カフェ
「マリア、また変な人をたらしこんだでしょ」
目の前に座るミュシャに、マリアは首をかしげた。
「この間、マリアにこの店を教えてもらったってやつがうちに来たんだよ」
多分、ケイのことだろう。それがどうしたのか、と問えば、ミュシャはむっと口を尖らせた。
「マリアは無防備すぎるってこと。普通、お客さんでも知らない人に個人情報を教えるのは危険だって思わないの?」
「でも、別に実家だって言ったわけじゃないよ。ただ、街の洋裁店でも茶葉を扱ってるって言っただけで……。それにほら、わざわざお店まで来てもらうのも遠いし、悪いじゃない」
「それはそうだけど、何かあったらどうするつもりなの。ただでさえ、森の中で一人暮らしなんてさ……」
ミュシャはマリアの様子が気に入らないのか、不服そうな顔を隠すことなく続ける。
「僕は心配なんだよ。マリア」
はぁ、とため息をついてミュシャはコーヒーを口へ運ぶ。
「ありがとう、ミュシャ。でも、大丈夫よ、いい人だもの」
マリアは弟をなだめるように、ミュシャの口にひとかけらのケーキを差し出す。
(これ以上その話はおしまい)
マリアの意思が伝わったのか、それとも別の意図を汲み取ったのかはわからないが、ミュシャは顔を赤らめてから黙り込んだ。マリアが差し出したフォークを見つめ、その先についたイチゴとクリーム、スポンジ生地を、ミュシャはえいやっと口の中に入れる。
「とにかく! 気を付けてよ」
ミュシャはもごもごと口を動かしながら、マリアの顔は見ずにそう言った。
傍から見れば、なんとも初々しいカップルである。
マリアに全くそんなつもりがないのが残念なくらいに。
「それにしてもここのケーキ、すっごくおいしいのね」
マリアがそう言うと、ミュシャは
「そうでしょう!」
と目を輝かせた。
マリアもミュシャも甘いものには目がない。マリアが街へ出てくる日に合わせて、ミュシャがリサーチした街中のカフェを二人で訪れては、こうした他愛もない会話をするのがいつからか恒例行事になっている。
「最近できた店でね、ずっと行列が出来ていたから予約したんだ」
街の広場を見下ろせる窓際の景色の良い席を予約したミュシャは、マリアが窓から外を見て楽しそうにしている姿に満足していた。
「ありがとう、ミュシャ」
にっこりと微笑まれては、ミュシャも素直にうなずく他ない。
(ほんと、マリアは少しくらい自覚してほしいよ……この間の客は、絶対マリアのこと……)
ミュシャはそんな風に考えて、窓の外に目をやる。瞬間、見覚えのある顔が広場に見えて、ミュシャは思わず固まった。
「ね、ねぇ、マリア! もう一口そのケーキくれない?」
マリアの視線を窓から移そうと慌てていったものだから、ミュシャの声は見事に裏返った。
マリアはクスクスと微笑んで、
「そんなに慌てなくても、すぐに全部は食べきれないよ」
そう言ってケーキを再び差し出す。
(良かった、まだ気づいてないみたいだ……)
ミュシャは、ははは、と愛想笑いを浮かべながら、なんとかマリアの興味が窓の向こうでないことを祈る。マリアさえ気づかなければ、なんとでもなる。
(どうか気づかないでくれ)
「あれ、マリアちゃん?」
カランコロン、と喫茶店の扉の音とともに、爽やかな声がした。
つまり……ミュシャの願いは残念ながら神様には届かなかった、ということになる。マリアは声のした方へパッと視線を向ける。
「シャルルさん!」
ミュシャは頭を抱える。そんなミュシャには気づいていないのか、マリアは立ち上がり、それから一礼してシャルルの方へと駆け寄った。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
「元気だよ。マリアちゃんも元気そうだね」
にこやかな微笑みを浮かべて、シャルルはマリアの頭をなでる。天然人たらしめ、とミュシャはまるで猫が威嚇するように、シャルルの方をにらんだ。
シャルルという男は、国の騎士団長を務める人間で、この国で知らないものはいないだろうという人気者だ。甘いマスクに、爽やかな雰囲気。物腰は柔らかく、秀才。それでいて努力家。剣をふるえば勇敢ときたものだから、皆、彼を放ってはおかない。今でこそこの国は平和だが、その陰に彼の武勲あり、とまで言われている。まるでヒーローのような存在だ。
マリアによれば、王妃様の命でマリアの店に訪れたことから知り合って、たちまち仲良くなったという。シャルルは誰にでも平等だし、マリアに特別な感情を抱いているとは思えないが、ミュシャにとって、敵にはなれど味方でないことは確かだった。
「今日はどうされたんですか?」
「ちょうど休みでね。息抜きにケーキでも、と思って」
「そうなんですね! もしよければ、ご一緒しませんか?」
マリアの提案に、ミュシャがピクッと眉を寄せる。シャルルはそれを見逃さず、
「気持ちは嬉しいけど、せっかくお友達と来ているんだから、邪魔はできないよ」
そう言ってミュシャを見た。
「それに、僕はこの後少し用事があってね。またお店に行くよ」
シャルルはわざとらしいウィンクを一つする。マリアはクスクスと微笑んで、うなずいた。
「お忙しそうですから、体にはお気をつけて」
「うん、それじゃぁ、マリアちゃんもゆっくり休んで」
マリアはぺこりとお辞儀をして、ミュシャの方へと戻ってくる。シャルルは、ミュシャにも小さく微笑んで会釈したが、ミュシャはぷい、と視線をそむけた。
「ミュシャ? どうしたの?」
ミュシャの不服そうな横顔に、マリアは再びキョトンと首をかしげる。
「なんでもないよ」
「そう? あ、もう一口ケーキ食べる?」
「食べる」
シャルルに見せつけるようにミュシャはマリアから差し出されたケーキを食べたが、シャルルは会計をしていて全く見ていなかった。
「僕ばっかりじゃないか」
小さな声でミュシャがそう文句を言ったが、マリアには聞こえなかったようだった。
「マリア、もう一口!」
ミュシャは心の中にささくれだった思いにフタをして、マリアのケーキを頬張った。
たくさんの方に読んでいただいているようで、大変うれしいです。
本当になんとお礼を言えば良いか……感無量です。
しばらくは毎日一話ずつの更新となりますが、ぜひこれからもよろしくお願いします!
20/6/6 改行、段落を修正しました。ルビを追加しました。
20/6/21 段落を修正しました。




