暗躍
ディアーナが正式に、次の婚約者候補との会食の場を設けることにしたのは、それから約一か月が過ぎたころだった。
ディアーナのもとにはすでに、北の学者と南の貿易関係の男から辞退する旨の伝令が入っていたため、この時点では六人の候補者は四人になっていた。本当は、最も年齢の高い中流貴族の男も候補から外して欲しかったのだが、それは両親からとがめられた。
「財務大臣からは、良い男だと聞いておる。歳は離れているかもしれんが、先日の会食でも気にかけてくれておったであろう」
「ディアーナ、あなたの気持ちもわかります。ですが、一度会っただけで人を判断してはなりませんよ」
(本当に人に取り入るのがお上手な方だわ……)
ディアーナは心の中で悪態をついて、仕方なく、両親の言うことに従った。
その頃、候補者である四人のもとには、城からの会食の案内状が届いていた。
「第三部隊エトワールです。シャルル団長、お呼びでしょうか」
エトワールは、団長室の扉をノックした。隊長であるケイから、シャルルに呼ばれているとの達しを受け、慌てて来たため、深呼吸を一つする。シャルルの返事が聞こえ、
「失礼します」
とエトワールは半ば緊張した面持ちで扉を開けた。
「鍛錬中だったかい? ごめんね、急に呼び出して」
シャルルはにこりと微笑む。エトワールは男でも見惚れてしまうのではないか、と思うそのまばゆい笑みに、いえ、と首を振った。
「君に渡すように、と手紙を預かってね」
シャルルは机の引き出しから、一枚の封筒を取り出す。真っ白な封筒に、ピンクのシーリングワックス。エトワールはそれに見覚えがあった。
「二回目の会食だそうだよ。案内状だ」
エトワールの胸がどくん、と脈打つ。初めて会ったあの日から、ディアーナ王女の柔らかな笑みが忘れられない。まさか、もう一度王女様に会えるなんて……。エトワールの瞳は無意識に輝く。シャルルはそんな彼の姿を見て微笑んだ。
「エトワール。君は君らしく振舞えばいい。王女様の婚約者候補の中には、身分がどうだ、世間体がどうだ、という人たちもいるだろう。でも、そんなことはその人達の価値観だからね。好きな人を真に思う気持ち……そういう気持ちが大事だよ」
シャルルはそう言って、封筒をエトワールに渡した。
「はい! ありがとうございます!」
気持ちの良い快活な挨拶をして、エトワールは大きく一礼する。
「あぁ、そうだ。これは僕からのプレゼントなんだけど……さすがにいつまでも騎士団の服でパーティーに行くわけにもいかないからね」
シャルルはそう言って机の横に置かれた紙袋をエトワールに差し出した。中に入っているのはスーツだ。エトワールははじめこそ断ったものの、シャルルの有無を言わせぬ微笑みに、それをありがたく受け取るのであった。
時を同じくして商人の家。両親が息子にたくさんのごちそうを作っていた。南の方から仕入れた珍しい魚を使った料理に、肉料理やたくさんのフルーツが食卓に並ぶ。
「こんなには食べ切れないよ」
「いいのよ! せっかくのお祝いなんだから」
「そうだぞ。次の会食ではぐっと王女様の心をつかまないとな!」
「うん、頑張るよ、父さん!」
「よし! その意気だ!」
商人らしいにぎやかな声が家中に響く。
(よし、今度は何か別のものをプレゼントしよう。この間はいきなりできっと王女様もびっくりしただけさ)
商人の息子はそんな風に考える。
「ねぇ、父さん、母さん。王女様へのプレゼントって何がいいかな?」
「そりゃ、珍しい宝石だろう。この間仕入れてきたものを見るか?」
「女の子なら、お洋服なんかも好きよねぇ」
王女様に何を渡すべきか、という家族会議が食卓を囲んで始まるのだった。
一方、その頃。西の国、第三王子のもとにも同じく手紙が届いていた。
「父上、母上」
第三王子は謁見の間にて、両親である国王と王妃を目の前に跪く。その隣には兄である第一王子、第二王子の二人もそこに立っており、第三王子をあざ笑い、見下している。
「どうした。我々は忙しいのだぞ」
