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調香師は時を売る  作者: 安井優
調香師との出会い パーキン編

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アイラの恋

「あの、アイラさん……実は……」

「ふふ、わかってるわ。恋が叶う香りなんて、そんな魔法のようなものは存在しない。そうでしょ?」

 マリアが言い(よど)んだ先を、代わりにアイラが続ける。アイラは自嘲(じちょう)気味に笑った。


 それならばどうして。マリアの質問が声になる前に、アイラが続ける。

「でも、そうね……お守りが欲しくなった。そう言えばわかるかしら」

 アイラは微笑んで見せたが、どこかその表情には切なさも混じっているように見える。

「お守り、ですか……」

 マリアは少し考えて、ゼリーを一口運んだ。甘酸っぱいレモンの香りが口いっぱいに広がった。


「マリアは、好きな人とかいないの?」

 突然の質問に、マリアは目をパチパチさせる。

「ミュシャくんとずっと一緒じゃない。彼はどうなの?」

「ミュシャは、大切な友達ですし……もう、家族みたいなものです」

 マリアがそう言うと、今度はアイラが目をパチパチさせた。それから額に手を当てて、

「ま、マリアがそうなら仕方ないわね」

 と独り言ちる。


「私はね、シャルルさんのことが好きなの」

 アイラは真剣な顔でそう言った。それから少し微笑んで

「きちんと話したのはたった一度だけ。後は遠くから眺めているのが精いっぱいだった。それでも、不思議よね。お見合いをして、自分が結婚するかもしれない、って思ったときに、シャルルさんの顔が思い浮かんだのよ」

 マリアはゼリーを食べる手を止めて、アイラを見つめた。


「この気持ちは、憧れかもしれない。けれど、本人に伝えたいと思ったの。結果はどうであれ、ちゃんと伝えて初めて、私はきっと前に進める」

 アイラは、賢く、優秀で、そして自分自身のことをきちんと理解している。そんな彼女が出した結論だ。マリアに否定することなど、出来るはずがない。


「ま、振られるのは分かってるんだけどね」

 アイラはそれこそ本当にそれで良いと思っているようで、ケラケラと笑って見せた。

(……アイラさんって、本当に強くて、素敵な女性だわ)

 マリアが本人の立場だったらどうだろうか。少なくとも、こんな風に笑える自信はなかった。


「そんなわけで、叶わぬ恋と分かっていながら、告白する勇気が欲しかったのよ。そうしたら、マリアの店の噂を聞いてね」

 マリアはなるほど、とうなずいた。

「そう言うことでしたら……」

 マリアはテーブルの上に置かれたままの、一冊のノートを取り出した。


 アイラは、驚いた様子でマリアを見つめた。マリアはにこりと微笑んで、ページをパラパラとめくる。ノートにはびっしりと調香のレシピが書かれている。マリアの仕事道具の一つだ。マリアはどこか嬉しそうに、いくつかのレシピをピックアップしていった。


「ねぇ、マリア。私専用の恋が叶う香りを作るって……大変じゃないの? 忙しいみたいだし、他の人達が買っているのと同じでいいのよ」

 マリアの提案。それは、アイラ専用の恋が叶う香りを作る、というものだった。アイラが言うと、マリアはぶんぶんと首を横に振る。

「何を言っているんですか! アイラさんの大一番、最高の思い出にしましょう」

 そう言った。


 振られた時のことなど、本来は思い出したくもないはずである。しかし、アイラには、マリアが最高の思い出にしようと言えば、そうなるような気がした。少なくとも、これで一つ踏ん切りがつくというものだ。お見合いの相手も悪い人ではない。前を向いて、お見合いに集中できる。アイラは自然とそんな風に考えていた。


 完成したら、郵便屋さんに届けてもらいますから、とマリアはとびきりの笑顔でそう言って、ゼリーを片手にレシピを見つめている。アイラもあまり遅くなっては帰りの馬車がなくなってしまうので、(なか)ばマリアに押し切られる形で店を後にした。


(……ただお守り代わりに、と思っていただけなのに。なんだかすごいことになっちゃったわね……)

