ケイの看病
ケイは、パルフ・メリエの前で首をかしげた。
「今日は、定休日ではなかったはずだが……」
ふむ、とケイは口元に手を当てて考える。もしかしたら、片付けや店の再開の準備で休みにしているのだろうか。
(どうしたものか……)
ケイは、騎士団長であるシャルルに渡された荷物……もとい、王妃様からの謝礼を手にしばらく店を眺めた。
王妃、ディアーナに連れられ、シャルルとともにガーデン・パレスを出た後、ケイは騎士団の訓練場へと戻っていた。さすがに、一介の騎士であるケイが意味もなく城へ出入りすることはない。城の衛兵として勤める時以外は、ディアーナとシャルルが城へ入っていったのを見送るくらいが良いところだ。王妃様がどのような反応を示すのか気になりはするものの、あの香りであればきっと気に入るだろう。
それから数日が過ぎ、昨夜。普段通り一日の訓練を終え、さて帰ろうか、と言うときにケイはシャルルから呼び止められた。
団長室に入ると、シャルルは申し訳なさそうに微笑む。
「帰るところだったかい? ごめんね」
「いえ。急ぎの用事もありませんから」
「そう、それは良かった。急で申し訳ないんだけど、これ、マリアちゃんに届けてくれる?」
シャルルがそう言って差し出したのは、高級そうなトランクケースだ。
「王妃様からの謝礼だそうだよ。ケイのことだから、心配はしてないけど……なくしたりしないように」
顔は微笑んでいるが、目が笑っていない。ケイは小さくうなずいた。
(厳重に扱え、ということか)
中身は分からないが、王妃様からの謝礼となれば相当のものだろう。ケイは、明日は少し早めに起きるか、と考えて団長室を後にした。
そんなわけで、ケイはマリアの店にやってきたわけだが、看板には『CLOSED』の文字がかけられていた。ログハウスの一階に明かりがついている様子もない。日を改めた方がよさそうだ。
(団長には伝えておこう……)
ケイが踵を返した時だった。
ガシャン!
何かを落としたような音が聞こえて、ケイは思わず振り返る。ログハウスの中からだ。
(マリアに何かあったのか?!)
ケイは慌てて、ログハウスの扉をドンドンとたたく。
「マリア! 中にいるのか!」
ケイは大きな声でその名を呼び、何度もログハウスの扉をたたく。しばらくすると、ログハウスの扉がゆっくりと開き、そして
「ケイ、さん……?」
マリアのかすかな声が聞こえたかと思うと、ケイの胸の中に彼女の小さな体が倒れこんできた。
ケイは思わずマリアを抱きとめ、混乱する頭をどうにか落ち着ける。
「マ、マリア……?」
ケイがゆっくりと彼女の体を引き離そうと、彼女の肩に手をかけた時。ケイはマリアの異変に気付いた。
(体が熱い……)
「すまないが、失礼するぞ」
ケイはマリアを抱きかかえ、店の中に入った。
(二階が居住スペースになっているのか?)
ケイはトランクを入り口に置くと、店の奥にある階段をゆっくりと上る。勝手に女子の部屋へ入るのはためらわれるが、今はそんなことを言っている場合ではない。二階へあがると、キッチンに小さな鍋が転がっていた。先ほどの音の正体はこれか。ケイは鍋を後目に、半分ほど開いた扉に目をやる。
(あそこが寝室か……)
部屋に入るどころか、寝室にまで。ケイは心の中で何度もマリアに謝罪しながら、その扉を開けた。
整理整頓が行き届いている寝室は、甘い花の香りがした。カーテンは閉められており、中は薄暗い。
ケイはベッドの上から半分ほどずり落ちていた布団を一度よけて、マリアをゆっくりとベッドへおろす。布団をもう一度かけてやると、マリアは眉間にしわを寄せた。ベッドサイドには、マリア自ら用意したのであろう水の張られたボウルとタオルが置かれている。すでに時間が経っていたのか、タオルはすでに冷たさを失っており、ケイはボウルとタオルを持って寝室を出た。
キッチンにボウルを置いて、ケイは転がった鍋を拾い上げる。どこにしまってあるのかが分からないので、ひとまずガスコンロの上に置いておく。それから、ボウルの水を入れ替え、タオルを冷水でひやして、しっかりと絞った。
トントン、と寝室の扉をノックする。返事がないのは分かっているが、こうでもしなければケイの気持ちが落ち着かない。ケイはマリアを起こさぬよう、ゆっくりと扉を開けた。
ベッドサイドにボウルを置き、冷やしたタオルをマリアのおでこのあたりにのせる。
タオルの温度が気持ちいいのか、マリアは険しい顔を少し緩めた。
「薬がどこかにあると良いが……」
寝室を出たケイは周りを見渡した。しかし、それらしいものは見当たらない。少なくともこの辺りに薬屋はない。森の先にある小さな村にはあるかもしれないが、それでも往復に一時間はかかるだろう。
(マリアのことを考えれば、何か持っていそうなものだが……)
ケイは再び心の中でマリアに何度も謝りながら、キッチンの戸棚や食器棚を開けていく。
「これか」
食器棚の引き出しに入っていた薬屋と思わしき名前のかかれた紙袋を見つけ、ケイは安堵のため息をついた。
(何か、少しでも体に物を入れてからのほうが良いか)
ケイは薬と一緒に入っていた説明書を読み、ふむ、とうなずいた。
もはや、何をするにも謝罪が必要なので、マリアが元気になってからすべて謝れば良い。開き直ったケイは、先ほどの鍋を水洗いして、冷蔵庫を開ける。多くはないが、食材は入っている。卵にジンジャーをひとかけ、牛乳といくつかの野菜。ジンジャーはすりおろし、野菜は一口大にして、後はすべて鍋へ放り込み煮込む。ケイの母親が、ケイが風邪を引いたときによく作ってくれたスープだ。コンソメを少しと、塩コショウで味を整える。マリアの口に合うかどうかは分からないが、何も食べないよりはましだろう。
鍋にフタをして、火を弱める。あと数分もすれば完成だ。ケイは店の入り口に置いてきたままのトランクを取りに、一度下へとおりた。
数分後、二階には良い香りが漂っていた。ケイは味見をして、悪くない、と火を止める。
食器棚からちょうど良いサイズの器を探して出し、それにスープを盛り付けた。スプーンを添えて、コップに水を注ぎ、それらをトレーにのせる。ケイはトレーを持ち、寝室の扉を再びノックした。
スープの香りで目が覚めたのか、マリアがゆっくりと目を開ける。
「ケイ、さん……?」
マリアは現実と夢の間をさまよっているようで、パチパチと何度かまばたきを繰り返し、ケイを見つめた。
「少し食べられるか?」
ケイの問いに、マリアは夢心地のままに小さくうなずく。ケイが体を起こしてやれば、マリアはそれに従った。そして、ケイがスプーンを差し出すと、マリアはそのスプーンにぱくりと口を付ける。てっきりスプーンごと持っていくだろうと思っていたケイは驚きのあまりかたまってしまう。マリアは、トロンとした寝ぼけまなこのまま微笑み、
「おいしい」
と頬を緩めた。
(これは、夢か……?)
ケイは、自らの顔に熱が集まるのを感じる。まさか、マリアの風邪がうつったわけではないだろう。ケイはそんなことを考えながら、マリアにスープを差し出すのであった。
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20/6/21 段落を修正しました。




