表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
調香師は時を売る  作者: 安井優
王城編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/232

七つの香り



 翌週、マリアは王城の門をくぐると、そのままディアーナの部屋へと案内された。先日とは違うメイドだったので、先日のメイドがもう会うことはないだろう、と言っていたのはどうやら本当らしい。働いている人の数も知れず、こう敷地面積も大きくては当たり前のことなのだろう。勝手にそのあたりを散策するつもりはないが、一人では迷うだろうな、とマリアは考えた。


「お入りなさい」

 メイドがディアーナの部屋の扉をノックすると、中からディアーナの凛とした声がする。メイドが扉を開き、マリアは頭を下げた。

「調香師、マリアです」

 ディアーナは待っていた、といわんばかりにソファから立ち上がった。


 今日のディアーナは、濃いブルーにパールがあしらわれたドレスで、髪をまとめて流している。ずいぶんと大人っぽい恰好だ。

「どうかしら?」

 マリアの視線に気づいたのか、ディアーナは少し不安げな瞳でマリアに尋ねる。

「とても良くお似合いですよ。ディアーナ王女のお美しい一面が出ていて素敵だと思います」

 マリアが素直にそう答えると、ディアーナは安心したように微笑んだ。


「そうだ! せっかくですから、今日のディアーナ王女にぴったりな香水をつけてもよろしいですか?」

 マリアは自らのカバンに入っていた香水の瓶を一つ取り出す。今日のレッスンで使う予定だったが、少しくらいならかまわないだろう。マリアの提案に、ディアーナは大きくうなずいた。


 マリアはディアーナの両手首に香水を一滴たらし、優しく塗り広げた。その瞬間、ペパーミントの爽やかな香りが鼻を抜ける。後を追うあたたかみのある苦みは、クラリセージだ。

「すっきりした良い香りね」

「これはハーブ系の香りをブレンドしたものです。爽やかな香りが特徴で、集中力を高めると言われています。洗練された雰囲気も出ますし、今日のディアーナ王女には良いかと」

 マリアの言葉を聞きながら、ディアーナは嬉しそうに香りを楽しんでいる。


「それじゃぁ、一緒に香りのレッスンを始めましょうか」

 つかみはばっちり。実際に香りを()いだことで、ディアーナのやる気も上がったようだ。椅子に腰かけると、ディアーナは羽ペンにインク、そして紙束を広げた。


 マリアはカバンから瓶を七つ取り出して、ディアーナの前に並べる。今日は、精油の基本である香りの分類をディアーナに学んでもらう。

「香りは、大きく分けて七種類あります。それらをブレンドして私たち調香師は様々な香りを作るのですが、まずは基本をおさえておけば、ディアーナ王女でもその日の気分に合わせた香りを選べると思いますよ」

 マリアがそう言うと、ディアーナは目の前に並べられた七種類の瓶を見つめた。


「まずは、先ほどディアーナ王女にご紹介したハーブ系の香りです」

「爽やかな香りで、集中力を高めるのよね」

 ディアーナは紙に一生懸命に書き記しながら、もう一度香水の瓶に鼻を近づけた。

「はい。ハーブは古くから薬草としても使われているので、消毒なんかの意味合いを込められる方もいらっしゃいます。心を落ち着けたり、頭をすっきりさせたりする時なんかにもぴったりですよ」

 マリアの言葉を一語一句聞き逃さないように、ディアーナはしっかりとメモを取っていく。


 マリアは次に、ハーブの香水瓶の隣に並べていた瓶を持ち上げた。

「この香りは何だと思いますか?」

 マリアがフタを開けると、ディアーナはゆっくりとその香りを確かめる。

「……この香り、とっても好きだわ。レモンかしら」

 ディアーナは答えてからも瓶をしっかりと握りしめて、何度もその香りを楽しんでいる。


「正解です。この香りは、シトラス系の香りをブレンドしたものです。レモンやオレンジ、ライムなどがこれに当たります」

「とってもいい香りね。これはどんな時に使うの?」

「明るい気持ちにさせるので、私は少し落ち込んだときに使ったりしています。リフレッシュしたりしたい時にも良いと思いますよ」

 マリアがそう言うと、ディアーナは何か心当たりがあるのか、

「今度から、そういう時にはこの香りを思い出すわ」

 そう言って、少し切なげに微笑んだ。


 それから、華やかな香りのフローラル系、エキゾチックな香りのオリエンタル系、木の樹脂を使った重たく甘い香りのバルサム系、とマリアはディアーナにそれぞれの香りを紹介する。ディアーナはどの香りも素敵、面白い、とその違いを楽しんでいる。


