疑念
三度目の会食は、一人ずつ、四日間をかけて行われる。そこには、両親である王と王妃も同席することになっていた。いわば、最終面接といったところだろうか。もちろん、ディアーナが結婚の出来る年齢になるまでに何かあればいつでも破棄できるのだが、過去にそうなった例はない。すなわち、ここで気に入られれば、実質王になったも同然というわけだ。
それぞれの四人の印象については、事前にディアーナが両親に話している。トーレス王子と中流貴族の男に関して、ディアーナがあまり良い印象を抱いていないことに、両親は少し驚いていたものの、ディアーナの意見をとがめることはなかった。
初日はトーレス王子との会食だった。トーレス王子は、同じく両親である西の国の王と王妃を連れてやってきた。事前にそういった連絡があったので、ディアーナ王女たちもそれに応じた。こうなってしまえば、いつもの国の会合となんら変わらない気もする。
「いやはや、トーレスを婿に入れていただければ、我々の国も安泰というものです」
「えぇ、わたくしどもも大きな交流が望めますし、将来を考えれば、とても良い案ですわ」
トーレスがそうであったように、その両親もまた、自らの国のことを考えているようだった。二人からすればトーレスという厄介払いが出来るうえ、国同士の交流が深められるチャンスだ。この機会を早々に逃すことは出来まい。
「えぇ、西の国との交易が今以上に発展するのは間違いないでしょうね」
「そうですな」
対してディアーナの両親は、ディアーナの言っていたことを理解したようで愛想笑いを浮かべていた。取り入ろうとしているのは明白で、あわよくばこの国を懐柔しようとしていることさえうかがえる。
「トーレス王子は普段、西の国ではどのようなことを?」
「私は……」
ディアーナに尋ねられ、トーレスは逡巡した。まさか、政治のことに関わることは出来ず、両親や兄から言われた汚れ仕事ばかりしているとは言えない。自分たちがより豊かに暮らすため、罪のない国民からより高い税を納めてもらうよう、奔走する日々だ、とは。
「そうですね、財政を管理したりするのが私の役目です。私には兄が二人おりますので、それぞれ役割を分担しているのですよ」
何とか言葉を絞り出し、トーレスは愛想笑いを浮かべた。両親も、正解だと言わんばかりにうなずく。この場ではさすがに普段のような叱責を受けることはない。しかし、後で何を言われることやら。トーレスは両親の顔色を窺った。
会食はつつがなく終了し、ディアーナは両親と三人で、トーレス王子とその両親を最後まで見送った。馬車はさっそく西へ向かって走り出している。馬車の中では、さっそくトーレスが両親からの罵声を浴びていたが、ディアーナたちはそれを知るはずもない。
「お茶でも飲みながら、少し話そうか」
父親に優しく手を引かれ、ディアーナと王妃は城へ戻るのであった。
「トーレス王子には、申し訳ないが、候補から外れてもらおうと思う。どうだろうか」
ディアーナが紅茶に口をつけたところで、父親はそう言った。
「わたくしも、それが良いと思いますわ。西の国との交易は、もしかしたら今後難しくなってしまうかもしれませんが……」
母親もうなずいた。ディアーナは視線を落とす。婚約者候補から外れたから、と言ってすぐに何かが起こるわけではないだろうが、これから先のことを考えれば、やはり難しい問題になることは間違いないだろう。
「ディアーナ、どう思う」
父親に問われ、ディアーナは少し考えてから言葉を口にした。
「私は、トーレス王子との婚約は出来ませんわ。交易は、お母さまのおっしゃる通り、今よりデリケートな問題になるかもしれません……。ですが、その時は、私がきちんと説明をします。私は、この国の王女ですもの」
ディアーナの言葉に、両親はうなずいた。正式に婚約者候補から除外することを伝えるのは、この会食期間が終わってからだ。下手をすれば、トーレス王子の扱いが悪くなってしまうかもしれない。両親はそこまで考慮して、正式に伝えるまでの間に、色々と準備をしなくては、と思案を巡らせるのであった。
——翌日。
二日目の会食には、中流貴族の男が執事を連れてやってきた。執事の手には何やら一枚の紙きれが握られている。
「会食の前に、少しよろしいですかな」
男はそう言うと、執事から紙を受けとる。そしてその紙きれを広げて、ディアーナと両親の前に置いた。
「西の国の第三王子……トーレス王子とおっしゃいましたか。彼とは昨日、会食をされたようで」
「えぇ、そうですけど……」
「実は、昨日、私の家のポストにこのようなものが入っておりましてな」
男の見せた手紙の内容には、こう記されていた。
『貴殿に、婚約者候補を辞退していただきたい。王族にふさわしいのは、王族だけだ。もしも、従わない場合、貴殿の命はないと思え。 ——トーレス』
「これは……」
両親は思わず顔を合わせる。男は目を伏せ、おびえたような表情で
「このような場に執事を連れてきたのも、こういった手紙を受け取ったため護衛に、と。無礼をお許しください」
「いえ、お気になさらないでください。自らの命を守るため、当たり前のことですわ」
腰を低くして謝る男に、王妃は優しい言葉をかける。
「それにしても、どうしたものか……」
王はふむ、と考える。もしも、この手紙の内容が本当だとしたら、この手紙のことを他言している時点で、この男に危険が及ぶ可能性もあるだろう。
「私は死んでもかまいません。ですが、このような卑劣な真似をするトーレス王子が、ディアーナ王女と婚約をしてしまってはどうなることか。それを思えば、私の命など、惜しくもありません」
男は、まるで王の心を読んだかのように、そう言って見せた。
ひとまず、今日の会食はお開きにしよう、ということになった。馬車を呼び、衛兵をつけて男とその執事を家まで送り届ける。また、男の家を警備するため、王はシャルルを呼び出して事情を話し、男の家に衛兵を増やした。
「シャルル、あなたはどう思う?」
ディアーナは、自らの部屋にシャルルを招き、先ほどの話を聞かせた。シャルルは、そうですね、と考える。
「私は……そうね、トーレス王子は確かに苦手よ。でも、あんなことをわざわざ他人にするような人だとも思えない」
ディアーナはそう言ってうつむいた。何か、彼女にも思うところがあるのだろう。シャルルはその言葉を聞いて、なるほど、とうなずく。
「西の国の第三王子ともあろう方が、自ら脅迫状を書き、しかも名前までご丁寧に書く、というのは、確かにずいぶんと不自然なような気もしますね……」
しかし、シャルルには幾分情報がない。ディアーナが嘘をつかないのは分かっているが、まだ子供だ。男のことは良く思っていないようだし、無意識のうちに変な角度から物事を見ている可能性だってあるのだ。今は、聞いた情報を素直に受け取ることしかできない。
「まずは、先方の命をお守りいたしましょう。ですが万が一、別の者の犯行……ということも考えられます。婚約者候補の方に見張りをつけても?」
「えぇ……。疑うのは心苦しいけれど、そうね……お願いするわ」
このことは王と王妃には内密に、とシャルルはパチン、とウィンクをして見せた。そして、赤いマントを翻して去っていく。
ディアーナは、すでに闇に染まった空を見上げた。月が出ていない夜は、いつも不安な気持ちにさせる。ディアーナの心は、ざわざわと音を立てていた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
そして、4000PV達成&20/6/25 ジャンル別週間ランキング 81位 本当にありがとうございます……!
再び暗雲立ち込める雰囲気で申し訳ありませんが、その分、後で幸せたくさんにする予定なので
しばらくの間、お付き合いくださいますと幸いです。
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