旧友と昔ばなし
マリアは、すごい偶然もあるものだ、と楽しそうに話しているシャルルとカントスに目を向けた。どうやら、学生時代の友人らしい。シャルルの表情もどこか子供っぽく、普段、騎士団長として見せている表情とは少し違った。ケイとマリアはそんなシャルルの珍しい姿に、顔を見合わせた。
「それで、どうしてカントスとマリアちゃんがここに?」
カントスのおしゃべりをやんわりと遮って、シャルルがこちらに顔を向ける。マリアは慌てて手元の小さな紙袋を差し出した。
「シャルルさんと、ケイさんにお礼を、と思いまして」
先日、北の町へ行った時のお土産だ。パン屋で買った北の国の伝統的な焼き菓子は、しばらく日持ちするので二人に渡すにはちょうど良いだろう、と考えたのだった。
ケイとシャルルは顔を見合わせる。二人からすれば、マリアを助けることは仕事の内であり、そうでなくても善意でやっているので見返りなど期待していなかったのだが。マリアもこういう時は譲らない性格だ。ケイもシャルルも、それじゃぁ、とその袋を受け取った。
「シャルルさんにも、ケイさんにも、本当に助けていただいてばかりで。本当にありがとうございます」
マリアはとびきりの笑顔で、ぺこりと頭を下げた。二人にとって、それがどれほどの効果を持つのか、マリアは知らない。カントスだけは、旧友であるシャルルの表情の変化にふっと口角をあげた。
シャルルの瞳は、そんなカントスの変化を見逃さず、意味ありげな笑みを浮かべる。
「カントス。君は、本当に……敏いところがあるね。調香師っていうのは、そういう人間が多いのか……」
カントスはニヤニヤしながら肩をすくめるだけだ。マリアとケイはその意味が分からず、首をかしげた。
「ところで、カントス。君は今どこにいるんだい? 北の教会に住んでいる、という噂は聞いているけれど」
「私は、しばらくマリアさんの店でお世話になっているよ! もちろん、仕事が終われば北の教会に戻るさ」
カントスの言葉に、ケイと似たような(正確には、それよりも殺意のこもった瞳であるようにカントスには感じられた)視線を投げつけたシャルル。カントスは再び肩をすくめて
「本当に、シャルルは昔から変わらない!」
と笑って見せるのだった。
それにしても、とカントスは隣に座るマリアをちらりと見やる。
(あのシャルルが、ねぇ)
調香師としての腕もあるだけでなく、誰にでも分け隔てなく振舞う彼女は、確かにシャルルにふさわしい相手かもしれない。いや、そんなことを言うと、隣のケイという男に刺されかねないが。カントスは、ふむ、と口元に手をあて、その笑みを隠す。
(堅物な旧友の恋、か。これは、燃えるな……)
途端に創作意欲が掻き立てられたカントスは、クツクツと笑みを押し殺した。
シャルルとケイに、門まで見送られ、マリアとカントスは騎士団本拠地を後にした。カントスはやけに上機嫌だ。軽い足取りにマリアも微笑む。
「シャルルさんがご友人だったなんて。素敵な偶然もあるものですね」
「あぁ! ありがとう、ミス・マリア。おかげでずいぶん楽しい時間だったよ!」
カントスは、マリアの方へ優雅に振り返り、貴族のような礼をして見せる。冗談めかしてはいるが、感謝の気持ちはしっかりとマリアに伝わる。
「シャルルさんも楽しそうでしたし、私も良かったです」
ニコリと微笑んだマリアに、カントスもうなずいた。
「カントスさんは、学生時代から絵をかいたりするのが好きだったんですか?」
街の広場へと向かう路面電車に揺られながら、マリアは尋ねる。カントスは窓の外を見つめたまま、どこか昔を懐かしむように微笑んだ。
「絵を描くのは、物心ついたころから好きだったよ。だが、そうだな。芸術家として生きていこうと決めたのは、シャルルと出会ってからだ」
カントスは、昔ばなしを始める。いつものおしゃべりとは違い、穏やかで、ゆったりとした口調だった。マリアも自然と耳を傾ける。
「私は、幼いころに両親を亡くしていてね。孤児として、北の教会で育てられたのさ」
「そうだったんですか……」
マリアは少し意外なカントスの過去に、思わず目を見張る。今のカントスからは想像もできない。