「これは、シナモンかしら?」

 ディアーナがそう言ったのは、最後から二つ目の瓶を持ち上げた時だった。鼻に近づけなくとも、豊かに香るスパイシーな香り。刺激的で、心を強く突き動かしてくれるような。

「正解です。この香りはスパイス系と言われるブレンドです。シナモンが多く入っていますが、ジンジャーなんかも混ざっているんですよ」

 マリアが言うと、ディアーナは興味深そうにもう一度その瓶の香りを確認する。


 ディアーナは、この香りをとりわけ気に入ったようだ。マリアには、それが少し意外だった。好みの分かれやすい香りだし、ディアーナはシトラスやフローラルな香りといった、いわゆる女の子らしい香りが好きなのでは、と予想していたのだ。雰囲気や見た目、年齢などからそう推測していたが、どうやらマリアの知らない面がまだまだあるらしい。


「不思議ね。この香りにはとても勇気づけられるわ」

 ディアーナはあたたかな瞳でそう言った。安堵(あんど)ともとれるその表情に、マリアも心があたたかくなる。

「気に入っていただけて良かったです。この香りは、体を温める作用がある、なんて言いますから、そういう意味でもいいかもしれませんね」

 マリアが言うと、ディアーナは大切そうにその瓶を両手で握りしめて、うなずいた。


 最後の瓶はグリーン系。木の枝や樹皮から取り出される香りで、森林の香りがする。マリアにとってはとても馴染みの深い香りだが、ディアーナは新鮮だったようだ。王城で暮らしていては、森に立ち入ることはほとんどないのだろう。

「これも良い香りね。お母さまが時々()いてる香りに似ているわ」

 確かに先日ケイが買い物へ来た際にも、グリーン系のアロマがあったはずだ。

「お母さまは、眠る前に焚いてることが多いの。落ち着く香りだからかしら」

 ディアーナの言葉にマリアもうなずいた。強力な癒しの効果をもたらす木々の深い香りは、お忙しい王妃様の心身を和らげているのだろう。そう思うと、調香師としての役目を果たせているようで嬉しい。


 それぞれ七種類の香りを楽しんで、ディアーナはもう一度気に入った香りをいくつか選んだ。シトラス系とスパイス系。最終的にはその二つを気に入ったようだ。

「この七種類は差し上げます。今日勉強したことを活かしながら、使ってみてください」

 マリアがそういうと、ディアーナの瞳が輝く。

「いいの?!」

「えぇ、もちろんです。香りは実際に使って覚えるものですから」

 マリアの言葉にディアーナは年相応の笑顔を浮かべて、それらの瓶を嬉しそうに眺めた。


「スパイス系だけは、刺激が強いのでお体に直接触れないようにしてください。皮膚が炎症をおこしてしまうこともありますから……」

 マリアの香水は薄めてあるので大丈夫だと思うのだが、一応念のためにつけ足しておく。気に入っている香りなだけに、ディアーナも少し寂しそうな顔をしたが、

「わかったわ。香りを楽しむ分にはかまわないんでしょう?」

 そう言ってうなずいた。


 初日は思った以上にはかどり、マリアはディアーナと二人でお茶とお茶菓子をつついて王城を出た。城を出る頃にはマリアの緊張もずいぶんと和らいでおり、帰りに城下町にでも寄ってみようかしら、と考えるのであった。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

皆さまのおかげで、なんと! 6/15も

日間ランキング ヒューマンドラマ部門 21位、

週間ランキング ヒューマンドラマ部門 84位をいただきました。

本当にありがとうございます!


少しでも気に入っていただけましたら、評価(下の☆をぽちっと押してください)・ブクマ・感想等々いただけますと大変励みにます。

これからもよろしくお願いします。


20/6/21 段落を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