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調香師は時を売る  作者: 安井優
王城編

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予期せぬサプライズ



 水曜日。店に臨時休業の看板を下ろしたマリアは、街へ向かっていた。片手にトランクケースを持ち、街の広場で馬車を下りる。広場には相変わらず多くの露店(ろてん)が立ち並び、多くの人の活気であふれている。並んだ建物の奥には、美しくそびえたつ王城が見えていた。


 マリアがディアーナの専属の調香師になることを決断し、王城へ手紙を送ってから一週間後。マリアのもとに、王妃様からの返事が届いた。そこには、一度王城へ来るように、との旨が書かれていた。

『先日送ったお洋服を着てくださるとうれしいわ』

 手紙はそう締めくくられており、これにはマリアも苦笑するしかなかった。


 リンネとの待ち合わせ場所に着いたマリアは、あたりをキョロキョロと見回す。ガーデン・パレスで別れて以来だ。ずいぶんと久しぶりの再会のような気がする。


 王妃様からのワンピースを城へ着ていくことになった以上、靴やカバンをそろえたい。城で勤めることになったことも両親やミュシャには報告しておきたかったので、ついでに買い物をするにもちょうど良かった。そんなことを考えているうちに、マリアは、リンネとの約束を思い出したのだ。


 リンネに電話をかければ、すぐにつながった。そして、リンネはとても嬉しそうに二つ返事でマリアの誘いを了承した。今度の水曜日、広場のパン屋さんの前。二人はそんな約束をして、今日を楽しみにして過ごしてきたのだった。


「マリアちゃん!」

 人混みの中から、リンネが大きく手を振る。マリアもそれにこたえるように大きく手を振った。

「久しぶり、リンネちゃん」

「うん! マリアちゃん、元気だった?」

「実は、あの後少しだけ風邪をひいたの」

「本当に!? 私もだよ」

 二人は互いに目を丸くして驚き、そして、元気になって良かった、と笑いあった。


「今から行く洋裁店はね、私の両親の店なの」

 マリアがリンネにそういうと、リンネは目を輝かせる。

「すごい! だから、マリアちゃんっていつもおしゃれなのね」

 良いなぁ、とリンネは呟いて目を細める。田舎の出身だ、と言っていたので、村にそもそも洋裁店のようなものがなかったのかもしれない。マリアは楽しそうなリンネを見つめて、誘って良かった、と微笑んだ。


 広場から一本脇道に入った通り。マリアの両親が営む洋裁店を目の前にして、リンネは感嘆(かんたん)の声を上げた。扉脇のショーケースに、ミュシャのデザインした服が飾られていたからだろう。

「この服、すっごくかわいい! ミュシャの服みたい! 他のお店で見たことないデザインだけど、新作が出たのかなぁ!?」

 リンネはべったりとショーケースのガラスにへばりついている。穴が開いてしまうのではないか、というくらい洋服を凝視(ぎょうし)する。


(そっか。ミュシャの服は、基本他のお店に(おろ)してるのよね)

 マリアは今更になって、連れてきても良かったのだろうか、と考えたが、ここまで来てしまっては引き返せない。リンネには秘密にしてもらうようにしよう、とマリアは心の中で独り言ちた。


 ミュシャのデザインした服はもちろんのこと、ミュシャ自身が若い人達の間で人気になってきてからのことだ。洋裁店の人手が足りずに、店が回らなくなったことがある。ミュシャ自身もかなり疲弊(ひへい)していた。両親はそれ以来、ミュシャの服は出来るだけ他の洋服屋に(おろ)して、他で扱ってもらうことにしたのだ。もちろん、洋裁店にもミュシャの服は並べているのだが、そこはミュシャの名前を伏せて扱うことにした。そんな経緯があって、ようやく最近は店も落ち着いた、というわけだ。


「あ、待って! リンネちゃん」

 今まさに店に入ろうとしていたリンネを慌ててマリアは呼び止める。

「先に、これだけは約束してほしいの。このお店の中で見たものは、二人の秘密にしてくれないかしら」

 マリアのなんとも不思議な申し出に、リンネは首をかしげながらも、いいよ、と微笑む。この店にミュシャがいるなどとは知らないリンネは、

(マリアちゃんの昔の写真とか、見られたくないものがあるのかな)

 と全く見当違いなことを考えていた。


「いらっしゃい」

 扉を開けると、母親の声が聞こえた。母親は入ってきた客を見て素直に驚き、リンネは店の奥に座ってミシンを動かす人物に驚いた。


「マリア?」

「ミュシャ?!」


 母親の声とリンネの声が重なる。ミュシャは驚いた顔で店先を見つめ、マリアは曖昧に微笑んで母親を見つめた。


 マリアの父親が慌てて店の外に『休憩中』の看板をかけ、マリアの母親が嬉しそうに紅茶やら焼き菓子やらを用意したのは十分後。マリアとリンネは店の奥に通される。ミュシャもマリアの前で珍しく怪訝(けげん)な顔をしたまま、リビングの椅子に腰かけた。


