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調香師は時を売る  作者: 安井優
王城編

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画策

 ケイは、城から少し離れた場所にある豪邸(ごうてい)……中流貴族の男、ハザートの家の警備についていた。昨日、突然シャルルから頼まれたのだ。ハザート、という男の名前には聞き覚えがあった。


 ケイの生まれ育った小さな村は、小麦の生産といくらかの野菜や作物で成り立っていた。皆、裕福ではないが、生きていくには十分な実りに恵まれていたため、不満はなかった。そんなある日、ケイの村で大火事が起きた。当然、畑は壊滅(かいめつ)し、村の多くの家にも被害が出た。ケイが騎士団に所属するきっかけにもなったこの災害だが、一部ではこんなうわさも流れていた。


「本当は、山火事なんかじゃない」

「どうにも、領土を欲している中流貴族の男がいるらしい」

「噂によると、小さな村々を訪れては、自らに土地を明け渡さないか、とせまるらしい。断られたら火を放ったりするそうだ」


 その時に上がったのが、ハザート、という名前だった。もちろん、あくまでも噂だ。証拠は存在しなかった。その後、村は周囲の町や騎士団の協力もあって無事に復興した。年月が経つ中で、ケイもすっかりその噂のことなど忘れていった。


(団長の話では、どうにも、ハザートが狙われているということらしいが……)

 ケイは、何か嫌な予感がする、と豪邸(ごうてい)の一室に灯った光を見つめた。ハザートの影と、その執事の影。何やら話をしているようだ。ケイは、近くにいた衛兵に

「すまない。万が一のこともあるだろうから、少し中を見回ってくる」

 と声をかけて、豪邸(ごうてい)の中へ足を踏み入れた。


 先ほどの部屋を探しながらも、ケイは豪邸(ごうてい)の中を見回る。ほとんどの部屋が使われていないのか、明かりすらついていない。使用人の数も少ないようで、豪邸(ごうてい)の中を歩いている間にケイがすれ違ったのはわずかに二人ほどだった。


(警戒している割には、ずいぶんと護衛が少ないようだが……)

 騎士団の者たちは、基本的には豪邸(ごうてい)の外を警備するよう言い渡されていた。中に入ることを許されたのはケイともう一人の者だけ。それもおかしな話だ、とケイは思っていた。確かに外が守られていれば問題はないのかもしれないが、普通、自らの命が狙われているのだ。衛兵とまではいかなくても、腕の立つ使用人を何人か(やと)うのが普通だろう。


 ケイは、目的の場所と思われる部屋の一室の前で足を止めた。扉はきっちりと閉められているが、隙間から光が漏れている。耳を澄ますと、何やら声が聞こえた。


「まさか、本当にひっかかるとはな」

「はい。これで、まず一人。候補者から外れたことは間違いありません」

「次の作戦はどうなってる」

「えぇ、実は……」

 何やら物騒な話だ。ケイがより耳を澄ませていると、声が途切れ、代わりに足音が聞こえた。


 ケイはすぐさま体を(ひるがえ)し、そしてとっさにカーテンを止めていたタッセルを外して姿勢を正した。

「おや、何か御用でしたか」

 ガチャ、と目の前の扉が開き、中から執事の男が顔を出す。ケイを一瞥(いちべつ)して、特に怪しむ様子もなく尋ねた。ケイは敬礼して

「失礼しました。外から、こちらの窓に影が映った、と言ったものがおりまして。慌てて様子を見に来た次第です。どうやら、このカーテンが揺れていたのを見間違えたのかと」

 そう言った。


 よくもスラスラとこんなに嘘がつけるものだ、と自分自身に感心する。普段の私生活において、ケイは嘘というものを最も嫌いなものの一つに位置付けているが、仕事となれば別だ。

 そんなケイの様子に、執事はなるほど、とうなずいて

「そうでしたか。普段はこのようなことはないのですが」

 そう言って、再びカーテンのタッセルをきっちりと閉めなおした。


 ケイは再度敬礼して、(きびす)を返す。

(これで、まずは一人。候補者から外れた……)

 先ほど部屋の前で聞いた言葉を反芻(はんすう)しながら、豪邸(ごうてい)の外へと戻る。

(一体、どういう意味だ……?)

