婚約者候補
中央にどんと置かれた長いテーブルに豪華な食事が山のようにつまれたパーティー会場。
ディアーナは、両親に連れられ、婚約者候補との顔合わせに来ていた。パーティー会場へ入ると、すでに集まっていた人達が一斉にこちらへ振り返る。同じ年くらいの青年から、自分よりいくつも年上に見える(おじさん、といっては失礼だが)男性まで。婚約者候補、六名がそこには立っていた。
「皆様、今日はお忙しいところ、ようこそお越しくださいました。堅苦しい挨拶はやめて、まずはこの出会いに乾杯しましょう」
王様がそう言うと、皆楽しそうにグラスを持ち上げる。
「乾杯!」
皆口々に声を上げて、和やかな雰囲気でパーティーは始まった。
婚約者候補とその付き添いが、一組ずつ、ディアーナたちのもとへやってくる。その者達は全員、王城に勤める大臣か、またはそれに匹敵する貴族や他国の王族からの推薦の者だ。中には見たことのある顔もあり、ディアーナは、なるほど、とその顔ぶれに一人思考を巡らせた。
目を引くのは、西の国の第三王子。西の国はここ数十年で力をつけてきた大国だが、この国との交流関係は浅い。より強固なものにするために送られてきた、ということだろう。第三王子であれば、自国の王になる可能性は低い。であれば、このように他国の姫君と婚姻関係を結ぶことで、その国の王になろうという算段もあるのだろう。顔立ちこそ整っているが、その話ぶりはディアーナを下に見るような態度がうかがえた。
(バカみたい……。私にはお見通しだわ)
ディアーナは愛想笑いを浮かべて、第三王子の話を聞き流した。
次に挨拶をしてきたのは、北の方で学者をしているという男性だった。国の学問に関する統制を取っている大臣からの推薦だそうだ。ガーデン・パレスで研究者をしていたという男は、ディアーナより十五ほど年上だった。優しそうだが、本人は緊張しているのか言葉少なに挨拶を終えた。
それに続いて、国の南で貿易関係を務める貴族の男。こちらは、ディアーナに興味がないことがバレバレで、親にでも無理やりすすめられたのだろうということが分かる。
四人目は裕福な商人の家庭に育ったという青年。こちらは、先ほどの男性とは対照的に、ディアーナのことを愛してやまない、といった様子だ。美しいネックレスやブレスレット、髪飾りなどを持ち出して、どれか一つをプレゼントしたい、と言った。
「ごめんなさい。お気持ちは嬉しいけれど、贈り物を受け取ることは出来ません」
ディアーナが丁重に断ると、男はうなだれた。
五人目は、財務大臣の推薦だという中流貴族の男だった。婚約者候補の中では最も年上だ。ディアーナとは二十も年が離れており、下手をすれば父親か、というような貫禄がある。年齢のせいか、大人びて落ち着いた雰囲気があるが、話をすればするほど、ディアーナではなく、両親——王と、王妃に取り入ろうとしているのが分かった。
(こんな小娘には興味がないのでしょうね……。でも、きっとお母さまとお父さまには、この人は良い人に映っているのでしょう)
ディアーナはちくりと胸に刺した痛みに、そっとフタをした。
最後にディアーナへあいさつに訪れたのは、騎士団の青年だった。門の衛兵をしていただろうか、見覚えがある。ディアーナと年はほとんど変わらず、爽やかな見た目で笑顔が素敵だな、と思った。聞くところによるとシャルルの推薦だという。唯一信頼できそうな人間だった。
「このような場に慣れておらず、ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
青年はそう言って跪き、頭を下げる。他の者は、当然そこまでの態度をとっていない。ディアーナは慌てて
「おやめください」
と彼の行為をとがめた。青年の方も、ディアーナの様子にそっと顔を上げる。
「のちに婚姻関係を結ぶもの同士、対等でなくてはなりませんわ。身分など気にせず、くつろいでください」
ディアーナの言葉に、青年は少し困ったように微笑みながらも、では、と姿勢を正した。
「名はなんというの?」
「はっ。わたくしは騎士団の第三部隊に所属する、エトワールと申します」