「マリアがお友達を連れてくるなんて、ミュシャ君を連れてきたとき以来かしら」

「リンネちゃんは、ガーデン・パレスで働いているのか」

 マリアの両親が嬉しそうに話しているのを、のんびりと聞きながら紅茶を飲むマリアと、パニックを通り越し冷静になったリンネ、そして沈黙を(つらぬ)くミュシャ。なんとも不思議な光景である。


 両親はしばらくリンネを質問攻めにした後、

「それじゃぁ、私たちは店に戻ってるから。三人はゆっくりしててね」

 と楽しげに店へと戻っていった。リンネは紅茶に口をつけ、それからハッと我に返ったのか

「マリアちゃん!」

 と大きな声を出した。


「どうしたの?」

 マリアがキョトンと首をかしげると、リンネは大慌てで話し始める。

「え? どういうこと?! どうしてここにミュシャがいるの? マリアちゃんのご両親のお店で働いてるってこと? 店にあった服もミュシャの服?!」

 たくさんの質問に、マリアはうなずく。すべて正解だ。リンネはそれでも目の前の出来事が信じられないのか、何度もミュシャをちらりと覗き見るようにしては視線を外している。どうやら、あまりに好きな人を目の前にして直視できないようだ。


「マリア、僕も店に戻ってるから」

 言葉少なにミュシャはそう言って立ち上がる。リンネからの並々ならぬ思いに耐え切れないミュシャは居心地の悪さに顔をしかめていた。

「うん。リンネちゃんが落ち着いたら、私たちもお洋服を選びたいから手伝ってくれる?」

「わかった。じゃあ、それまでにその子、なんとかしといてね」

 マリアからのお願いを無下(むげ)にすることも出来ず、ミュシャは、はぁ、とため息をついた。マリア以外にはぶっきらぼうなミュシャの態度も、恋する乙女の前にはかなわない。

「ミュシャってクールで素敵よね……」

 リンネは瞳にハートマークを浮かべて、うっとりとつぶやくのであった。


 リンネはしばらくマリアにいくつもの質問をした後、ようやくこれが現実だと理解できたのか深呼吸を何度か繰り返した。

「まさか、マリアちゃんがミュシャと知り合いだったなんて……」

「たまたま学校が一緒で、仲良くなったのよ」

「いいなぁ。ミュシャと同じ学校に通えるなんて……。あこがれる! 青春だよ!」

 リンネは制服姿のミュシャも素敵だったんだろうなぁ、とつぶやきながら、何やら妄想しているようだった。


「ミュシャがこの店で働いていることは内緒にしてくれる? 以前、お店が回らなくなっちゃったことがあって」

 マリアがもう一度そう頼むと、リンネはうなずいた。

「当たり前だよ!」

 強くそう言ってマリアの手をとる。むしろ、リンネからしてみれば、自分のせいでミュシャを困らせるわけにはいかないのだ。リンネは、生きているうちにミュシャ本人に会えたというだけで十分幸せだった。


 リンネが落ち着いたころ合いを見図って、マリアは立ち上がる。

「さ、リンネちゃんに似合うお洋服を選んでもらいましょ」

 何を考えたのか、顔を真っ赤にしたリンネの手を引いて、マリアはリビングを後にした。


「これもかわいいし、これも素敵。あ、でも、この色もいいかなぁ」

 洋服を選び始めたリンネは、次から次へと服を手に取っては悩んでいた。最初の頃こそ隣にミュシャがいることに緊張していたが、かわいい服を目の前にしてそうも言ってられなくなったらしい。


 ミュシャもなんだかんだ、自分の作った服を褒めちぎられて悪い気はしないのだろう。

「これの方が、君には似合うと思う」

 と、いくつかの服をリンネに渡している。結局、リンネが洋服を選び終えたのは二時間ほどたった後だった。


「マリアはもう選んだの? わざわざ定休日じゃない日に来るってことは、何か買いに来たんでしょ」

 ミュシャは、楽しそうなリンネを見つめて微笑んでいるマリアに声をかけた。ただリンネをここへ連れてきた、というわけではないだろう。

「私は、靴とカバンをミュシャに選んでもらおうと思って」

 マリアの言葉に、ミュシャは素早く動き出す。先ほどのリンネへの対応とは比べ物にならない。


「これとか、これとか。あ、これなんてどう? マリアにピッタリだと思うんだ。それから、あそこに飾ってあるのが僕の新作で、花をあしらってるからマリアが気に入ってくれるんじゃないかって」

 ミュシャの素早い行動に、マリアは苦笑する。


「違うの、ミュシャ。今日は合わせてほしい服があるのよ」

 マリアがそういってやんわりとミュシャを止めると、ミュシャは首をかしげた。


いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。

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20/6/21 段落を修正しました。

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