 アイラは店の外で大きく手を振るマリアを見つめて、一人そんなことを思うのであった。


 アイラが帰った後、マリアはメモ帳にレシピを書き記していく。レシピ、といっても何の香りを調香するのが良いか、どういった香りにしたてるかといったメモだ。完成するには少し時間がかかるだろう。しかし、マリアにはあらかた検討がついていた。ガーデン・パレスでの数々の失敗や、王城でディアーナとレッスンをしたこと、そして今までの調香師としての経験と知識から、目星はつけられる。


(シャルルさんなら、好みもわかるわ……)

 マリアの瞳がきらりと光る。もちろん、アイラが言っていたように、告白がうまくいくわけではないのかもしれない。それでも、マリアにとっては、アイラが決めたことを応援したいのだ。そして、少しでも良い結果になるように、手伝いをしたい。マリアは今売っている『恋が叶う香り』を作りつつ、アイラへの香水を調香しよう、と心に決めるのであった。


 マリアがまず選んだのはジャスミンの香り。これは、以前王城の書庫でシャルルと出会ったときに、シャルルが好きだと言っていた香りだ。どこか大人っぽさもあり、アイラにもぴったりだろう。特に、告白の場で素直に自らの気持ちを伝える……愛情を引き出すのにはピッタリだ。


 それから、ホワイトピーチ。トップノートにホワイトピーチの香りを置くことで、甘酸っぱいフルーティーな香りが、自然な女性らしさを引き出してくれる。マリア自身、とても気に入っている香りの一つだが、ホワイトピーチ自体の収穫時期が限られているので、期間限定の香りなのだ。まだ季節的には旬と呼ぶには少し早いが、市場には出回り始めているので手に入るだろう。


 さらに、この二つに相性の良い華やかな香り、ローズを添える。王城でディアーナと一緒に作ったものだ。これでトップノートとミドルノートはほとんどメインが決まったようなものだ。爽やかな甘さが今の気候ともマッチする。女性らしい華やかさと、アイラの飾らない自然体の部分が両方引き立つだろう。


(ベースノートはどうしようかしら……)

 マリアは、アイラの一日をシミュレーションする。告白をするタイミングは分からないが、シャルルに時間があれば少し食事をするかもしれない。しかし、アイラのことだ。夜遅くまで外を出歩くようなタイプでもない。だとすれば、シャルルと別れて一人になった時、少しでもアイラを緊張から解きほぐすようなそういう香りが良いだろう。


 ジャスミンと相性の良いシダーウッド、さらにシダーウッドと相性の良いバレリアンを使うのはどうだろうか、とマリアはペンを走らせる。シダーウッドは心を安定させ、バレリアンは緊張をほぐす作用がある。ほのかな甘みと温かな香りも、きっと一日の締めくくりにはちょうど良いだろう。


 その他にもいくつか候補の香りをピックアップし、マリアは、よし、と気合を入れる。まずは明日の商品。アイラの香りはその後だ。久しぶりに新しい香りを作れる、と自らの欲望が心の奥から顔をのぞかせる。

(アイラさんのため、何としてでも素敵な香りを作るのよ、マリア!)

 自らに(かつ)を入れ、マリアは両頬を軽く手でたたく。


 それにしても、アイラもお見合いとなると、いよいよ自分も恋愛ごとに関していつまでも無関心ではいられなくなるのだろう、とマリアは思う。両親のことだ。うるさくは言わないだろうが、いつまでも一人というわけにもいかないだろう。


(いつか、私にも好きな人が出来るのかしら……)

 マリアはそんなことを考えながら、明日の用意をするのであった。


いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

20/7/5 ジャンル別週間ランキング 40位、月間ランキング 75位 をいただきました!

皆様の応援、あたたかいメッセージ、大変励みになります。ありがとうございます!


アイラさんの恋と、マリアの『恋が叶う香り』の行方をこれからも温かく見守っていただけますと幸いです!

今回出てきた香りについて、活動報告にて少し書かせていただいております。

ご興味のある方はぜひ、そちらもよろしくお願いします♪


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