追放婚約破棄レベルの役にたたない変身能力で平凡なあたしが異世界で生き抜いています。
「きゃっ!」
白いワンピースに泥水が思いっきりかかってしまった。
目の前には馬車が止まっている。
もう少しではねられる所だった。
「ごめんよ。急いでいるんだ」
馬車をあやつっていた気の弱そうなおじさんが申し訳なさそうにしている。
お祭りの人がごったがえす中、馬車を飛ばすなんて危険きわまりない。
コンテスト開催という大きな看板が気になって、ぼんやり立ってたあたしも悪いけど……。
「何やってるの!」
怒鳴るようなキンキン声で馬車の中から豪華なドレスを来たお姫様が顔を出した。
「申し訳ありません。イライザ様」
「あちらのお嬢様をもう少しではねてしまう所でした。急いでいるのはわかりますが、もう少しゆっく――」
「あんな下民ぐらいはねた所で問題ないわよ! とにかく急ぐのよ! お化粧する時間が無くなるでしょ!」
なんという典型的な悪役令嬢。
どこのお姫様かしらないけど、下民だからはねていいなんて無茶苦茶だ。
(ひとこと言わなきゃ!)
「マミ、危ないよ」
馬車に向かおうとするあたしの両肩が力強く抱きかかえるように止められた。
「アゼル!」
笑顔でやさしく言葉をはっした。
「今日は、お店の仕入れもあと少しで終わるよ。ほら、あそこで紅茶でも飲んでまってて」
お店の事を考えたら、こんな所で揉め事を起こすわけにはいかない。
何よりアゼルの笑顔に癒やされた。
イライザの乗った馬車は、あたしのことなど無視してまた動き出した。
アゼルとあたしが見ていると後ろから声がした。
「ルクセンブルク伯イライザ、相変わらずなようだ」
いつ見ても神々しいお姿。
四銃士ジャン様。
「へー、ルクセンブルク伯爵の娘か」
アゼルは、ジャン様へいつものように気軽に言った。
「アゼルさんがお祭りなんてめづらしいですね」
ジャン様も普通にアゼルに話している。
「いや、僕は、お店の仕入れだよ。マミにお祭り見せてあげたかったのもあるけどね」
「ところでマミさんの白い洋服」
ジャン様の視線の先には、あたしの白いワンピース。
泥水がかかって半分は茶色くなっている。
「だ、大丈夫です! ほら!」
あたしはいつものように能力を発動させた。
白いワンピースは一瞬にして上下黒のパンツスタイルに。
「ほう」
ジャン様は少し驚いた。
「あたしの唯一の変身能力です」
ただし、洋服や装飾品がかわるだけで戦闘には全く役にたたない。
変身能力はレアスキルで通常はドラゴンだとか強力な魔物になれるらしい。
あたしの能力は戦闘に役たたずすぎてギルドを追放されてしまった。
「戦闘のやくには全くたたないですが……」
「何言ってるんだ。マミのおかげで僕のお店はメイド喫茶として立て直ったんじゃないか。素晴らしい能力だよ。今やこの街ではマミのこと知らない者いないぐらいの人気者だ」
しょんぼりしたあたしを慰めるためかアゼルは興奮気味で言った。
「それでは私は警護長に報告を聞きに行かないといけないので失礼するよ」
ジャン様はそう言うと立ち去った。
「僕もすぐに用事すませるから待ってて」
背を向けてゆっくりと立ち去る。
アゼルの後ろ姿がなんとなく頼もしく見える。
「あれ?」
今まで気づかなかった。
アゼルの仕事着を兼用する洋服は、だいぶ傷んでいる。
この三ヶ月、ずっと働きづめだった。
「そうだ! 待ってる間にアゼルの洋服を買ってあげよう!」
手元には500デジ。
うん。
お祭りで売ってるお面が1つ買える。
全然、足りない……。
あたしが見とれていたコンテストの看板。
たしか、あそこには。
「やっぱり!」
優勝者は100万デジ。
これなら高級な洋服を10着買ってもお釣りが来る。
「あたしの能力は、この時のためにあったのだ! 参加だ!」
※ ※ ※ ※ ※
受付をすませて奥の着替え部屋に進む。
あたしは着替える部屋なくても大丈夫なんだけど一応ね。
コンテストは単純明快。
誰でも参加可能。
見た目の美しさを競うコンテストだ。
さすが異世界。
豪華なドレスを来たお嬢様はもちろん。
猫やうさぎの耳がついた亜人の女の子までいる。
コンテストのルールも美しければ何でもOKと自由だ。
あたしもこの黒い上下の服を早くスキルを使って着替えないと。
もう時間がないし第一黒の上下では周囲から浮きすぎている。
「ちょっと! アナタ!」
誰かが苛立ちながら大きな声を出している。
「何やってるの! アナタよ! 来なさい!」
