リンネからの電話
パルフ・メリエの電話が鳴ったのは、マリアがちょうど晩ご飯を食べ終えたころだった。紅茶でも飲んで少しゆっくりしよう、と考えていたところにベルの音が響いたのである。
「もしもし?」
「マリアちゃん? リンネです!」
ずいぶんと久しぶりになってしまった友人。電話の向こうから聞こえる、その明るい声にマリアは思わず微笑んだ。
「リンネちゃん、久しぶり。元気?」
「うん! 元気だよ! マリアちゃんは?」
「おかげさまで元気だよ。リンネちゃんの声が聞けて嬉しい」
「私も!」
「それで、今日はどうしたの?」
「あ、そうそう! もうすぐ収穫祭でしょ? マリアちゃんはどうするのかなって。もしよかったら、どこか一日、一緒に見てまわらない?」
予想もしていなかったリンネからのお誘いに、マリアは目をパッと輝かせた。思わず受話器を握る手に力が入る。
「うん! 行きたい!」
珍しくマリアは子供のようなはしゃぎ声をあげる。電話の向こうで、リンネも
「良かった! それじゃぁ一緒に行こう!」
と上機嫌だ。二人はさっそく予定を決めよう、と互いに近くにあったカレンダーへと目をやった。
「そうだわ。リンネちゃん、私、収穫祭の期間中のどこか二日は、東都に行く予定なの。だから……」
「東都?!」
その日以外で、と言いかけたマリアの声を遮って、リンネが声をあげた。
「私も行きたい!」
再び予想もしていなかったリンネの返事に、マリアは逡巡した。
今回は、クリスティの墓参りという名目がある。とはいえ、すでにミュシャも一緒に行くことになっている。リンネだけ断るというのも気が引ける。クリスティの墓参りにカントスと二人で行っている間に、ミュシャが一人になってしまうことを考えると、リンネがいる方がいいのではないだろうか。少なくとも面識はあるのだし……。
マリアは少し考えて、
「実は、他にも東都へ一緒に行こうって言ってる人がいるのよ」
とリンネに東都へ行く目的を話すことにした。
「……そんなわけなんだけど……」
マリアが話し終えると、リンネは、わかった、と嬉しそうな返事をする。
「あの憧れのミュシャと一緒に東都でお祭りが楽しめるなんて! ミュシャが良いって言うなら、絶対に行きたいよ!」
「それなら良かった。ミュシャには私から電話しておくね。人見知りなところがあるから少し心配だけど……」
「ありがとう、マリアちゃん!」
「それじゃぁ、また連絡するね」
カチャン、と電話の切れる音がする。マリアは一度受話器を置くと、再び受話器を持ち上げて電話をつないだ。
「……もしもし?」
いくらかの空白の後、ミュシャの声が聞こえる。
「こんばんは」
「マリア! どうしたの?」
マリアがいつも通り挨拶すると、ミュシャはあからさまに声のトーンを上げた。どこか上ずったような声に、マリアはクスクスと笑う。
「ちょうどミュシャに用事があったの」
「僕に?」
「えぇ。リンネちゃんって、以前お洋服屋さんに来てくれたでしょ? 覚えてる?」
マリアがその名前を出すと、ミュシャはその名を思い出したのか、あぁ、と声を上げた。
「それで、リンネちゃんも一緒に東都へ行こうかって話になって。もし、ミュシャさえよければ、私とカントスさんがお墓参りに行っている間に、一緒に東都を見て回るのも良いんじゃないかしら」
マリアの提案に、ミュシャはしばらく考えている様子だった。マリアはミュシャの返事を待つ。
「……わかった。いいよ」
「ほんと? 良かった。それじゃぁ、リンネちゃんにも伝えておくね」
マリアの嬉しそうな声に、ミュシャはほっと胸をなでおろした。本来であれば、人見知りのミュシャにとって、たった一度しか顔を合わせたことのない人と半日近くも行動するなんて正気の沙汰とは思えないことだ。しかし、収穫祭期間にせっかく東都へ行くのだから、一人で祭りを回るというのも少し味気ない。リンネは(一人で勝手にしゃべり続けるくらい)おしゃべりだし、ミュシャの服も好きだと以前たくさん購入してくれた大切なお客様でもある。
(マリアのことを考えて、せっかくの東都なのに一人で悩んでた、なんてことになるよりはマシか……)
ミュシャはそう考えて、決断したのだった。
リンネとミュシャ。二人との電話を終え、マリアは時計を見る。存外長い時間、話していたようだ。
(リンネちゃんに電話をかけなおしたら、今日はもう寝る準備をしなくちゃね)
紅茶でも飲んでゆっくりしようと思っていたが、そろそろお風呂に入る時間だ。マリアは受話器を片手に、再びカレンダーへ視線を移す。
(収穫祭、今からとっても楽しみだわ)
カントスに、ミュシャ、そしてリンネ。三人との東都への旅は、それは楽しいものになるだろう。マリアはその旅路を想像して、自然と口角を上げた。
「もしもし?」
マリアがそんなことを考えているうちに、再び電話の向こうからリンネの声が聞こえる。
「リンネちゃん? マリアです」
何度もごめんね、とマリアが付け足すとリンネはケラケラと笑った。
「ううん! 嬉しい! マリアちゃんとなら、一日に何回だって電話したいよ!」
なんとも嬉しい言葉だ。リンネの言葉は、どんなに大げさでも冗談には聞こえない。リンネの純真さが端々ににじみ出ている。
「それで……どうだった?」
少し緊張したようなリンネの声。きっとドキドキしながら待っていたのだろう。
マリアが、ミュシャとの会話を伝えると、
「やった! 嬉しい!」
とひと際大きな歓声が上がる。リンネの高音がキン、と耳を貫き、マリアは少しだけ受話器を耳から離す。電話の向こうでリンネが大はしゃぎしているのが手に取るようにわかる。マリアはそんなリンネの様子に、ほっと胸をなでおろした。
しばらくして、上機嫌なリンネがマリアに話しかける。
「お墓参りが終わったら、マリアちゃんもお祭りを見てまわれるんでしょう?」
「もちろん。リンネちゃんと東都のお祭りに行けるなんて、夢みたい」
マリアの答えに、リンネは再び歓声を上げて喜んだ。
「私も! 本当に夢を見てるみたい! お祭りに行けるだけでも嬉しいのに、マリアちゃんとミュシャと東都に行けるなんて! これは頑張って仕事を片付けなくちゃ!」
リンネは俄然やる気が出た、とマリアに告げると、
「それじゃぁ、今日はもう少しだけ仕事してくるね! おやすみなさい!」
早口でそう言い残し、電話を切ってしまった。
今から仕事だなんて、とマリアは思うのだが、それこそ東都での収穫祭に行くため、と考えればリンネならどんなことでもやりかねない。
「私も、せっかくだから……少し準備をしようかしら」
マリアも受話器を置くと、リンネの言葉を思い出して、用意していたティーカップをしまうと、調香の部屋へと向かった。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
20/8/11 ジャンル別日間ランキング 85位をいただきました。
久しぶりに掲載していただいて、本当に嬉しい限りです、皆さまいつもありがとうございます!
リンネが出てくると画面が明るくなるような感じがします。
みんなが収穫祭に向けて、ドキドキ、ワクワクしている様子を楽しんでいただけていたら幸いです。
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