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調香師は時を売る  作者: 安井優
調香師との出会い カントス編

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インディゴ

 マリアとカントスは、店の前で火を起こしていた。マリアが枯草(かれくさ)の束にマッチで火をつけると、カントスはそこへ枯れ木や小枝をついでいく。火は少しずつ大きくなり、やがてパチパチと木々の()ぜる音がする。カントスは時折パタパタとうちわで風を仰ぐ。マリアが店内から()んできたフルーツウォーターをゴクゴクと飲み干して、カントスは大きくなった火を見つめた。


「あのぅ……それで、これはいったい?」

 今朝からカントスに手伝わされていたマリアは、額の汗を拭ってその不思議な光景を見つめる。大きな鍋には、昨日買った葉と大量の水が入っている。煮立つにはしばらく時間がかかりそうだった。


 カントスはしばらく時間が出来たのか、ようやく鍋から目を離すとマリアの方へ向き直り、それからいつものおしゃべりを始めた。

「インディゴさ! 昨日の露店にかかっていた服を見たかい? 独特な青色だっただろう。あれでピンと来てね。いやぁ、まさかお目にかかれるとは」

「インディゴ?」

 マリアは首をかしげた。


「最近は、この辺じゃ出回らなくなってしまったからね! 染料は人工のものが多くて、植物を扱っている者はめっきり減ってしまった」

 カントスは嘆く。マリアは、珍しそうにその鍋に入った植物の葉を見つめた。

「絵の具の青にも使われているのさ。服を青く染めるのにもね」

 カントスは気を取り直したようにそう言うと、マリアと同じく鍋の中を覗き込んだ。


 徐々に、鍋の水が沸騰(ふっとう)していく。フツフツと音を立て、湯気が上がり、鍋の表層にはアクが出始めた。マリアはそれを真剣な瞳で見つめる。幸いにもパルフ・メリエに客が来る気配はなく、しばらくはこの作業を見続けることが出来そうだ。

「インディゴはアクが多くでる植物でね。最初の水は使えないから捨ててしまおう」

 アクが大量に出た鍋を、カントスはゆっくりと持ち上げる。

「ミス・マリア。その布を広げてくれ」

 指示された通り、マリアは布を広げる。カントスはその布めがけて鍋の水を捨てていく。布の上には煮詰められ、クタクタになった葉だけが残った。


 カントスはその葉を再び鍋に入れ、先ほどと同じく水を入れる。そして、何やら白い粉を取り出すと、それを鍋の中に入れた。

「これは何ですか?」

「洗濯洗剤と、染み抜き剤さ。これを入れることで、インディゴから青が取り出せるのさ!」

 カントスは自慢げにそう言うと、おしゃべりを再開した。


 カントスのおしゃべりに付き合うこと数十分。再び布を広げ、液体を()す。今度は布の下にバケツを置いて、そこに液体をためる。この液体はまた後で使うらしい。そして、葉をもう一度鍋に入れ、水を入れ、洗濯洗剤と染み抜き剤を入れる。

「これを何回か繰り返すと、染液が出来るというわけさ!」

 汗をぬぐったカントスは楽しそうに笑った。


 合計四度ほどその作業を繰り返したカントスは、バケツにたまった染液を鍋に移し替えた。黄緑色の液体が揺れる。独特の草の香り。マリアはカントスにフルーツウォーターを差し出す。カントスはそれを飲み干すと

「さぁ! 糸を染めようじゃないか!」

 と立ち上がり、そばに置いていた紙袋から何やら大量の紐を取り出した。


 カントスと一緒になって手袋をはめ、見よう見まねでマリアもカントスと同じく糸をゆっくりと黄緑色の液体につける。

「これが、青色になるんですか?」

 マリアは液体の色からは想像もつかない、と手元の糸に目を落とす。


 手袋をしているとは言え、先ほどまで火にかけていた湯は熱い。マリアはそれでもゆっくりと糸を液体の中で泳がせる。

「あぁ。もちろんさ! 楽しみにしていてくれたまえ!」

 カントスに暑さは無縁なのだろうか。キラキラと目を輝かせながら、湯の中でちゃぷちゃぷと手を動かしていた。


「さ、もういいだろう」

 カントスに言われ、マリアは糸を液体から引き上げる。しっかりと絞るように言われ、ぎゅっと糸を絞り、それから空気にさらす。店の外に広げたピクニックシートの上に、糸を丁寧に並べていく。夏の陽射しが糸を素早く乾燥させていく。