 ディアーナの会食のことや、そこでの出来事を知らないケイには、この言葉の意味は分からない。しかし、良い話でないことは間違いなかった。明日、団長にでも報告してみようか、とケイは考えるのだった。


「なるほど」

 翌日、ケイの話を聞いたシャルルは、嬉しそうに口角を上げた。獲物を見つけた時の瞳。

「もう少し証拠が欲しい。ケイ、しばらく見張りをお願いしてもいいかな」


「見張り、ですか」

 護衛ではなく、とケイが言いかけたところで、シャルルはうなずいた。

「全員に見張りをつけると約束したからね。そこに例外はないよ」

 にこりと微笑んだシャルルの瞳には、強い光が宿っている。ケイには意味が分からなかったが、こうなってしまったシャルルは誰にも止められない。ただうなずいて、再びハザートの豪邸(ごうてい)へと向かうのだった。


 ケイはそれからしばらく(表向きは護衛として)見張りを続けた。特に進展のないまま三日が過ぎた頃、ケイは明かりのともった一室に目を向けた。

(あの場所に明かりがともったのは初めてだ……)


 四日見張って分かったことは、豪邸(ごうてい)の中で明かりがつく場所は全部で六か所しかない、ということだ。ハザートの部屋、執事の部屋、それから食事をとる場所、浴場。そして、使用人の部屋が二つ。倍以上の部屋数があるにも関わらず、必ずその部屋だけに明かりがともった。


 ケイは、再び豪邸(ごうてい)内に足を踏み入れた。執事の部屋と思われる場所のすぐ階下の部屋。場所はすぐに分かった。ケイはそっとその部屋に近寄る。扉がわずかに空いており、その隙間から中を確認した。


「旦那様、これが、次の作戦です」

 執事の声がする。続いて、ハザートが驚いたような声を上げた。

「こ、これは……。どうしてこんなものが」

「旦那様、吊り橋効果、というのをご存じですか」

「吊り橋?」

「えぇ。危険に直面した者同士は、恋愛感情に(おちい)りやすい、というものでして。次の作戦は、やはり、旦那様へ意識が向くようにしなければなりませんから」


 ケイは、執事とハザートのやり取りに首をかしげる。本題が全く見えない。

「俺様が死んだらどうするのだ!?」

「それは、ありえません。旦那様には今回の件で護衛がついておりますし、わたくしもその場にいるようにいたします。旦那様はすべてが終わった後に、そっと王女様に近づいて、大丈夫だったか、と一言尋ねればよいのです」

(……これは、どうやら、ずいぶんと手の込んだ作戦らしいな)

 なんとなく全容が見えた。ケイは目を動かして、部屋の中を見つめる。


(……あれは……?)

 机の上に置かれた小さな箱。一つではないが、ケイの位置からではその数までは分からない。しかし、二人が言う『作戦』において、必要なものであることは間違いなかった。


 執事の、場所を変えましょう、という声が聞こえて、ケイは慌てて隣の部屋へと身を隠す。幸いにも明かりはついておらず、しばらく使われていない部屋だったため、何も知らないハザートと執事はいつもの部屋へと戻っていった。そのすきに、ケイは先ほどの部屋へと侵入する。


 騎士団のやることではない。しかし、これも仕事だ。ケイは自らにそう言い聞かせて、机の上に置かれた小さな箱を一つ手に取った。


いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。

20/6/26 ジャンル別日間ランキング 57位をいただきました!いつもありがとうございます。


そして、再び暗雲立ち込める雰囲気で申し訳ありません。

どうしても書きたいお話だったので、このまましばらくお付き合いくださると幸いです。


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