城下町
マリアとミュシャは、石畳の上を走る路面電車の窓から通り過ぎていく町並みを見つめていた。ターミナルで停車するたびに多くの人が乗り降りし、入れ替わる。普段見ている街の広場も十分多くの人でにぎわっていると思うが、城下町はさらに人が多い。
城下町は、街の広場から北西にある王城をぐるっと一周囲むように作られている。城の北側にある国境の門も近いため、北方からの品や商人も多いと聞く。もちろん、東西南北すべての商人がここを目指してやってくるため、どんなものでも手に入る、というのが世間一般の認識だが。多くの人でにぎわっているが、さすがに王のおひざ元なだけあって、騎士団の本拠地が構えられているので大きな事件もここ数年はあまり聞かなくなった。
「わぁ! 見て、ミュシャ! すごい!」
路面電車の窓から大道芸人を見つけたマリアが身を乗り出して楽しそうにはしゃぐ。
「危ないよ。それに、もう駅に着くから」
ミュシャの目的地であるカバン屋が近いターミナルに到着して、ミュシャはマリアの手を引いた。
右を向けば、カフェにパン屋にレストラン。左を向けば、裁縫道具屋に洋服屋、時計屋に帽子屋。所狭しと店が立ち並んでいる。建物のあちこちにぶらさがった看板を見ながら、マリアとミュシャは歩く。
「先に、大道芸を見に行ってみようか」
冷静を装ってはいたが、ミュシャも気になっていたのだ。先ほど電車で通り過ぎた方角へ歩き出すと、マリアも嬉しそうにその隣を歩いた。
ちょっとした広場のようになった場所。大道芸人が複数のピンを空中に放り投げてはうまくキャッチしてみせたり、パントマイムをしてみせたりと大盛り上がりだ。マリアとミュシャの二人も、数々の技が決まるたびに思わず歓声をあげる。最後は、高く積み上げられた台の上で玉乗りをしながら大きな炎を飲み込んだかと思うと、口から火を吹いて締めくくった。
「すごかったねぇ!」
「うん。びっくりした」
カバン屋へ向かう道中で、マリアとミュシャは感嘆の声をあげる。あれほど子供のようにワクワクしたのは久しぶりかもしれない。ミュシャは先ほどの光景を頭の中で思い出しながら、楽しげなマリアの話にうなずいた。
カバン屋は先ほど下りたターミナルを右に行った先にある。城下町に古くからある老舗で、貴族や裕福な商人も多く愛用しているブランドだ。ミュシャも勉強のために、と何度か足を運んだことがある。値が張るのでそう何度も買えるものでもないが、つくりも良く、長く使えるので妥当な値段だろう。
「いらっしゃい」
ミュシャが扉を開けると、奥にいた老紳士がにこりと微笑んだ。マリアは初めてくるカバン屋にどこか緊張している様子だ。店中に綺麗に並べられたカバンは、どれも品が良い。
ハンドバックからトランクケース、旅行用の大きなバックパックまで取り揃えられた店内をくるりと一周見回す。ミュシャはいくつかよさそうなものを選んで、全身鏡の前にマリアを立たせ、合わせていく。色味、材質、形……。ミュシャは昨日のワンピースと靴を思い浮かべながら、これでもない、あれでもない、と商品を品定めする。
「今日は何をお探しですか」
決めかねていると、店主が店の奥からゆっくりと出てきた。
「淡いブルーが基調のバッグを。できればどこかにゴールドが入っていると良いんですが。そうだな……マリア、サイズはどれくらいが良いの?」
「うぅん……。最低でも瓶が何本か入るくらいは必要だから……」
マリアが説明すると、ミュシャはそれを店主に伝えた。
最終的に持ってこられたいくつかのカバンの中から一つを選んだのはミュシャだった。靴と同じ淡いブルーの生地に、ゴールドの留め具。肩から下げるチェーンもゴールドだ。大きさもちょうど良い。財布と、精油や香水の小瓶を入れても少し余裕があるように思える。シンプルだが丁寧に作られていて、マリアも気に入った。
店を出たマリアは店主の老紳士に頭を下げ、それから嬉しそうにカバンを胸元に抱きしめた。ミュシャが払うと言って聞かなかったが、マリアもそこまでしてもらうわけにはいかないと譲らなかった。最終的には、ジャンケンをしようということになり、無事にマリアは勝利した。仲睦まじい二人の様子を店主は最後まで微笑ましげに見つめていた。
「本当に良かったの?」
「良かったも何も、私が欲しかったの。ミュシャからは、大切な靴ももらっちゃったし、これ以上甘えるわけにはいかないよ」
「でも……」
「この話はおしまい。ね、昼食にしましょ?」
マリアはそう言うと、ミュシャから背を向けた。カフェやレストランのある方へと足を進める。こうなるとマリアにはもう勝てない。ミュシャは仕方なく、
「お昼ご飯は僕が出すからね」
とマリアに先手を打って、マリアの隣を歩いた。
食べ物屋もあまりに多く立ち並んでいるため、マリアとミュシャはなかなか昼食を決められなかった。どうせ城下町にまで出てきたのだから、普段食べないようなものを食べたい。しかし、軽食をたくさんつまむのもよさそうだ。そんな風に、二人は店のメニューを見るたびに、食べたいものが次々と更新されてしまうのだ。
「どうしようかしら……」
ミュシャが向かいの店を見ている間、マリアも隣の店のメニューを真剣に見つめていた。あまりに店が多いので、このまま二人で一緒に見ていては、時間がいくらあっても足りない、と感じたからだ。城下町は昼を過ぎてますます人でにぎわっている。人気店はそろそろ混雑してくるころだろう。贅沢な悩みだが、選択肢が多すぎるというのも困ったものである。
「マリアか?」
突然後ろから聞きなれた声に呼ばれ、マリアは振り返った。人混みの中、マリアの視界に騎士団の服を着た男が飛び込んでくる。
「ケイさん?!」
「珍しいな、こんなところで」
ケイも驚いたようにそう言った。
「ケイさんはどうしてここに?」
「今日は後輩に稽古をつけていたんだが……昼飯でも、と思ってな。すぐそこが騎士団の本拠地なんだ」
ケイはそう答えて、マリアが抱きかかえていた紙袋を指さした。
「買い物か?」
「はい。カバンを買いに」
マリアの嬉しそうな表情から、ケイも良い買い物が出来たのだろう、と察する。
しばらく談笑していると、ミュシャが何かに気づいたのか、マリアの方へ戻ってくる。そして、ケイの方へ冷たい視線を送ると、ミュシャはマリアの隣に立った。
ミュシャの視線には気づかなかったのか、ケイはぺこりとミュシャに会釈する。
「洋裁店のデザイナーか。二人で出かけていたのか?」
「えぇ」
「そうです。それじゃぁ、僕ら、忙しいんで」
ミュシャはマリアの声を遮って、ケイを振り払うように失礼します、とマリアの手を引いた。
「え、ちょっと! ミュシャ?」
マリアは慌ててミュシャについていく。振り返ると、少し驚いたような顔をしたケイがマリアを見つめていた。マリアは何度もペコペコと頭を下げる。
(これはもしかして……何か気を悪くさせてしまったか……?)
ケイはミュシャの後ろ姿に首を傾げながらも、昼食をどこで食べようか、とレストランの立ち並ぶ道を歩いた。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。
次話から(ようやく……?)王城編らしく、お城でのお勤めが始まりますのでお楽しみに♪
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20/6/21 段落を修正しました。




