表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
調香師は時を売る  作者: 安井優
調香師との出会い カントス編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/232

衝撃の連続

 カントスは、意外にも(といっては失礼かもしれないが)礼をわきまえているようで、部屋を案内すると、心ばかりの荷物を片隅に置き、

「掃除は手伝おう。料理も簡単なものなら作れるし、これも一宿一飯の恩義。マリアさんの助けになれることなら、なんでもしよう」

 そう言って微笑んだ。


 そうは言ってもお客様だ。マリアにとっては、同じ調香師として色々聞きたいこともある。気持ちだけ受け取って、大丈夫ですよ、と首を横に振った。

「いや! そう言うわけにはいかない! ならばせめて、いくらか受け取ってくれないか」

 カントスは真剣な表情でそう言って、お金をいくらか差し出す。多すぎる気もするが、食材等の足しにしてくれ、と付け足すので、マリアも仕方なくそれは受け取った。


「絵を一枚と香りを一つ作ったら、帰ると約束しよう!」

 つまり、それはどの程度の滞在期間なのだろうか。マリアが首をかしげると

「わからない! だが、まあ、二週間といったところだろうな!」

 なぜか自信満々にそう言われ、マリアは、はぁ、と小さく生返事をする。二週間、というのは長いようでいて短い。これも何かの縁だ、とマリアはうなずいた。


「分かりました。もしよかったら、調香の様子を見せてもらうことってできますか?」

「もちろんだよ! ミス・マリア。むしろ、私の芸術作品を見ていただきたい!」

 カントスは嬉しそうに両手を広げた。聞きたいことはたくさんある。想像もしていなかった展開だが、マリアにとっては願ってもないチャンスだった。


 マリアの夕食をおいしい、おいしいと言ってカントスはペロリと平らげてしまった。その細身な体のどこに入っているのだろう。マリアは、目の前で嬉しそうに目を細めているカントスを見つめた。

「ん? 私の顔に何かついているかね」

「いえ。お口に合ったようで、良かったです」

「あぁ。誰かの手料理というのは良い物だね。おいしかったよ、ありがとう」


 風呂を終えたカントスに、マリアは一瞬固まった。ブルーベージュの透明感のあるくせ毛は、水の重みで(つや)のあるストレートに変わっている。そのせいか、もともと長かった髪は肩のあたりまで下りていた。

「お風呂なんて久しぶりだよ! まったく素晴らしいね! 教会には、シャワーしかないし。それに、カモミールの精油が入っているなんて! さすがはマリアさんだね!」


「髪、乾かさないと風邪をひいちゃいますよ?」

 マリアがそう言うと、カントスは、

「そうか……ドライヤーもあるのか……」

 と独り言ちた。北の教会の生活レベルがどれほどのものなのか分からないが、本当に教会の機能だけなのであれば、質素なものだろうと思う。もしくは、カントスの人間性がそうさせているのかもしれなかった。


 髪を乾かし終え、ようやくマリアの見慣れた姿になったカントスは、何かを書いている様子のマリアをのぞき込んだ。自らの頭上に影ができ、マリアも驚いたように顔を上げる。

「……夜の、香り?」

 カントスがメモの一文を読み上げると、マリアは、少し照れたように微笑んだ。

「カントスさんの香りに出会って、色々考えたんです。私にはないアイデアでしたから」

 マリアの言葉に、カントスは目を輝かせた。


「それは素晴らしい! 何か手伝えることはないだろうか!」

 カントスはマリアの目の前に腰かけると、そのメモをしげしげと見つめた。

「夜の香りか。なるほど。響きも素晴らしいし、とても良いアイデアだ。そうだな、色はネイビーに金箔を入れて……」

 カントスはすでに自らの脳内にイメージが湧き上がっているようで、ペラペラとしゃべりだした。


「ちょ、ちょっと待ってください!」

 マリアがストップをかけると、カントスはキョトンと首をかしげる。

「カントスさんは、香りからではなく、見た目から考えてらっしゃるんですか?」

 マリアの質問に意味が分からない、というようにカントスはさらに首をかしげた。


「違うのかい?」

「私は、香りから考えて作っていますね……」

「だが、香りは開けるまで分からないだろう? 人はまず、見た目で判断する。そして、想像するのさ! これはいったい、どんな香りがするのだろう、とね!」

 カントスは高らかにそう言い切って、ポカンと口を開けるマリアの方へ視線をやった。


 今まで、実在するものから、作用を考えて香りを作りだしてきたマリアには、目からウロコだった。確かに、カントスのような『実在しない香り』を作るとなれば、見た目を重要視するのもうなずける。人は無意識にイメージしてしまうものだ。見た目と香りの名前から、どんな香りがするのだろう、と。


「なるほど……。香りと同じくらい、見た目が大切、ということですね」

「私はそう考えているよ。それに、見た目が分かっているほうが、我々にとっても香りを作りやすいはずだよ。マリアさん」

「どういうことですか?」

「マリアさんは、シーバックソーンという果物は知っているかな?」

 唐突な質問に、いいえ、とマリアは首を横に振る。カントスは、マリアの手からメモとペンを取ると、さらさらと何かを書き始める。


「どんな香りがすると思う?」

 手を動かしながら、カントスはマリアに尋ねる。

「うぅん……全然わかりません。果実なら、濃厚な甘みか、もしくは甘酸っぱいような香りでしょうか……」

 マリアの答えに満足したのか、カントスはうなずく。


 メモを渡されたマリアは、その絵を見つめた。さすが、芸術家。数分とかかっていないのに、美しい植物の絵が描かれている。小さな実がついた低木だ。

「これが、シーバックソーン。大きさはコーヒー豆くらいの小さな実で、黄色だよ」

 カントスはそう説明を加えて、もう一度マリアに尋ねた。

「どんな香りがすると思う?」


 マリアは、その絵を見つめて、再び考える。小さな実と、黄色という色から、酸味が連想された。

「そうですね、爽やかな……酸味……渋さを感じられるかもしれません」

 カントスは、そんなマリアの答えに満足したのか目を細めた。

「そういうことさ。見た目がある方が、香りもより詳細にイメージできたんじゃないかい?」


 カントスとの出会いは、マリアにとっては衝撃の連続だった。身を持って体感するとは、まさにこのこと。普段とは逆に、マリアがカントスの手をしっかりと握る。

「すごい! すごいです! カントスさん!」

 マリアの様子にカントスは気を良くして、それからしばらくの間、森の外にフクロウの声が響くまで、しゃべり続けた。


「おやすみなさい」

 興奮冷めやらぬマリアが、そう言って頭を下げると、カントスはその手を取って

「おやすみ、ミス・マリア」

 とマリアの手の甲にキスを落とした。この行為は二度目だが、マリアが慣れることはない。


 顔を真っ赤にしたマリアなど、まったく気にする様子もなく、カントスは自室の扉を閉めた。

(カントスさんって……不思議な人だわ……)

 残されたマリアは、茫然(ぼうぜん)とそんなことを考えながら、ベッドに入るのであった。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

20/7/19 ジャンル別月間ランキング 67位をいただきました!

いつも本当にありがとうございます。


いよいよカントスとの不思議な共同生活の始まりです。

作中に出てきた、シーバックソーンという植物については、活動報告に少し記載しております。

ご興味ありましたら、ぜひそちらもよろしくお願いいたします。


少しでも気に入っていただけましたら、評価(下の☆をぽちっと押してください)・ブクマ・感想等々いただけますと大変励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