マリアの夏休み
マリアは、ケイとシャルルの二人と共に鉄道に揺られていた。見慣れた騎士団の制服と違い、私服姿の二人はどうにもまぶしい。絵になるというか、なんというか。マリアは
(なんだか場違いじゃないかしら……)
と少し縮こまる。マリアはなるべく意識しないよう、鉄道の外へ視線をやった。
窓の外に、海が見えた。祖母の故郷である小さな海辺の町からいくらか東へ行った港町。それが、今回の目的地だ。
夏休みを目前に控え、休暇前の大掃除に取りかかっていたマリア。そんな彼女のもとに、ディアーナ王女からの手紙が届いた。手紙には、新しく別荘を建てたお祝いにホームパーティーを開くので来てほしい、と書かれている。
『マリアに会えるのを、楽しみにしているわ』
ディアーナのそんな思いを断ることなど出来るはずもなく。マリアは緊張の面持ちで、今朝を迎えたのだった。
開いた窓から漂う潮の香りが、三人に目的地が近づいてきたことを知らせた。
「もうすぐだね」
シャルルの声に、マリアとケイはうなずく。ディアーナとエトワールは、先に港町の別荘にいるらしい。駅にはエトワールが迎えにくるとのことだった。
「楽しみ?」
シャルルはその微笑みをマリアに向ける。
「えぇ。少し、緊張していますけど」
マリアが苦笑すると、ケイもふっと目を細めた。
鉄道は速度を落とし、港町に滑り込んだ。海に浮かぶ島々との貿易拠点として栄えているだけあって、賑やかな人々の声が町中に響いている。爽やかに吹く海風が、潮の香りを運んでくる。太陽の陽射しは相変わらず厳しいが、それでもこの眩しさが町をより活気で満たしている、そんな気がする。
「初めて来たが、良いところだな」
ケイの感想に、シャルルとマリアも同意する。人々の笑顔が輝く、素晴らしい町だ。
「団長! 隊長! マリアさん!」
こちらです、とエトワールの声が聞こえた。駅前の噴水が水しぶきをあげている。エトワールはその前で大きく手を振っていた。三人のもとにエトワールは駆け寄ると、お待ちしておりました、と快活な笑みを浮かべた。
「少し、日に焼けたんじゃないか?」
ケイの言葉にエトワールがうなずくと、シャルルも
「僕らより少し先に来ていたとは聞いていたけど、ずいぶんと港町に馴染んだみたいだね」
と相槌を打った。
「最近はずっとパーティー続きでしたからね。外にいる時間も長くて」
エトワールは軽く微笑んで見せると、三人を馬車に案内した。
「別荘は、ここから馬車で三十分ほど行ったところです。町からは少し離れますけど、落ち着いていていいところですよ。海も見えますし」
道中、三人はエトワールから、港町のことや新しい別荘の話を聞いていた。港町の喧騒は段々と遠くなっていき、代わりに海辺特有のどこかゴツゴツとした岩肌や小高い丘、そして木々が増えていく。木々の間からは輝く海がのぞき、マリアはその光景に息を飲んだ。
「とってもきれい……」
マリアの声に、エトワールは満足そうな笑みを浮かべて言う。
「もう少ししたら、この辺りで一番の絶景が見られますよ」
小高い丘のちょうどてっぺんに差し掛かった時、一気に視界が開けた。視界を覆っていた木々は左右に分かれ、広大な海が眼前に広がる。
「わぁっ!」
マリアの歓声とともに、ケイとシャルルの瞳も輝いた。
どこまでも広がる青い海。波が揺れるたびに、太陽の光が反射して銀や緑や黄金に輝く。ヨットや小型船がその上を穏やかに進み、海鳥がその純白の羽を広げて飛ぶ。海の向こうにはいくつかの小さな島々が浮かんでいるのが見え、豊かな緑色が空と海の青に良く映えている。
「はわぁぁあ~~! すごいです! とっても!」
柄にもなく子供のようにはしゃぐマリアに、エトワールはもちろん、シャルルとケイも嬉しそうに笑みを浮かべた。
「本当に。良い景色だね」
「あぁ。こんな景色は初めてだ」
シャルルとケイの言葉に、エトワールはどこか自慢げに胸をたたく。
「夕暮れ時も美しいので、楽しみにしていてください」
愛する女性と、これからこの景色を何度も見られるエトワールを、シャルルとケイは内心、羨ましく思うのであった。
別荘は、丘をくだったところに建っていた。反対側の岸に灯台が見え、夜もさぞかし美しいことだろう、と三人は思う。真っ白な外壁に、赤い屋根。窓のフチは黄色に塗られており、どこか遊び心のあるデザインが港町の雰囲気によく合っている。テラスからはそのままビーチへ出られる造りになっていた。そこにかかる爽やかなグリーンのサンシェードも鮮やかで美しい。
「素敵なおうちですね」
マリアが微笑むと、エトワールは照れ臭そうにはにかんで答えた。
「これから、ディアーナ王女と二人で、たくさん良い思い出を作れたら、と思っています」
ディアーナは玄関先で三人を出迎えた。
「ディアーナ王女。お久しぶりです」
シャルルが跪いて挨拶をするのにならって、ケイとマリアもそれぞれ丁寧に挨拶する。
「今日はお休みなのよ! それに、堅苦しいのは苦手だと言ったはずだわ」
ディアーナは少し頬をふくらませ、シャルルの方を見つめた。シャルルが肩をすくめると、
「本当にそういうところは相変わらずね」
とディアーナは微笑んだ。そして、マリアの方へ視線を移すと、嬉しそうに駆け寄る。マリアもとびきりの笑みを浮かべて、ディアーナの方へ歩み寄った。
ずいぶんと久しぶりの再会であった。ディアーナからは、爽やかなシトラスとハーブの香りが漂う。先日、ディアーナに頼まれてマリアが調香したものだ。気に入って使ってもらえているようだった。
「会いたかったわ、マリア。元気にしているの?」
「えぇ。元気です。ディアーナ王女もお変わりないようで、良かったです」
マリアがお土産です、と手にしていた紙袋をディアーナに差し出すと、ディアーナの瞳はキラキラと輝く。
「新しい香りね!」
ディアーナの言葉にマリアがうなずくと、ディアーナは嬉しそうにそれを抱きかかえた。
三人は、ディアーナとエトワールに連れられ別荘の中へと案内される。
「使用人はいないのか?」
ケイの問いにエトワールが答える。
「せっかくなので、今日だけはせめて皆さんと夏休みを楽しむように、と。気を使わないよう、王様と王妃様が色々と考えてくださって」
「なるほど。本当に気心の知れた人だけ、というわけだ」
シャルルは少し驚いたように口を開く。それだけ信頼されているということなのだろう。
「そういうわけだから、今日は私があなたたちお客様をおもてなしするのよ!」
ディアーナの言葉に、マリアが目を丸くする。王女様にそんなことをさせるわけにはいかない。そう思ったが、エトワールが口元に人差し指を当てて、何も言わないでくれ、と目を細めた。
慣れない手つきで飲み物や食べ物を運ぶディアーナと、それをそっとサポートするエトワールの二人を微笑ましく見つめながら、マリア達はくつろいだ。
マリアの夏休みは始まったばかりだ。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
いよいよマリアの夏休みが始まりました!
そして、ケイとシャルル、エトワールと騎士団のメンバーとディアーナ王女も久しぶりに登場し、いつもより豪華な回になりました。
マリア達の夏休みを、皆様も一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。
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