「わぁっ……」

 マリアは目の前で起こった現象に声を上げた。黄緑色だった糸は、ゆっくりと、しかし確実に青へと色を変えていく。みるみるうちに緑から青へ、そして空のように鮮やかな青へ。

「これがインディゴだ!」

 カントスは、はっはっは、と声をあげて笑った。


 乾燥して青く染まった糸を再び、鍋へ。液体へつけては乾かし、乾かしてはつける。これもやはり、四度ほど繰り返して、カントスがそろそろ良いだろう、と声を上げる。マリアはピクニックシートの上に並んだ美しい青の糸を見つめた。


「すごい……」

 マリアは感動したように、うっとりとその光景を眺めた。カントスも満足そうに微笑む。

「どうだい! 素晴らしいだろう!」

「はい! とっても!」

 マリアは吸い込まれそうなその青色に、満面の笑みを見せるのであった。


 カントスの腹時計が鳴り、マリアはクスクスと微笑んだ。すでに時刻は昼を回っており、太陽は高く上りきっている。インディゴ染料を片付け、ピクニックシートはそのまま店内の日当たりの良い場所へ移した。店内であれば、風でどこかへ飛んでいく心配もない。

「お昼にしましょうか」

 マリアの言葉に、待ってました、と言わんばかりにカントスはうなずいた。


「どうして、急にインディゴを?」

 サンドイッチを頬張りながら、マリアは尋ねる。

「そりゃぁ、もちろん! 夜の香りに添えるためだよ。ミス・マリア」

 カントスは口に入っていたであろう、スクランブルエッグを素早く咀嚼(そしゃく)して答える。マリアがきょとんと首をかしげると、カントスはニコリと微笑んだ。

「香水瓶を新たに作るには金がかかるだろう? だが、あの糸を普通の瓶に巻き付けて装飾として使えば、素敵な瓶が簡単に作れるのさ」


 カントスの言葉に、マリアはなるほど、とうなずいた。インディゴで染めた美しい青色のリボン。それを香水瓶に巻き付ければ、なんてことのない普通の瓶もあっという間に様変わりするというわけだ。糸に星をかたどったスパンコールやガラス玉を通して、それを飾り付けてもかわいいかもしれない、とマリアは考える。


「すごく素敵なアイデアです! さすが、カントスさん!」

 マリアがパンと手を打つと、カントスはまんざらでもなさそうに笑った。

「香水の色付けにも使えるから、これから色々やってみるといいさ」

「あぁ! この間の緑色も……」

「そう、植物からとれる色なら、香りも気にならないだろう?」

 偶然にも一つ謎を解決したマリアは、カントスにお礼を述べ、嬉しそうにサンドイッチを頬張った。


「さぁ、後は中身だな! 香り作りは順調かい?」

 昼食を終えたカントスが、美しく染めあがった糸をまとめてマリアの方へ向き直る。カントスの言葉にマリアはうなずいた。先日から作っているナイトクイーンはもちろん、それ以外にも試作品は作っている。

 マリアは、いよいよだ、と心を弾ませた。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

20/7/24 ジャンル別月間ランキング 78位をいただきました。

たくさんの方に読んでいただけて、本当に嬉しい限りです。


藍染のお話、楽しんでいただけましたでしょうか。

いつもの香りのお話とは少し違った毛色ですが、植物の持つ不思議な魅力を、これからもいろんな角度からお届けできれば、と思います。

インディゴのお話は、活動報告にも少し記載しようと思いますので、ご興味ある方はぜひ。


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