騎士団本拠地
様々な色の屋根が立ち並ぶ街の広場で、カントスは子供のようにはしゃぎまわっていた。露店の商品を見ながら、マリアはそんなカントスを見守る。普段北の町にいるせいか、南の品物は珍しいらしく、南の町から来た品々を楽しそうに見つめては、カントスは店主に話しかける。カントスを気に入ったのか、はたまた、ただならぬ圧に負けたのか、店主は何やらカントスに品物を手渡した。
「いやぁ、なんて素晴らしいところなんだ!」
カントスの腕の中には、いつの間にかたくさんの品物があふれている。もうこれ以上は持てない、というカントスからいくつかカバンに入るものは引き受け、マリアは近くにいた商人から紙袋を一つもらう。カントスは満足げに笑みを浮かべ、品物をどっさりとその紙袋に入れると大切そうにそれを抱きかかえた。
「少し、城下町の方へ用事があるので、路面電車の駅近くでお昼にしましょうか」
「パスタのおいしい店はあるかい?」
カントスは目を輝かせる。どうやらパスタが好物らしい。マリアがうなずくと、カントスはより軽やかな足取りで歩き出した。
レモンのソースが爽やかに香り、マリアは
「ん~~!」
と頬を緩める。味付けもしっかりとしていて、パスタに良く絡んでいる。目の前に座っていたカントスも、白身魚のペペロンチーノに舌鼓を打つ。
「カントスさんは、普段、お料理はどうされてるんですか?」
「教会にはキッチンがなくてね! 近くの村の人が食事を持ってきてくれるか……まぁ、何も食べなくても、二日くらいは生きていけるさ!」
カントスの言葉にマリアは思わず手を止める。それは、つまり、近くの村の人が心配して食事を持ってきてくれているのでは、と思うが、マリアは口には出さず曖昧に微笑む。
結局、サラミのプレートとトースト、デザートを追加注文したカントスは、それらをペロリと平らげて目を細めた。北の町へ戻るころには、丸くなっているかもしれない。店を出ると、ちょうど路面電車が駅に入ってくる。マリアとカントスは慌ててそれに乗り、城下町の入り口まで約三十分。電車に揺られていた。
城下町に入ると、より一層にぎわいを増す。マリアは、カバンから地図を取り出して、人の波を縫うように歩きだす。カントスとはぐれてしまわないよう、注意を払いながら、マリアは東へ向かう。
「ミス・マリア。どこへ向かっているんだい?」
いつの間にか、マリアの一歩手前を歩いていたカントスは楽しそうに振り返った。
「騎士団の本拠地です。お礼をしたい方がいるので」
「おぉ! 一度見てみたいと思っていたんだ! 壮大な門があるのだろう?」
「そうなんですか? 実は、私も行ったことがなくて」
「あぁ、聞いたことがある! なんでも古くからある石造りの門らしくてね。それがとても美しいというものだから、ぜひ行ってみたいと思っていたんだ!」
「へぇ。それは楽しみです」
カントスの言葉に、マリアも期待に胸を膨らませた。
十五分ほど歩いただろうか。マリアとカントスは、目の前にそびえる大きな門に思わず口を開けた。
「すごい……確かに、壮大です」
「百聞は一見にしかず、とはまさにこのことだな!」
カントスはうんうん、と首を大きく縦に振り、その石造りの門を上から下まで、左から右まで、余すところなく目に焼き付けた。
大きな石を隙間なくいくつも積み重ねて作られているその門は、見る者を圧倒するほどの大きさがある。木製の重厚な扉には、レンガ色に塗られた鉄の装飾が施されており、派手さはないものの、歴史の重みと格式を感じる。門の上部には、騎士団の紋章を象るようにガラスがはめこまれており、陽の光に反射して眩く輝いていた。
マリアとカントスがそれをしばらく眺めていると、門の前に立っていた衛兵がこちらに歩み寄ってきた。
「もしかして、マリアさんではありませんか?」
マリアはまさか自らの名前を呼ばれるとは思わず、衛兵の方へ振り返った。
マリアに声をかけてきたのは、王城で何度かあった衛兵だった。シャルルとケイに用事がある、と伝えると、男は少し待っていてください、とその大きな門を開けた。重厚な門が開く音が、あたりに響き渡り、マリアとカントスは顔を見合わせる。門が開ききった瞬間の音に、地面が揺れたのではないか、と思うほどだった。
しばらくすると、ケイが駆け寄ってくるのが見えた。訓練中だったようだ。木刀を片手に握ったまま、空いている手で軽く汗をぬぐうと、マリアの姿を見つけて小さく手をあげた。
「マリア!」
こんなところまで急に、と言いかけてケイは、マリアの隣に立つ長身の男を見る。
「あ、こちらはカントスさんです。カントスさん、こちらはケイさん」
ケイの困惑した表情に気づいたマリアは、慌てて互いを紹介した。
「今は、マリアさんの店で厄介になっていてね!」
この時のケイの顔を忘れることは出来ないだろう、とカントスは思う。ケイの目に宿った一瞬の感情。命の覚悟をした方がよさそうだ、ということだけは確信できた。当の本人であるマリアは全く気付いていないようだが。
「立ち話もなんだから、良かったら中に入ってくれ」
ケイにそう言われ、マリアとカントスは石造りの門をくぐった。騎士団の本拠地に足を踏み入れる、ということに対して、王城とは少し違った緊張感がマリアを包む。そんなマリアの表情がおかしくて、ケイはふっと笑みをこぼす。
「そんなに緊張しなくて良い。騎士団の本拠地、といっても、祭りの日や、入団試験なんかじゃ一般人も入れる」
マリアの隣を歩いていたカントスは緊張等とは無縁のようで、建物の造りや装飾を珍しそうに眺めていた。そんなカントスを、珍しい目で見るのは騎士団の人達だ。ケイの隣を女性が歩いている、というのも珍しいのか、マリアも多くの視線を感じて小さくうつむいていた。
建物自体は古い造りのようだが、中は掃除が行き届いており、清潔感があった。とても男所帯とは思えない。余計な物があふれていないところを見ると、徹底したルールによって建物の管理がされているように感じられる。夏だというのに、石の壁はどこかひんやりとしていて、気持ちが良い。外からは訓練の声が聞こえ、マリアはなんだか不思議な気分になった。
ケイは、一つの扉の前で立ち止まる。扉をノックすると、中から聞き馴染みのある声がした。
「団長、お客様です」
「どうぞ」
シャルルは、扉の前に立っている人物に目を丸くした。
「……シャルル?」
驚いたような声を発したのは、マリアの隣に立っていた男。カントスだ。マリアは、カントスを。ケイはシャルルを見て、それから互いに顔を見合わせた。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
20/7/22 ジャンル別月間ランキング 76位をいただきました。
本当にいつもたくさんの応援、ありがとうございます。
今回は、初めて騎士団本拠地を描いてみましたがいかがでしたでしょうか。
不思議な繋がりというか、巡り合わせは、次回お楽しみいただけますと幸いです!(笑)
少しでも気に入っていただけましたら、評価(下の☆をぽちっと押してください)・ブクマ・感想等々いただけますと、大変励みになります!




