収束
すべてのことは、執事の男がやった、とハザートは供述した。
「俺様は何もしらん! すべてこいつが勝手にやったことだ!」
執事の男は何か言いたそうにしていたが、主の言うことは絶対、と教え込まれて育ったのだろう。うつむいたまま、何も話さなかった。
西の国の王子からの脅迫状。それはすべて、この二人の自作自演だった。ディアーナ王女の婚約者候補で、ハザートが警戒した唯一の相手。このままでは分が悪い、と考えた彼は、西の国の王子を名乗って偽の手紙を書いた。ハザートを脅したとなれば、たとえ王族と言えど婚約者候補から外れるだろう、というのが執事の言い分だった。
そして、別荘を爆発させた事件。ケイがハザートの別荘で見つけた小さな箱こそ、爆弾だった。この爆発事件には、想定外の出来事も含まれていたという。本来は、ディアーナとハザートの会食の場で一度だけ爆発させる、というものだったらしい。しかし、この爆発については
「お二人に被害の及ばない範囲の、出来るだけ近くで爆発する必要があったのです」
と執事は言った。
「吊り橋効果ですよ」
「吊り橋?」
ケイは聞き覚えのある言葉に、首をかしげた。シャルルはなるほど、とうなずく。
「危険を二人で乗り越えれば、そのスリルから、互いに恋をしたと錯覚しやすくなる。そういう原理だね」
執事はうなずいた。
別荘の中で、二人きりになれる場所へ誘導し、その隣の部屋で爆発を起こす。執事はとっさにそう作戦を変更した。しかし、彼が別荘へ来たのは初めてだった。そのため、何かの拍子で使えなくなったり、誘導できなかったりした時のことを考えて、いくつか候補を選び、念には念を、と多くの爆弾を仕掛けたのだそうだ。
「しかし」
執事は言葉に詰まらせた。ケイの方へ視線をやる。ケイがその場に現れてしまった。執事は、作戦を実行させねばならなくなった。不本意な形で。そして、ばれるくらいなら、いっそのこと殺してしまおう。彼は仕掛けた爆弾をすべて爆破させた。
「ディアーナ王女がその時、別荘の中にいたことまでは知らなかった、というわけか」
シャルルにとっても、ディアーナ王女と……何より、マリアが別荘の中にいたことは予想外だった。別荘が木造であったことも今回の事件をより大きくしてしまった一因だろう。自分の不甲斐なさにシャルルは自らへの怒りを顔に出す。その顔つきにハザートと執事は、ひ、と小さく悲鳴を上げた。
ハザートが爆発時に西の国の王子だ、と声をあげたことは、明らかな芝居だ、とシャルルは考えた。
「ハザート殿。あなたは何も知らない、そうおっしゃいましたね」
せめて自首してくれれば、と促したつもりであったが、返ってきた答えはひどいものだった。
「あ! あぁ! 俺様は! 俺様は本当に何も!」
シャルルはその言葉に思わず激昂した。
「この場において、まだ嘘を重ねるとは!」
ケイは驚いた様子でシャルルを見つめた。
「私利私欲のために他人を利用することしかできない上、他人に手を汚させる。僕はそういう人間が大嫌いでね」
シャルルの冷ややかな視線がハザートに刺さる。シャルルは張り付けたような笑みを浮かべたまま、ケイに
「この者達を牢屋へ。後の処置は、僕が責任をもってやっておく」
そう言った。
その後、二人がどうなったかは、誰も知りえない。
事件から十日が過ぎた。別荘は取り壊しとなったが、事件については内密に処理され、街は変わらぬ活気にあふれている。マリアは、といえば、その日の記憶は曖昧で、あまり良く覚えていないようだった。ディアーナも、ようやく平穏な日常を取り戻しつつある。いまだ恐怖はぬぐえないが、誰一人として死者が出なかったことは、王や王妃にとっても、不幸中の幸いだった、としか言いようがない。
会食はしばらく延期となった。とはいうものの、残す候補は商人メックと騎士団の青年エトワールの二人で、軍配がどちらに上がるのかは言うまでもない。一応形式上、会食をする必要があるだろう、ということで、ディアーナが落ち着いたら執り行う、ということだった。
「ディアーナ王女、ご気分はいかがですか」
マリアが優しく話しかけると、ディアーナは曖昧に微笑んだ。
レッスンのない日も、ディアーナ王女にしばらくはついていてやってほしい、と王と王妃に頼まれてここしばらくは王城へ通っている。ディアーナは事件の話を詳しく聞いたせいか、それとも別の要因か、いまだに時折、何かを考えこんでるようだった。
「そろそろ、前を向かなくてはならないわよね」
いつまでも、暗いことばかりを考えていては、この国を統べる者として良くないわ。ディアーナはそう言って城の外を見やった。何も知らぬ国民たちの楽し気な声が王城にまで聞こえている。
王と王妃も、何事もなかったかのように過ごしていた。考えるところはあるだろうが、少なくともディアーナの前でそのような姿を見せたりはしない。城に仕えている者達の前でも、そして、城の前を通る国民たちにも。ディアーナは尊敬する両親の姿に、自らも、いつまでもくよくよしていてはいけない、とそう思っていた。
「ディアーナ王女は、お強い方ですね」
「そんなことないわ。あの時、私は……ただ、おびえて、泣くことしかできなかった」
マリアの言葉にディアーナは首を横に振る。
「また、助けられてしまったわ」
ディアーナはその時のことを思い出して、自らの頬に熱が帯びていくのを感じた。
いくらあの状況であったからと言って、年頃の娘が、まだ婚約もしていない男性の胸にすがりつき、泣いてしまったのだ。今思えば、なんと恥ずかしいのだろう。
(もう、大丈夫です。あなたのことは、僕が、絶対に守ります)
優しい声が、ディアーナの頭に響く。ディアーナの鼓動がドクン、とはねた。
「ディアーナ王女?」
「な、なんでもないわ!」
ディアーナはマリアの問いにぷい、と顔をそむけた。頬は真っ赤に染まっており、誰がどう見てもなんでもないわけがないのだが、マリアはあえて詮索しないでおく。
「おや、今日はスコーンかな。おいしそうだね」
どこから現れたのか、マリアの手に握られていたスコーンをそのまま口に運び入れたシャルルがにこりと微笑んだ。
「シャ、シャルルさん!」
「いるなら声をかけてちょうだい!」
驚いた二人の声が重なる。そして、ディアーナはさらに目を丸くした。
「エトワール?!」
呼ばれた本人も、嬉しそうに微笑んで、それからほんの少し、頬を赤らめた。
「どうして、ここに!」
「この間の功績が認められて、王様と王妃様から呼び出されてね」
ディアーナの質問には、シャルルが答えた。口の端についたスコーンを指でぬぐい取って、ペロリと舐める姿も様になる。
しかし、ディアーナの眼中にはもはや、シャルルの姿は映っていなかった。
「それは……良かったわ」
エトワールを見つめて、うっとりとしたまなざしでそう言う。エトワールもまんざらでもなさそうで、照れたようにはにかんでいた。
マリアとシャルルはその二人の仲睦まじい様子に顔を見合わせるのであった。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
20/6/29 ジャンル別日間ランキング 48位、週間ランキング 54位 ありがとうございます!
前のお話より、R15指定とさせていただいておりますが、ようやくいつものほのぼのとした雰囲気が戻ってきました。
事件はひと段落しましたが、これからものんびりとマリア達の日常は続きますので、何卒よろしくお願いします!
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