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調香師は時を売る  作者: 安井優
調香師との出会い パーキン編

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恋が叶う香り

「マリアちゃん、これをお願い」

「私はこっちが欲しいわ」

「ねぇ、この香りも素敵」

「マリアさん、これって、どういう効果があるの?」

「見て、これとってもかわいいわ」

「すみません、お会計を……」


「申し訳ありません、少々お待ちください!」

 今までのパルフ・メリエからは考えられない盛況(せいきょう)ぶりに、マリアは目が回ってしまうのではないか、と思うほど店内をあっちへこっちへと動き回っていた。


 王城での仕事を終え、パルフ・メリエに戻ってきて二週間。ガーデン・パレスに行き、帰ってきたと思った次の瞬間には、王城でディアーナ王女の専属の調香師として働いていたマリア。それなのに、不在がちだった店に久しぶりに戻ってきたと思ったら、懐かしむ暇もなくこの様相である。


 気づけば、本格的な夏が到来しているというにも関わらず、暑い中、この森の奥にポツンと佇む店に女性達が大勢詰めかけているのには訳がある。

「あの……すみません、恋が叶う香りってまだ売ってますか?」

 そう。『恋の叶う香り』。これがこの大盛況(だいせいきょう)の原因だ。


 ディアーナ王女の専属の調香師、とマリアの名は国中に広まった。しかし、それは原因ではない。もちろん、以前に比べてずいぶんと客足は増えたが、店の場所が場所なだけに来る人も限られているというものだ。それに、王家のお墨付きを欲しがるのは、いつの時代もある程度裕福な者に限られている。一般庶民では手が届かない、というイメージがあるのだろう。


 問題はその後だ。一体どうしてそうなったのかは、マリアにも分からない。

「ディアーナ王女がエトワール様と恋に落ちたのは、この香りのおかげなんですって」

 多分、発端(ほったん)はそんなところだろう。香りがすべてではないが、きっかけの一つになったことは間違いない。それに尾ひれがつき、背びれがつき、見えない魚は空中を優雅(ゆうが)に泳ぎまわった。その結果、

「この香りを身につけていると、好きな人と両想いになれるんだって」

 そんな魔法のような代物(しろもの)が生まれてしまった、というわけだ。


 恋が叶うとなれば、話は別だ。好きな人との幸せを何よりも夢見る乙女たちが、こぞってパルフ・メリエにやってきた。恋の成就を目の前にすると、こんな森の奥に……それもこの店しかない、そんな場所にまで足を運ぶ。乙女のパワーとは、底知れない。


 マリアにとっては嬉しい悲鳴だが、その反面、今までのように一人一人のお客さんとじっくり向き合って話をすることが出来なくなった。香りを作り出すための時間もロクに取れず、やむなく売り切れの看板をかけることもある。多くの人に香りを楽しんでもらえることは嬉しいが、売れすぎると行き届かなくなるのは当たり前のことで、マリアとしても悲しい顔をしたお客さんの背中を見送る時は胸が痛んだ。


 そんなわけで、あっという間に季節が過ぎ去ったことも忘れて、マリアは大量の花を買い集め、出来る限りフローラルコロン……俗にいう『恋が叶う香り』を作っていた。

 暑さの厳しくなるこの時期。本来であれば、ハーブやシトラスなどのすっきりとした爽やかな香りを求めてしまうものだが、恋は盲目。女性達はこぞってフローラルコロンを求めた。


 当然、季節によって咲く花の種類も変われば、その香りも少しずつ変化する。いつまでも同じ香りを売り続けることは難しくなるだろう。マリアは我先にと香水を求める乙女たちの姿を見つめながら、どうしたものか、と悩んでいた。


 人の噂も七十五日。とはいえ、この状況がそこまで続いてはマリアが倒れてしまう。そもそも、香りを作り出している花が手に入らなくなる。ハーブのように一年中摘むことのできるものであれば良いが、花となればそうはいかない。現状すでに、無理して仕入れているのだ。

