販売初日
マリアは汗をハンカチで拭って、キングスコロン社の前で立ち止まる。今日は、『恋が叶う香り』改め、フローラルコロン『愛の花束』の発売日だ。パーキンからの手紙に、ぜひ来てくれ、と書かれていたため、こうしてお邪魔することになった。
「すまない。少し待たせてしまったか」
後ろから声がかかり、マリアは振り返る。爽やかなブルーのシャツに、美しいシルバーのピンが揺れている。ズボンは白。パーキンは爽やかな夏の装いになっていた。
「いえ、早く着いてしまって……」
マリアは言いかけて、口をつぐむ。
「髪を、お切りになられたんですね」
「あぁ。どうにも暑くてな」
「似合ってると思います。とっても素敵です」
パーキンの後ろで一つにまとめられていたネイビーブラックの髪は、さっぱりと耳下くらいまでに切られており、その代わりに前髪はオールバック風になっていた。さすがに人に見られる仕事なだけあって、おしゃれだな、とマリアはその姿に目を細める。
「そうか。どうにも妻には不評だったんだが」
「綺麗な髪ですから、もったいなかったのかもしれませんね」
マリアがクスクスと微笑むと、パーキンは無表情のままうなずいた。
「そういうものか」
「そういうものです」
パーキンは、行こうか、と声をかけ、ショップの方へ歩いて行った。
ショップの中へ入ると、直接日光が当たらない分いくらか暑さはましになる。マリアは、目の前に広がる光景に歓声を上げた。
「すごいです! こんなに……」
入り口の目の前、ショップのど真ん中に位置する大きな白いウッドテーブル。これでもか、と並べられた香水瓶が美しく輝き、たくさんの花やハート、リボンの装飾があしらわれていてかわいらしい。
マリアの反応を見て、パーキンは口角を上げる。
「一つプレゼントしよう。代わりに、香りを確かめてくれないか」
パーキンはそう言って、一つ商品を手に取ると、マリアの方へ手渡した。マリアはそういうことなら、とそれを受け取って、フタを開ける。
柔らかな花の香り。優しく、ほのかに香る女性らしい甘さと清廉さ。レシピを教えたとはいえ、完璧な仕上がりだった。
「すごい。私が作ったものと同じです!」
「良かった。花の香りは難しくてな。思っていたより時間がかかったが……、納得のいくものが出来た、と今確信を持てたよ」
パーキンは微笑み、それからその瓶を自ら、美しいショッピングバッグに包んだ。バッグの持ち手にはリボンが付いており、本当に細かなところまで配慮されていることが分かる。これなら、女性だけでなく、男性からも女性へのプレゼントとして重宝されることだろう。
「本当に、夢みたいです。私の作った商品が、こんな風になるなんて」
「すべて、君のおかげだ。ありがとう、マリア」
パーキンが差し出した手を握り、マリアはニコリと微笑んだ。
「もしよければ、奥の部屋で少しばかり様子を見ていくか? 客の反応を見るのも、面白いものだ。何か冷たいものでも出そう」
パーキンの提案にマリアはうなずく。パーキンに案内され、マリアはその後をついていった。
ショップの二階。レジの真上くらいに位置する部屋は、眼下にショップを一望することができる。新商品を出した時などは、こうしてパーキンが様子を見ているらしい。
「私も一応、一介の経営者でね。客がどのような反応をするのか、それを確かめるのが楽しみなのさ」
パーキンはそう言って、氷の入ったグラスを口へ運ぶ。今日はコーヒーではなく、レモンティーだった。爽やかな酸味とほのかな甘みが、暑い時期にはちょうど良い。
しばらくすると、ショップが開店したのか、店内には多くの女性が入ってきた。広い店内も人であふれ、あっという間ににぎやかな雰囲気に包まれる。若い女性がこぞって、『愛の花束』を手に取り、会計へ並ぶ姿は、マリアにとっては圧巻だった。
「宣伝した効果が出ているな」
パーキンも満足そうにその様子を見ている。売れ行きは上々。期待通りだ、とうなずいた。女性たちの嬉しそうな笑顔が、マリアの胸をじんわりと温めた。
そんな様子を眺めていると、マリアは見慣れた人物を見つけて思わず目を見張った。若い女性に混じると、背の高いその姿は異常なまでに良く目立つ。隣にいたパーキンも、おや、と声を上げた。
「まさか初日から男性が買いに来るとは……本当にすごい効果だ」
「あの……」
