶を――』


 クロのその声に応じるかのように、胸壁の向こうから突風が吹き上がった。


 積もった雪がまるで吹雪のように逆さまに舞い上がる。


 その白いスクリーンの向こうに立ち上がる、見上げるほどに巨大な影が全部で五つ。


 わたしは風になぶられる髪を押さえながら、その影を呆然と見上げた。


 吹雪が晴れる。


 青空の陽光の下、この甲板よりさらに一〇〇メートルは高い巨大な人型構造物――機属。


 それは今度は突風を起こさないよう気を使ってか、ゆっくりとした動きで胸の前で右腕を水平に張って敬礼した。


 右腕が無くて左で敬礼しているあいつが、わたしの直接の死因なのだろう。


『カンチョウ、ご復活、おめでとうございまーすっ!』


 悪びれることなく、笑みを含んだ声色で祝いを告げる機属達に、わたしは苦笑するしかなかった。


 違和感なく、アレに乗っている連中の顔が思い浮かぶ。


 きっと満面の笑みを浮かべ、本心から祝いの言葉を告げているはずだ。


「ああ、ありがとう」

 思わず笑みが溢れた。


 果ての樹の七色の輝きを背後に佇む五基に向けて、わたしは風になびく髪を押さえながら言った。


「――また……これからよろしくな」

「雪の上で軍服少女が、樹氷の森の中に立つ超巨大ロボを見上げてる」という、パっと浮かんだイメージ映像を、ノリと勢いだけでストーリー起こしした本作です。


「面白い」、「もっとやれ」と思って頂けるのでしたら、ご感想などでお願いします。

ご要望が多いようでしたら、長編化も考えてみます。

現状はあくまで短編という事でひとつ。

よろしくお願いします。

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