国王は手にしたペンを止めることなく走らせ、面倒くさそうにそう言った。
「申し訳ありません。東の国より、会食の案内が届きました」
王子の言葉に、母親や兄たちが一斉に笑い声を上げた。
「あら、そんなことをわざわざ報告に来たのかしら」
「それくらい当たり前だろう。東の国の王女を妃にしてから報告してはどうだ?」
「そうだ。俺たちは忙しいんだから」
「……申し訳、ありません……」
第三王子は口々に言われ、もう一度深く頭を下げた。
この王子は、生まれた時から国王になる権利などなく、そのせいか、権力もなければ、愛情を注がれることもなかった。家族からはないがしろにされ、汚れ仕事のようなことだけをさせられてきたのだ。人として認めてもらうためには、何としても同じだけの、いや、それ以上の権力が彼には必要だった。東の国の王女、ディアーナとの婚約者候補になれたことは願ってもない出来事だったといえよう。
(何としてもこのチャンス……手に入れて見せなければ……)
王子はそう強くこぶしを握り締めた。兄たちを、いや、両親でさえも超える力を手に入れ、そして復讐する。王子は強く心に決めていた。その瞳にはゴウゴウと憎しみの炎が燃え上がっている。そんなことは、本人以外の誰もが知る由もなかった。
場所が変わり、とある屋敷の一室。中流貴族の男が封筒をビリビリと破って高笑いをあげていた。
「稀代の賢帝とまで言われた国王と王妃も、大したことはないな。王女もべつにどうってことはないただの小娘ではないか。はっはっは、これなら、この俺様が王になるのも時間の問題だな」
「えぇ。旦那様のおっしゃる通りかと」
貴族の男にティーカップを渡す執事はうなずく。
「両親に言われ、黙って財務大臣の仕事など手伝ってきたが、ようやく俺様の努力が実ったってやつさ」
「その通りです」
「王家の権力と金さえあれば、後はどんなものでも手に入る。誰も俺様にたてつくものなどいやしない」
下品な笑い声をあげ、中流貴族の男はティーカップに注がれた紅茶を口に運ぶ。
「旦那様、その際はぜひ、わたくしめのお役目もちょうだいしたく」
執事の言葉に、男は再び大きな笑い声をあげた。
「はっはっは、わかっておる。お前は優秀な俺様の執事だからなぁ。まぁ、そう焦るでない」
「さすが……旦那様。わたくし、旦那様のためであれば、どんな仕事でも仰せつかる所存。旦那様にお仕えできて幸せにございます」
「ふん、そうだろうな。俺様に感謝し、一生尽くせよ」
男が声高々にそう言うと、執事は跪いた。
「……それにしても、気に食わんやつがおる」
「はっ。それはいかような」
「西の国の第三王子……。あいつにだけは注意せよ。後はなんてことない。ただの庶民だ。俺様になどかないもしない虫けらどもよ」
「承知いたしました」
執事はうなずいて、その場からすぐに立ち去った。西の国の第三王子。それを調べる必要がある。執事は旅の支度を始めた。
残された部屋で一人、男は窓の外を見る。窓の外には王城が見える。手元のチェス盤のキングを払いのけ、自らの駒をたたきつけた。
「ディアーナ王女……。俺様のすべてをかけて、あなたを手に入れて見せますぞ……」
薄暗い部屋に男の笑い声が響く。
ディアーナは、何か寒気がして、ぶるりと体を震わせた。
(いやだわ……風邪かしら……)
窓の外に立ち込める暗雲を見やって、ディアーナは小さくため息をついた。
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20/6/20 週間ランキング ヒューマンドラマ部門 48位、日間ランキング ヒューマンドラマ部門 56位をいただきました!
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何やら暗雲立ち込める雰囲気ですが、これからもお楽しみにいただけますと幸いです。
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