「え? もしかしてアタシ?」
声の方を見ると――。
「イライザ! ――様」
イライザは豪華なドレスに身を包みあたしを手招きしている。
「呼ばれたらさっさと来なさい。アナタ、お水を持ってきてちょうだい」
「え?」
「アナタ、ここの使用人でしょ。早く!」
「い、いえ、あたしもコンテストの参加者で……」
「なんですって?」
イライザは驚いた表情をして一瞬かたまった。
「オーッホッホッホ!」
突然、大きな声で笑い出した。
「アナタそんな格好でコンテストに出るの? 恥をかくだけだからおやめなさい。みなさんも笑わないであげて」
イライザは高笑いしながら周囲を見渡した。
まわりの参加者もイライザにあわせて笑った。
「お嬢様。こちらお水です」
馬車をあやつっていた気の弱そうなおじさんだ。
「さあさあ、こちらへ」
周囲の中傷からあたしを逃がすように誘導してくれた。
そして小さな声でささやいた。
「悪いことは言わない。参加しない方がいい」
「いえ! あたし衣装はすぐに着替えられます」
「いや、そういう事じゃないんだ。このコンテストは周辺をおさめる貴族の一般庶民へのお披露目にもなっていて……」
気の弱そうなおじさんは、もごもごと小さな声で言いながらイライザの所へ戻っていった。
みんな豪華なドレスを着ているがあたしには秘策がある。
※ ※ ※ ※ ※
「こちらのお嬢様は全身を黄金で身を包んでいます! なんと豪華! 豪勢!」
司会者がいくらかわざとらしく大げさに煽る。
集まった人々もつられて興奮気味に「おおー!」っと歓声をあげた。
壇上の裏から見える範囲でも数百人は居るだろうか。
かなり人気のコンテストのようだ。
次々と出場者は壇上へ呼ばれ並んでいく。
「へえ。お着替え間に合ったのね」
隣で待つイライザが嫌味ったらしく言ってきた。
コンテストは先着順で受付して出場するのでイライザ、そして最後に駆け込んだあたしだ。
「え、ええ……。まあ」
イライザの孔雀の羽をおもわせる豪華なドレスに比べ、あたしの紫色のドレスは見劣りする。
だが、これでいいのだ。
「ふふっ。紫色のドレスだなんて、まるでアンデッドね」
イライザは、どこまでもあたしのことをバカにしてくる。
いくら相手が偉いとこのお嬢様でも一言いってやろう。
「では、失礼。わたくしの番なので」
く、くやしい。
まるで相手しないかのように壇上へ向かい歩いてゆく。
イライザが壇上に登ると司会者がこれまでよりさらに大きな声で叫んでいる!
「ビューティフル! サンクスフル! これは豪華! まるで女神の降臨!」
「こちらはかの高名なルクセンブルク伯イライザ様!」
司会者の扇動で聴衆が盛り上がっている。
「完璧です」
「ビューティフォー」
「美しすぎて言葉がありません」
「ブラボー!」
「これはもう決まりですね」
壇上の五名の審査員も絶賛だ。
「では、いよいよ優勝者の発表です」
え? まだ、あたしが居るのに!
急いで壇上へ向かう!
「ま、まだ、あたし、います!」
司会者は驚いた顔をしてリストを見直す。
「おやおや、これは失礼。マミ様」
なんなの。
完全にあたしのことを無視、いや、イライザが優勝かのような流れ。
「思い出になるでしょうから少しぐらい良いのではなくて?」
イライザは余裕で薄ら笑いながら司会者へ言った。
「で、では、一応、真ん中へ」
あたしは壇上の真ん中へ立つと挨拶した。
「みなさま、あたしはメイド喫茶『オスティウム』のマミです」
五名の審査員は、あたしのことを全く見ていない。
しかし、目の前に広がる聴衆がざわついた。
「え? あの今、話題のメイド喫茶って言うお店のマミ様だって」
「おー、俺も言ったことあるぞ」
「すごい、『オスティウム』のマミさんだ!」
これまでアゼルと頑張ってきたお店。
潰れかけていた冒険者酒場を異世界初のメイド喫茶にして頑張ってきた事が認められた気がした。
(よし! ここで秘策を披露よ!)
壇上でくるりとまわり、同時にスキルを発動!
紫色のドレスから藍色へ。
くるくるとまわりながら変身スキルでドレスの色を変化させる。
「すごい! 一瞬でドレスの色がかわってる!」
観衆が叫ぶ。
藍色から青へ。
「すごい! すごい!」
青から緑、黄色、オレンジと明るい色へドレスを変化させる。
「おおお!」
どんどん観衆の声が大きくなる。
最後は赤いドレス!
これがあたしの秘策。
変身スキルをつかって7色のドレスを披露!