(……説明して、わかってもらえると良いけど……)

 マリアはその不安を表に出さないように、そっと心の中で呟いた。


 カランカラン、と店の扉が開く音に、マリアは顔を上げた。

「いらっしゃいませ!」

 出来る限り、他の女性客の声にかき消されないようはっきりと。マリアは笑顔を浮かべてお客さんの方へと視線を向けた。


「噂には聞いていたけど、本当に大盛況(だいせいきょう)ね」

 マリアは視線の先にいた人物に駆け寄る。

「アイラさん!」

 アイラは少し照れたようにはにかんで、それから小さく手を振った。


 アイラは、今日は少しいつもとは違って見えた。シンプルだが清潔感のあるブラウスに、すっきりとしたラインの紺のスカートがよく似合っている。いつもは後ろで一つに束ねている黒髪をあげて、お団子にしてまとめていた。


「忙しそうね、また時間を改めようかしら」

「でしたら、二階で待っていてください。後でお茶を持っていきますから」

「そう? ありがとう。じゃ、このお土産は冷蔵庫に入れておくわ」

 アイラは手に持っていた白い箱をマリアに見せて、そのまま二階へと上がっていった。


 マリアは最後の客を玄関まで見送って、『CLOSED』の看板を外にかけた。本来はもう一時間ほど営業しているが、今日は商品もほとんど売り切れになってしまったし問題ないだろう。あまり遅い時間になっては、馬車もなくなってしまうので、客足は自然と減っていくのだ。


 こうして、マリアの仕事がひと段落ついたのは、午後三時を回ったころだった。アイラが店を訪れたのは確か二時過ぎだったはずだ。一時間近く待たせてしまったことになる。マリアは慌てて二階へ上がった。


 アイラはリビングの椅子に腰かけ、本を読んでいた。

「すみません、こんなにお待たせしてしまって」

 マリアが謝ると、アイラはにこやかに微笑んで、大丈夫よ、と優しく答える。その唇は柔らかなピンク色に染まっており、目元も心なしか淡いピンクに(いろど)られていた。

(アイラさんがお化粧をするなんて……)

「珍しいでしょ」

 マリアの心を読んだかのようなタイミングで、アイラはにこりと目を細めた。


「今日はね、お見合いだったのよ。うちの親もそろそろうるさくって。さすがにお見合いにスッピンで行くわけにはいかないでしょ」

 アイラはそう言ってクスクスと笑う。いつもよりも大人っぽく、もともとの美しい顔立ちがより際立っていた。


「今日は、どうされたんですか」

 アイラが店にやってくるのは初めてだ。マリアがお茶を入れなおすためにキッチンへ立つと、アイラも隣でお土産の箱を開けた。

「少し、買い物をね……しようと思って」

 アイラはそう言うと、箱の中から綺麗なゼリーのカップを二つ取り出した。窓の外から入った光が、ゼリーに揺らめいてチラチラと光った。


「噂の……恋が叶う香りを私にも売ってくれないかしら」

 アイラはそう言って子供っぽくはにかむと、マリアから視線を外した。何事もなかったかのようにゼリーを二つ並べて、スプーンのありかをマリアに尋ねる。マリアはスプーンを渡しながら、アイラの表情を盗み見た。


 アイラも、何かを決めたような、そんな強い瞳でマリアを見つめた。


いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

20/7/4 ジャンル別日間ランキング 40位、週間ランキング 42位、月間ランキング 79位 をいただきました!

連日、本当にありがとうございます!


本話より新章突入です!

ぜひ、これからマリアに訪れる、新しい調香師たちとの出会いをお楽しみいただけますと幸いです。


少しでも気に入っていただけましたら、評価(下の☆をぽちっと押してください)・ブクマ・感想等々いただけますと大変励みにます。

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