「ん?」
「私の、お知り合いの方です……」
「はっはっは、なるほど。それでわざわざ。いやはや、良いお兄さんをもって妹さんも光栄だろう」
パーキンの声が、ショップの二階の部屋に響く。パーキンの前に座ったケイは、珍しくいたたまれない、という表情で視線をさまよわせていた。
そう。マリアとパーキンが見つけた男性。それこそが、ケイだった。いつもの騎士団の服ではなく、Tシャツにズボンというラフな格好で、どうやら仕事が休みだったらしい。国の外れに住む妹が、キングスコロンの『愛の花束』について噂を聞きつけ、どうしても、と国の中心部に住む兄を頼ったのだそうだ。ケイは妹のため、と仕方なくキングスコロンへ足を運んだのだが、周りがこんなにも若い女性だらけだとは思わず、驚いたそうだ。
「普段は、パルフ・メリエに行っているもので。まさか、こんなに若い女性が多いとは思いませんでした」
店を出ようとしたところ、マリアとパーキンに呼ばれ、ケイはこうしてショップの二階に案内された。まさかこの香水がマリアとのコラボだったなんて。ケイは自分に恐ろしく似合わないショッピングバッグに目をやった。
「パルフ・メリエは特殊だよ。場所のせいだろうがね。いや、でも記念すべき男性のお客様第一号がまさかマリアのお客とは。面白い巡り合わせだ」
パーキンは興味深そうに何やらノートへ書き記している。そして、男性はやはりこういう場所には入りにくいか、とケイの反応を見ながら何かを考えているようだった。
ケイはといえば、まさかこんなところでマリアに出会うとは思わず、少し緊張していた。マリアの恰好のせいかもしれない。夏らしいノースリーブのワンピースから覗く腕がまぶしい。爽やかな青と白のストライプ柄だが、襟の部分にはかわいらしい花の刺繍が施されている。スカートのフチにもレースがあしらわれており、華奢で繊細なマリアの雰囲気を上品に見せていた。
「すまない、少し考えたいことが出来た。もし、二人が良いならこれで今日は失礼させてもらうよ」
パーキンがそう言って、何やら書き留めていたノートを閉じる。マリアとケイは顔を見合わせた。
「そうですね。では、私もお暇します」
「あぁ。こちらこそ、邪魔して悪かったな」
ケイはパーキンと軽く握手をして、マリアとともに席を立つ。ショップを出たところまでパーキンが見送ってくれたので、ケイとマリアは二人で頭を下げた。
「じゃぁ、またいつでも遊びに来てくれ。歓迎するよ」
その声に、ケイは小さく会釈し、マリアは小さく手を振った。
キングスコロンを出たケイとマリアは、街の広場の方へ向かって歩いていた。夏の陽射しが二人を照らす。
「それにしても、まさかケイさんにお会いできるとは思いませんでした」
マリアがそう言うと、ケイも少し照れたようにうなずく。ケイは、マリアの方をちらりと盗み見て、
(昼食にでも……っていうのは、さすがにいきなり厚かましいか……?)
と思案した。マリアとは色々あったが、何せ女性に慣れていない。二人で食事をしたりするのは、デートというのではなかろうか。ケイは悶々と考える。
「ケイさんは、今日はこの後予定とかあるんですか?」
ケイがそんなことを考えていると、マリアが先にそう尋ねた。
「い、いや……。これを、郵便屋に持って行くだけだ。マリアは……何かあるのか?」
「いえ。特にないので、実家に顔を出すか、家に戻るかのどちらかです」
ケイの質問に、マリアはあっけらかんと答える。ケイは、それなら、と心の中で様々な言葉を巡らせ、
「もしよかったら、昼食でもどうだ……」
といつもより少しだけ小さな声でそう尋ねた。結局、無難な言葉しか出てこない自分が恨めしい。だが、言葉にしただけ、自分をほめてやりたい。
「良いんですか? それなら、ぜひ」
マリアの柔らかな笑みに、ケイの心は大きく跳ねた。
(……なんだ、これは)
自らの鼓動に違和感を覚えつつ、ケイは嬉しさをおさえられないでいるのだった。
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久しぶり(?)のパーキン、そしてケイさんの登場です!
パーキン編もそろそろおしまいですが、次回もぜひお楽しみに♪
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