「おおおおおおおおおおおおおお!」
観衆の叫び声が最大になった。
※ ※ ※ ※ ※
「それでは投票を開始します
審査員の方々、観衆のみなさま。
一番良かったと思う参加者のお名前を紙に書いて投票してください!」
壇上の審査員五名が紙に参加者一名の名前を書いている。
観衆もそれぞれが点数を書いて投票箱に入れていく。
「では、さっそく審査員の点数から発表します」
イライザがあたしの方を見て余裕の笑みを浮かべている。
なんだろう。
あの自信は。
「おおーっと! 全てイライザ様へ満点投票です」
一瞬、観衆もざわついた。
「審査員の一票は100点なので五名で合計500点!
観衆のみなさまの1票は1点なので、これはイライザ様で決まりか!」
イライザは勝ち誇ったように高笑いした。
「おーっほっほ! わたくしの美しさを審査員の方々は理解しているようですね。
大衆のみなさまも今からでも遅くないですわよ。
わたくしの名前を書きなさい」
もしかして、やらせ?
だからずっとイライザは余裕だったのだ。
審査員票が100点だなんて。
「さあさあ、観衆のみなさま。
投票をお願いします。
どんどん開票してゆきますよ!」
イライザ500点。
マミ 28点。
「おおっと! イライザ様とマミさんの一騎打ちですね。
ここに居る観衆の方々が全員マミさんに投票すれば可能性があるかもしれませんね。
どんどん開票してゆきます!」
イライザ500点。
マミ 135点。
「一般大衆の方々は審査員の方々とは評価がわかれたようですね。マミさん人気です」
イライザ500点。
マミ 263点。
「フンッ! まったく下民は美しさというものが理解できていないようね」
イライザは焦っているのか悪態をつきはじめた。
イライザ500点。
マミ 369点。
「絶対マミ様だ!」
「審査員がおかしいぞ。マミさんが一番だった」
人々は、審査のおかしさに気づいている。
みんなが一致団結してあたしに票を入れてくれている。
「ルクセンブルク伯爵に逆らうということが、どういうことかわかってるの!」
イライザは司会者、審査員、そしてあたしを睨みつけ言った。
露骨に圧力をかけてきた。
「もう庶民どもの投票は打ち切りなさい!」
イライザは叫んだ。
あまりの剣幕に人々の動きが止まった。
「まずいぞ、ルクセンブルク伯イライザ様を怒らせて絞首刑になった者もいるらしい」
「ここでイライザ様が負けたらどんな仕打ちあるか……」
イライザ500点。
マミ 427点。
「さあ、みなさま投票しおわりましたか? 新たな表はもう無いですよね?」
まだ投票していない人々は悔しそうに下をうつむいている。
投票し終わった人々も悔しそうだ。
泣き出す女の子もいる。
「投票します!」
人々をかきわけ出てきたのは――。
「アゼル!」
「やあ、マミ。
見てたよ。
すごく綺麗だった。
僕はマミに投票します!」
アゼルはそう言うと壇上に設置された投票箱へ一票を投じた。
イライザ500点。
マミ 428点。
「こんなことをしてどうなるか? おわかり?」
イライザはアゼルを怒鳴りつけた。
「わたしも一票投票するよ」
その時、壇上にもう一人現れた。
「ジャン様!」
イライザ500点。
マミ 429点。
「よ、よん、四銃士ジャンさま……」
イライザは口をあけたまま固まった。
「ルクセンブルク伯爵の圧政は以前から耳に入っていましたが、
今回のコンテストが全てを物語っていますね。
我々王室直属四銃士は王と同等の権力を有することはご存じかと思います」
イライザは、その場に座り込んだ。
「よーし! 投票するぞ!」
「四銃士様のおすみつきだ!」
「いけえええええ!」
次々と投票がすすみ、開票されてゆく。
「全て投票が完了したようです。
結果は
イライザ500点。
マミ 1000点。
観衆のみなさまは全てマミさんへ投票されたようです!
優勝マミ様!
」
会場はこれまでにないほどの歓声で揺れた。
※ ※ ※ ※ ※
先程までの歓声が嘘のようにアゼルとの帰路は静かだ。
「マミを壇上に見た時は驚いたよ」
「見てたなら声かけてくれたら良かったのに」
「ごめん。ごめん。ちょうどドレスが七色に変化するところで見とれちゃったから」
見とれてた。だなんて、アゼルは天然なのかと思ってしまう。
恥ずかしくなって思わず顔が赤くなった気がした。
「でも、なんでコンテストなんて出たんだ?」
「賞金がほしかったから、お店のために使いたかったし……」
「そうか。ありがとう。僕もマミにお金の心配させないぐらい頑張るよ」
「あと、これ買ったの」
アゼルに洋服を手渡した。
「これは? 僕の?」
「うん。アゼルの洋服ボロボロじゃない。ずっと忙しくて余裕も無かったから仕方ないんだけど、なんとかしたくて」
アゼルはその場に立ち尽くした。
「どうしたの?」
アゼルの目からは涙があふれそうだ。
「ありがとう。マミ」
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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