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調香師は時を売る  作者: 安井優
王城編

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36/232

ワンピース

 マリアのトランクケースに入ったワンピースに、ミュシャは息をのんだ。


 シルクのような肌触り。あちらこちらにあしらわれた繊細(せんさい)で美しい刺繍(ししゅう)。レースは丁寧に編み込まれており、裏地の縫い目までも一寸の狂いはない。バックリボンの大きさ、形状もワンピースとバランスがとれており、完璧だ。袖口にあしらわれた金色のボタンには、王家の紋章があしらわれていた。


「これ、どこで……」

 ミュシャはそっとそのワンピースをたたむ。ミュシャの質問に、マリアは曖昧に微笑んだ。

「王妃様からのお礼にいただいたの」

 ミュシャは、なるほど、とうなずく。どおりで良くできているわけだ。王家の紋章が入ったボタンというのが少し気になるが、これは王家からの信頼の証か何かだろうか。


 マリアも調香師とはいえ、洋裁店の娘。最低限の知識はあるようで、ミュシャの反応に驚く様子もなく

「こんなに素敵なもの、本当ならいただけないのだけど……」

 と言葉を(にご)した。


「なるほど。これはちょっと……いや、結構大変だね」

 ミュシャは店内を見回す。良い服には良い靴、良いカバン。どれも半端なものでは、服が悪目立ちしてしまう。マリア自身は元が良いので何でも着こなしてしまえるだろうが、この服に見合うだけの物を探すとなると、他の店に行った方が良いかもしれない。もともと洋裁店のため、靴やカバンは多くはない。ミュシャはしばらく考え込んだ。


 たくさんの服が詰め込まれた大きな紙袋を持ったリンネが二人のもとに戻ってくる。かなり買い込んでいたようだが、どうやら会計は無事に済ませられたらしい。

「マリアちゃんはほしいもの見つかった?」

「今、ミュシャが考えてくれているの」

「へぇ。ちなみに、マリアちゃんは何を買う予定なの?」

「この服に合う靴とカバンだよ」

 リンネはそう言って見せられた白いワンピースに歓声をあげた。


「すっごく素敵! マリアちゃん、これどうしたの?」

「王妃様から、謝礼でいただいたの。この間、チェリーブロッサムの香りを作ったでしょう?それを気に入ってくださったみたい」

「良かったぁ! やっぱりマリアちゃんはすごいね」

 マリアの努力を知っているだけに、リンネも自分のことのように喜んだ。


「こんな素敵な服、もったいなくて着れないよ」

「実は、そういうわけにもいかなくって」

 リンネの言葉に、マリアも心の中で大きくうなずきながら苦笑した。遠回しに書かれているが、あれは王妃様の命だ。断れるはずもない。


「そういえば、マリア。こんな良い服を着て、どこに出かけるの?」

 二人の会話を聞いて、ミュシャが割って入った。ミュシャの知っている限り、マリアがそういった場所へ進んで出かけることは考えにくい。

「お城よ。王妃様に招かれたの。この服を着てきてくれると嬉しいって」

 マリアがそう答えると、ミュシャとリンネは声をそろえて驚いた。


「マリア、そういうことは先に言ってちょうだい」

 目の前に座った母親にそう言われ、マリアは小さく謝った。


 再び店の奥に座らされたマリアは、両親とミュシャ、そしてリンネの四人に囲まれていた。ミュシャとリンネの驚いた声がきっかけとなり、洋裁店は早めに閉店。マリアは、半ば無理やり事情を話すことになった。もともと買い物が終わったら話すつもりだったのだが、どうやら周囲は気になってそれどころではないらしかった。


「わかった。何とかしてみるよ」

 王城へ行くことになった経緯と、これからのことを話すと、ミュシャはそう言った。リンネは、応援してるね、とこぶしを握る。両親は、お祝いをしなくちゃ、と張り切っていた。

「とにかく、マリアは一度そのワンピースを着てみて。サイズも確認したいし」

 ミュシャはその間に少し自分の部屋へ行く、といってリビングを後にした。


「リンネちゃん、もしよかったら一緒に晩ご飯食べていかない?」

「え! 良いんですか!」

「妻の料理は絶品なんだ。せっかくだからごちそうになってくれ」

「はい! ぜひ!」

 リンネはすっかりマリアの両親と打ち解けており、どうやら夕食まで一緒にいられるようだった。


 マリアは自室で、そんな三人の会話を聞きながらワンピースに袖を通した。柔らかな生地が肌にするりと馴染む。襟元にあしらわれた細かな刺繍(ししゅう)の感触を指先で楽しみながら、胸元のボタンを留めていく。袖口につけられた金色のボタンを留めたところで、マリアはそこに王家の紋章が入っていることに気づいた。ミュシャのことだ。きっとこれにも気づいただろう。


 ワンピースは不思議なほどマリアにぴったりなサイズで作られていた。胸下で絞られているデザインで、動くたびにロングスカートがふわりと揺れる。スカートの部分は細かなレースがあしらわれた生地がスカートの素地の上に何枚か重ねられており、シンプルだがずいぶんと手が込んでいることが分かる。鏡に背を向けると、背中側にはバックリボンがあしらわれている。そこにも金色の糸が編み込まれていて、キラキラと反射していた。


 ワンピースに身を包んだマリアがリビングへ現れると、その姿に両親とリンネは息を飲んだ。そして一瞬の沈黙の後、リンネが

「綺麗……」

 とつぶやいた。それを皮切りに、三人はマリアを取り囲んで似合ってる、綺麗、素敵、などと声をあげた。


 三人の歓声が聞こえたのだろう。驚くほどの勢いでミュシャがリビングに戻ってくる。片手には、乳白色の箱を抱えていた。

「マリア……」

 ミュシャは、マリアの姿を見てしばらくの間かたまった。最終的には持っていた箱を手から落としたところで我に返ったようで、ミュシャはまるで夢でも見ていたかのように、パチパチと数回瞬きを繰り返した。


 いつもであれば似合っている、と素直に言えただろう。しかし、これは……。

(すごい……)

 もはやこのワンピースを作った人への嫉妬さえ湧き上がってくる勢いだ。マリアを一番良く知っていて、マリアに似合う洋服を作れるのは自分だと思っていたミュシャのプライドは、ガラガラと音を立てて崩れていく。そして、代わりにミュシャの中には、

(絶対に、この服を超える洋服を仕立てる……)

 そんな熱い思いがふつふつと湧き上がるのだった。


「どうかな?」

 マリアの照れたような微笑みがまぶしい。ミュシャは胸がキュンと締め付けられる。

「悔しいけど、似合ってる……すごく」

 悔しい、というのは服を作った人間に対してだ。マリアはそんなミュシャの様子にクスクスと微笑む。

「良かった。ミュシャがそういうなら間違いなしね」


 ミュシャはこれ以上マリアを直視できない、と視線を逸らした。



いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。

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20/6/21 段落を修正しました。

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