メックの決意
窓の外に雨がしとしとと降る。空は薄暗くどんよりとしているが、ディアーナの前に座っていた青年には関係ない。商人メックは、三回目の会食を前にその頬を赤く染めていた。
「今日は、お招きいただきありがとうございます!」
メックは持ち前の大きく明るい声で、自らの太ももに顔がついてしまうのではないかと思うほどの深いお辞儀をした。
「いいえ、わたくしこそ、前回はお話できませんでしたものね」
にこりと微笑むディアーナに、メックはブンブンと首を振る。
「あれは、俺……いえ、わたくしのせいですから……」
「ふふ、いつも通りのしゃべり方で良くってよ。私、堅苦しいのは嫌いなの」
ディアーナにそう促され、メックは少し考えた後、小さくうなずいた。
商人メックという青年は、以前からこんな風だっただろうか。ディアーナは目の前にいる人物の変わりように驚いていた。本人を目の前にして失礼だとは思うものの、どこか自分に自信がなく、それでいて自分のことしか見えていない……そんな人間ではなかったか。
「今日は、プレゼントはないのね」
「あ! いえ! その……」
「ふふ、冗談よ」
ディアーナがそう言うと、メックは照れたように頭をかいた。
「実は、あの後、色々考えなおしたんです。ディアーナ王女を幸せにしたい、そう思っていましたが、俺は……結果として、ディアーナ王女のお気持ちを何もわかっていませんでした」
メックは、そう言うと頭を下げた。謝罪には十分すぎるほど深い礼だった。
「……頭を上げてください、メック」
ディアーナは、彼の変貌ぶりにただただ驚くばかりであった。
メックは、裕福な商人の家に生まれた一人息子なのだ。裕福、ということはすなわち、商売上手、と言いかえることも出来るだろう。両親は気さくで明るく、その両親を幼いころから手伝ってきたメックも、本来であれば明るく陽気な性格なのだ。ただ少し、女性の扱いに慣れていなかっただけで。
ディアーナは、会食前の時間でメックと話をすることが出来て良かった、と思っていた。もしもっと早く、この本来の彼と出会えていれば、また何か変わっていたかもしれないな、とそんなことを考える。各地から珍しいものを仕入れる人間だ。商人は、品物と同時に、異国の面白い話も仕入れているらしい。メックの話はどれも興味深かった。
「俺は、自分に自信がありませんでした……。身分が違うと言い訳し、自分に何もないことを、珍しい物や高価な物を身に着けたり、贈ったりすることでごまかしていました」
メックは最後にそう言った。
「ですが、ディアーナ王女は……そういう俺自身に、ずっと向き合おうとしてくださっていたのですね」
にこりと微笑んでいたが、泣きだしそうになっているのをぐっとこらえていた。
「えぇ……。そうよ、メック。私は、国王の娘ですもの。国民の方々と、きちんと向き合うことが、私の役目ですわ」
ディアーナの美しい笑みに、メックはズキン、と胸が痛むのを感じた。その痛みは、きっと、メックの中に残り続けるだろう。しかし、メックはそれさえも、いつか美しい思い出になると信じていた。
メックは、最後にお願いがあります、と言った。ディアーナの前に跪き、頭を下げる。
「婚約者候補を辞退させていただきたいのです」
「え?」
思ってもみなかった言葉に、ディアーナは驚く。
「ディアーナ王女のことを、愛しています。その言葉は本当です。……しかし、俺は、ディアーナ王女の横に並ぶにふさわしい人間ではありません。愛した人の真の幸せこそが、俺の幸せなのです。だからどうか、本当にディアーナ王女が愛する人と、幸せになってください」
メックは頭を上げなかった。泣くのを必死にこらえているのだろう。
ディアーナは自らも腰を落とし、メックの前にかがんだ。
「メック……。こちらからも一つ、お願いをしてもよろしくて?」
メックは小さくうなずく。
「この後の会食には、ぜひ参加してほしいわ。……友人として」
ディアーナの優しい声に、メックは一粒だけ涙を流した。
友人。それだけでも、メックにとっては十分すぎる。ディアーナの心遣いに、メックは涙を拭って、それから出来る限りの笑顔を見せた。
「もちろん。喜んで」
会食には、メックの両親も参加した。はじめこそ緊張している様子だったが、王と王妃が気さくに話しかけ、メックがうまく話を回したことで次第に会話は弾んでいった。メックの両親も、様々な異国の話や珍しい商品の話を面白おかしく話し、その話術にディアーナたちにも笑顔がこぼれた。
「それでは、ディアーナ王女。ごきげんよう」
「えぇ。お気をつけて」
会食後には、雨はやんでいた。水たまりは青空を映し、雨露に濡れた植物たちは陽の光を受けてキラキラと輝いている。ディアーナはメック達の姿が見えなくなるまで見送った。
メックの両親は、鉄道に揺られながらメックの想いを聞いた。
「俺は、婚約者候補を辞退することにしたよ」
最初、そう聞いたときは、いったいなんでだ、会食もあんなに楽しそうだったわ、と両親は口々に言ったが、メックの想いは変わらなかった。
「俺は、自分がディアーナ王女には釣り合わない人間だってわかったんだ。でも、だからこそ、もっと商人としての腕を磨いて、俺自身がもっと……もっと成長しなきゃいけない」
「……でも……」
「もったいないって思ってるさ。でも、俺は、ディアーナ王女には、本当に幸せになってほしいんだ。そのためには、俺じゃダメだってわかったよ」
メックの言葉に、両親は返す言葉もなかった。今までどこか頼りなかった息子が、こうして自ら決断し、そして、成長しようとしている。自らの幸福を捨て、他人の幸福を願っている。それは両親にとっても、メックにとっても、大切なことのように思えた。貴重な宝石にも、珍しい商品の数々にも敵わないものだ。
メックが涙を流すと、両親も同じように泣いた。ほんの少しの間だが、今までの人生の中では考えられないほどの良い夢を見させてもらった、と次第に小さくなっていく王城を見つめながら、メック達は鉄道の中で泣いていた。
メックが去った王城では、王と王妃、そしてディアーナが紅茶を飲みながら、メックについて話していた。
「婚約者候補を辞退したい、と」
「そう……それは残念だな」
「えぇ。とても良い方々でしたのに」
ディアーナの言葉に、王と王妃は顔を合わせる。どうにか考え直してもらえないか、とも思ったが、本人がそう言うのであれば仕方がない。
「ですが、これからは私の友人として……いずれ、訪れていただこうかと……」
恥ずかしいのか、顔を赤くして小さな声でディアーナがそう言うと、両親は目を丸くして、そして互いに顔を見やった。
「……あらあら、まぁまぁ」
「ディアーナの口から、友人とは……」
「な、なんですの!? 私にも友達の一人や二人くらい!」
ディアーナはぷいと顔をそむける。両親はそんなディアーナにあたたかな笑みを向けた。
「それじゃぁ、今度、珍しい品物を持ってきてもらおう」
「えぇ、そうね。そうしましょう」
まさか王と王妃がそんなことを話しているとは知らず、メックは大きなくしゃみを一つした。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。
20/6/30 ジャンル別日間ランキング 29位、週間ランキング 43位をいただきました!
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