「教会の管理をしていた女性が、育ての親だったが……優しくて、美しい人だったよ。本当に良くしてもらった。あの頃の私には、とにかくたくさんの時間があった。教会のステンドグラスを眺めるのが好きでね。他に遊ぶ友人もいなかったし、一人で出来ることといえば、絵を描くことだった」
カントスは、窓の外へ向けていた視線をマリアに向ける。
「育ててくれた女性が、私の絵を気に入ってくれてね。いや、今思えば、あれはお世辞だったのかもしれないが……そのおかげで絵を描くことが大好きになった。調香について調べ始めたのもその頃だ。女性に何かプレゼントを贈りたいと思っていたら、香水というものを知った」
「へぇ……。素敵ですね。それで、調香の勉強も?」
「あぁ。とはいっても、周りに調香師などいなかったからね。町へ出ては露店に並ぶ香水の説明を商人から聞いては、一人で真似事をしたものさ。学生になって初めて、ちゃんとした調香の基本を、教授から学んだよ」
その頃出会ったのがシャルルだったらしい。シャルルはその頃から優秀だった。学年の中でも群を抜いて秀でており、誰しもが憧れる存在であったという。そんなシャルルが、美術の授業でカントスに声をかけた。
「その絵を売ってくれないかい?」
これが、芸術家カントスの始まりだった。シャルルは、裕福だったが決して派手に振舞わず、堅実で節制を心掛けていた。そんなシャルルが、どうしても気に入って譲ってほしかったもの。それがカントスの絵だったそうだ。
(その頃から、先見の明をお持ちだった、ということかしら)
今の芸術家としてのカントスを考えれば、そう考えざるをえない。マリアはカントスの隣を歩きながら思う。路面電車の駅を出て、二人はどこかでお茶にしようか、と喫茶店に入った。
カントスの話はその後も続いた。芸術家としてだけでなく、調香師としても働きだしたこと。芸術家として名をはせてからの出来事など、マリアはレモンのムースを口に運びながら、それを聞いていた。カントスもまた、ブルーベリーのジャムがかかったチーズケーキを口いっぱいに頬張り、満足そうに話し続けた。
「ずいぶんと、たくさん話してしまった」
珍しくカントスはそう言って、一息ついた。過去の話をして、色々と思うところもあったのだろう。カントスはアイスティーを飲み干すと、どこか遠くを見つめていた。
ある程度の買い物を済ませ、街の広場を抜ける。後は馬車に乗って帰るだけだ、というところで、カントスが何やら足を止めた。路地を一本入ったところに、店じまいを始めている露店がいくつかぽつぽつと並んでいる。カントスはその中の一つへ駆け寄ると、何やら店主と会話を始めた。
しばらく話し込むと、カントスはちょいちょいとマリアを手招きする。
「何か、必要なものがありましたか?」
「これが欲しいのだが、手持ちの金がなくなってしまった!」
カントスは乾燥した葉っぱが大量に入った瓶をマリアに見せた。金がない、というわりには堂々としているところがカントスらしい。マリアがきょとんと首をかしげると、店主は困ったように笑った。
結局、店主の好意でずいぶんと安くしてもらった。カントスはウキウキとその瓶を紙袋に仕舞い込み、鼻歌混じりにステップを踏む。
「金は後で返すから、心配しないでくれたまえ!」
カントスはドン、と胸を張った。
「いえ、それは良いですけど……。一体、何に使うんですか?」
マリアの質問に、カントスは
「それは、明日のお楽しみさ」
と口元に人差し指を当て、ニコリと微笑んだ。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
20/7/23 ジャンル別月間ランキング 75位をいただきました。
本当にたくさんの方の応援、いつも大変嬉しく思います。ありがとうございます!
今回は、シャルルとカントスのお話でしたが、楽しんでいただけましたでしょうか。
そして、次回はまたカントスが何かを考えているようです……。(笑)お楽しみに♪
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