スウィート・ランチタイム
マリアは目の前に運ばれてきたプレートに目を輝かせた。色とりどりの野菜がのったサラダに、小さなパン。オニオンスープに、クラッカーとチーズ。そして何より目を引くのは、生ハムやベーコン、ウィンナーが美しく並べられた中央の皿だ。
「すごくおいしそうです!」
マリアはフォークとナイフを手に取って、嬉しそうに微笑んだ。
街の広場から少し北の方へ歩いたところ。住宅街の真ん中に、その店はある。ケイが住んでいるアパートの近くにあり、いつだったかたまたま見つけて以来、ケイの行きつけになっている。味はもちろんだが、値段に対してボリュームがあるので、ケイのような良く動き、良く食べる人間にはもってこいだった。
ランチをしようということになったが、どこに行くべきか。もちろん、女性をエスコートする等という経験が皆無に等しいケイには、これはあまりにも難しい問題だった。しかし、あてもなく歩くというのも性に合わない。結局、いつも自分が行っている店を紹介するのが良いだろう、というのがケイの結論だった。
(まさか、こんなに喜んでくれるとは)
目の前で嬉しそうに料理を口に運んでいるマリアの様子に、ケイも目を細める。
「ケイさんの、ローストビーフも本当においしそうですね」
マリアはニコリと微笑んで、器用にウィンナーを小さく切って口に運ぶ。
「……食べるか?」
ケイがそう言ってローストビーフを差し出すと、マリアはしばらくケイの方を見つめた。
ケイは、自らのした行動に気づき、それからあまりの恥ずかしさに顔を赤らめた。
「す、すまない! これは、その……変な意味では!」
マリアも頬を赤く染めて、しばらく視線をさまよわせる。
「妹がいたせいか、つい……」
ケイがしどろもどろにそう弁明していると、マリアが意を決したように身を乗り出して、えい、とケイの差し出したフォークをぱくりとくわえた。
デジャヴだ。ケイは思う。だが、以前と状況が違う。この間は、マリアは風邪をひいていて意識が朦朧としていたのだろう。今回は、どうだ。マリアは風邪などひいていないはずだ。ケイも決して、夢を見ているわけではない。
マリアは顔を真っ赤にしてうつむき、小さな声で
「おいしいです……」
そう言った。そして、それから黙々と自らの料理を食べる。ケイの心臓はバクバクとうるさく、ケイもマリアの顔をそれ以上見ることは出来なかった。そんなわけで二人は、それから料理を食べ終わるまでの時間を黙って過ごしたのだった。
食後に紅茶を持ってきた店長が、
「かわいいガールフレンドじゃないか。これ、サービスだ」
とアイスを二つ持ってきた。マリアとケイは互いに顔を見合わせ、再び顔を赤く染める。
「すまない、その……」
「いえ、私こそ……」
ケイとマリアは、顔の熱を冷ますように、アイスに口を付けた。
アイスを食べ終わり、紅茶に口をつけていたころ、ようやくマリアも熱が引いたのか口を開く。
「ここには、よく来られるんですか?」
「あぁ。家がこの辺りなんだ」
「そうだったんですね。なんだか、今日はケイさんのことをちょっとだけ知れた気がします」
マリアはそう言ってクスクスと笑う。
「妹さんとは、いくつ離れてるんですか?」
「二つだ」
「仲がいいんですね」
「そうかもしれないな。そのせいか、いつまでたっても、こうやって無茶を頼まれる」
ケイは脇に置いたキングスコロンのショッピングバッグをちらりと見やった。
「ふふ。でも羨ましいです。ケイさんみたいなお兄さんがいて、妹さんも幸せですね」
「そう、なのか?」
ケイの素直な疑問に、マリアは大きくうなずく。
「えぇ。優しくて、頼りがいのある、素敵なお兄さんじゃないですか」
マリアにそう言われては、ケイも返す言葉がない。ニコリと微笑まれ、ケイは思わず視線をそらした。本当に、かなわないな。ケイは心の中で呟いた。
他愛もない話をいくつか重ねて、二人は店を後にした。
「本当に、おいしかったです。良ければ今度、私のおすすめのお店も紹介しますね」
マリアはケイの隣でそう言って笑う。これは、二度目があるということなのだろうか。ケイは先ほどからドキドキと落ち着かない鼓動に耳を傾ける。不思議と悪くはなかった。
(本当に、俺は……)
一体どうしたのだろうか、と自問するも答えは出ない。マリアとのまた今度、を心の中に大切にしまって、ケイは隣で楽しそうに話すマリアを見つめていた。
「それじゃぁ、ここで」
マリアは、街の広場に出たところで立ち止まった。名残惜しい、と思うのは俺だけだろうか。ケイは同じように足を止めた。いつもなら、マリアとここで別れ、郵便屋に行って妹に香水を送る。そうすれば、ケイの今日の一日は幕を閉じる。だが、そうしてこの夢のようなひと時を手放してしまうにはどうにも惜しかった。
「マリア」
ケイはマリアの名前を呼ぶ。ほとんど無意識に近い。ケイはすでに背中を向けていたマリアの手を取っていた。マリアは振り返り、驚いたようにケイの顔を見つめる。ふわりと柔らかな花の香りが、二人を包んだ。
「その……」
ケイは逡巡する。マリアはきょとんと首をかしげた。
「もしよかったら……これからもこうして、会ってはくれないだろうか」
二人で。その言葉はほとんど消えかかっていた。ケイは耳まで赤く染めて、耐え切れなくなったのかマリアから視線を逸らす。
「もちろん、良いですけど……」
ケイの熱がうつったのか、マリアもそっと視線を落とした。また、顔が赤くなっているのではないだろうか、とマリアは思う。どうしてこんなに、緊張しているのだろうか。手が触れている部分が熱い。
ケイはマリアの声に、パッと顔を上げた。視線を落としているマリアとは、目が合わない。
「ありがとう」
「い、いえ……」
ケイがつかんでいた手を離すと、マリアはようやく顔を上げた。ふわりと微笑んだケイに、マリアもつられて微笑む。夏の陽射しのせいだろうか。二人は自らの体温がじわりと上がっているような気がした。
「それじゃぁ、また」
「あぁ。また」
マリアとケイは、それぞれ小さく手を振って別れる。互いに、少しだけ足早に。マリアは
(もしかして、これって……デート……だったのかしら……)
と今更になってそんなことを思い、はわぁ、と声にならない声をあげた。ケイはと言えば、
(俺はいったい、何を……)
一人になったことで急に冷静になり、茫然とした。しかし、ケイの心にはそんなことを忘れさせるほどの幸福感が芽生えていた。
髪をなでるように吹いた風が、二人の熱をさらって溶かしていく。眩くきらめく太陽が、二人を照らしていた。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
20/7/13 ジャンル別週間ランキング 75位、月間ランキング 63位をいただきました!
たくさんの応援、本当にいつもありがとうございます!
柄にもなく……ずいぶんと甘々なお話でしたが、いかがでしたでしょうか。
皆様に楽しんでいただけましたらとても嬉しいです!
今回で、パーキン編はおしまいになります。
次話からの新章でも新キャラが登場しますのでぜひ、お楽しみにいただけますと幸いです。
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