「そう、エトワール……いい名前ね」
ディアーナの微笑みに、エトワールの顔はぶわっと朱く染まる。その姿のなんと初々しいことか。両親は微笑ましげにその青年を見つめた。
六人の候補者とも挨拶が済み、ディアーナは少しうんざりしていた。六人も候補者がいるというのに、信頼できるのは騎士団の青年くらいか。商人の青年も、ディアーナに対して好意を寄せてくれている分、悪くはないといえよう。両親からすれば、西の国の第三王子か、中流貴族の男が印象深いことは間違いない。敏い両親のことだ。少しでも何かを察すれば、ふさわしくない、と言ってくれるであろうが、今のところそれほどのこともない。ディアーナは自らに向けられている視線だからこそ気づけるが、はたから見ればそんなことは些細なことで、気づかない程度のものだ。
有力な者同士が一堂に会して、何の会話もない、ということはやはりなく、しばらくすると候補者同士の中にも会話が生まれていた。商談や貿易の話となると、ディアーナの出る幕はない。主役であるはずのディアーナは一人になり、テーブルの上に並べられた一口サイズのタルトを取る。周囲を見回すと、先ほどの騎士団の青年、エトワールも一人のようだった。
さすがに騎士団の者とはいえ、身分も違えば、商談や貿易の知識もない。どうやらディアーナと同じく取り残されたようだ。一番は身分の違いだろう。シャルルほどの位になれば関係はなくなるだろうが(とはいっても、シャルルも確か上流貴族の家庭の出だったように思う)、さすがにまだ何の称号も持たぬ騎士団の青年では、ただの一庶民と変わりない。気後れもするというものだ。
「何か食べまして?」
ディアーナは、年齢が一番近いこともあり、彼には自然と話しかけることが出来た。エトワールは驚いた表情を隠さないまま、え、と声を上げる。まさか王女自ら声をかけてくるとは思わなかったようだ。
「いえ、僕は結構ですから、その……」
緊張でのども通らない、といったところだろう。
ディアーナはすたすたと踵を返すと、テーブルの上にあったものをいくつかひょいひょいと皿の上にとって戻る。少々スイーツに偏っているのは、ディアーナの趣味だ。
「これくらいなら食べられるでしょう。せっかくお越しになられたんですもの。おいしいお料理の一つくらい食べて帰られてはいかがかしら」
先ほど取った一口サイズのタルトをエトワールの皿に半ば強引にのせ、ディアーナも隣で同じものを口に入れた。イチゴの優しい甘みが口に広がる。
エトワールも、ディアーナに言われては断れず、ゆっくりとそのタルトを口に運んだ。実はあまり甘いものは得意でないのだが、こればかりは仕方がない。
「……おいしい」
イチゴの爽やかな酸味と甘み。クリームも甘すぎず、ちょうど良い。エトワールの声が聞こえたのか、ディアーナは嬉しそうに微笑んだ。
「あなたは、笑顔が素敵ですわ。もっと笑っていた方が良くってよ」
ディアーナの言葉に、エトワールが再び顔を真っ赤に染めたのは言うまでもない。
「あの」
ディアーナが両親に呼ばれて、エトワールのもとから立ち去ろうとすると、エトワールに呼び止められた。
「なんですの?」
「その、ディアーナ王女……花がお好きなんですか?」
「え?」
「いえ、その、花のような香りがしたものですから、つい……」
ディアーナにとっては、思わぬ人からの、予想だにしない言葉であった。
「えぇ、好きですわ」
ディアーナはにこりと柔らかな笑みを浮かべた。
今日はどれにしようか。食事の場で香りのきついものはダメだと言われたマリアの言葉を思い出しながら、少しでも女性らしく見せようと選んだ香りだ。それを気づいてくれた人がいる。ディアーナは思わぬ出来事に、つい頬を緩めた。
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20/06/18 週間ランキング ヒューマンドラマ部門にて 56位をいただきました!
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